第23話 家出少女とキレるギャル

 自動ドアを開いて五影いつかげ蓮琉はるを中に招き、三人揃ってエレベーターで上に上がる。最初は無表情で口を開かなかった菜摘なつみも、何度も礼を言う五影に折れたのか、無愛想に挨拶と自己紹介を交わしていた。


 最上階に到着し、自分の部屋の前まで来ると、俺は仕切りに周囲を見回す。追手の正体を知らないから警戒しているという名目で、本当は若い女子二人を連れ込むなんて、どんな噂が立つかとビクビクしていたのだ。幸い目撃者はいなさそう。

 

「五影さん。

 荷物はそこら辺にテキトーに置いて」

「はい、失礼します」

 

 少女が肩に掛けてきたボストンバッグは、非常に重たそうに見えた。それでなくても小柄な体なのに、それに似つかわしくないサイズを、必死に抱えて来たのだろう。額は軽く汗ばみ、ようやくホッとした様子だった。

 すぐにタオルを用意して、少女の前に差し出す。

 

「すみません。お気遣い痛み入ります」

「気にするな。風邪を引かれても困るからな。

 それで、一体なにがあったの?」

「三日後に見合いが決まりました」

「そりゃまたずいぶんと急な話だな」

「はい。以前の方は気を遣って破談にして頂けましたが、今回の方は難しくて……」

 

 大きな溜め息を吐く少女を見ると、乗り気でないのは一目瞭然だった。この子の家庭事情を考えれば、親に反対するのも一苦労なのだろう。しかし逃げたところで何か変えられるのか、そこは疑問だ。


 菜摘はソファーの背もたれ側に顎を乗せ、こちらを退屈そうに見ている。早く状況を改善したいけど、すんなりとはいかなそうだよなぁ。

 

「三日後の相手は気に入らないのか?」

「何度か顔を合わせていますが、悪い人ではないと思います。でも私は嫁ぐ前に、色んなものを見ておきたいんです」

「結婚したら出来ないのか?」

「恋人としての、男性とのお付き合いも経験ありません。それも許されないのに、親の取引先の跡取りだからって結婚を強要されるなら、私は本当に父の道具になってしまいます!」

 

 なるほど、政略結婚か。今の日本にもそんな悪習が残っているとは。

 同情はするが、それに関して出来る事など何も無い。金を払って円満解決する問題でもないし、五影の為にそこまでしてやる義理はない。ここで匿っても誰一人として得をしないだろう。

 

「気持ちは分かるが、それで俺にてつだ……」

「そんなのおかしいじゃん!!」

 

 俺が五影を諭そうとしている最中、立ち上がったギャルが不機嫌そうに怒鳴った。

 

「どうした菜摘?」

「子どもの人生をなんで親が決めんの!?

 好きな人くらい自分で見付けたいじゃん!

 親だってそうしたはずだし!!」

 

 ギャルがものすごい剣幕で話す理由は、なんとなく分かる。自身も父親に売られ、深く傷付いた経験があるからこそ、五影に寄り添えるんだ。更に彼女は純粋な性格だし、間違ったことをそのまま見過ごせないのだろう。

 

四十崎あいさきさん、私は間違えてないですよね?

 間違ってるのは親ですよね!?」

「あんたは間違ってない!!

 あたしだってきっと家出してるし!!」

「よかったぁ。私にとって家庭内が社会の全てなので、そう言ってくれる人もいなかったんです。

 考えを改めろと言われ続けました」

「ふざけんな!! そんなの洗脳だし!!」

 

 ヒートアップする菜摘を見てると、彼女の為にも、五影の力になってやるべきかと思い始めた。ここで五影を見捨てれば、菜摘にまで軽蔑されそうだし、何より彼女達の意志は硬そう。

 この先どうなるかは分からんが、ここに居る唯一の大人として、少女らの願いと向き合いたい。

 揉め事に発展するなぁこれは……。

 

「わかった。今夜はここに泊まってくれ。

 じっくり対策を練ろう」

「じゃーあたし、ママに電話してくる!」

「え、なんで? 泊まるの五影……」

「あたしも泊まるから! ママとゆうちゃんも可哀想だし、ここに呼ぶ!」

 

 そうきたかー。

 確かに五影と二人きりよりは、菜摘に居てもらった方が助かるが、まさか四十崎一家全員に発展するとは。まぁ麗奈れいなさん達が菜摘の飯を食えなくなるのは、申し訳ないか。

 でも五人分も布団無いなぁ……

 

「んじゃ、この際全員うちに来い!」

「あ、マサくんヤケクソの顔してるー」

「やかましい! 思考が追い付かないわ!」

「だいじょーぶ。あたしがついてるからさ」

 

 スマホだけ持った菜摘は、廊下に出ていった。麗奈さんなら喜んで来ると思うけど。

 正面に座る五影は、なんだか気まずそうに下を向いている。想像以上に周りを巻き込んでいて、罪悪感でも芽生えたのだろうか。

 

「あの荷物に着替えとかも入ってるのか?」

「は、はい! 一応、一通りは」

「それなら大丈夫だな。変に思い詰めなくていいから、今は俺達を頼ってくれ」

 

 その言葉を聞いた少女は、ポロポロと涙を落とし始めた。ようやく緊張の糸が切れて、素の少女に戻ったかのように。

 

「なんで皆さん、そんなに優しいんですか?」

「礼なら菜摘に言ってやりな。

 俺はさっきまで追い返すつもりだった」

「でも私、こんなに暖かい気持ちは初めてです。

 本当にありがとうございます」

 

 五影が深々と頭を下げてる頃、電話を終えた菜摘が戻ってくる。なにを思ったのかは知らないが、こちらを見てかなり慌てた様子だ。

 

「え、ちょ、なにしたの!?」

「君の気持ちが嬉しかったんだとさ」

「なんで!? 

 あたし勝手にキレただけだし!」

「誰かの為に怒れる君が、すごく心優しいってことだよ」

「よくわかんないけど大丈夫!?

 まだ泣くほど救われてないよ!?」

「大丈夫です。私、四十崎さんみたいな友達が欲しかったです」

「じゃーあたしはハルちゃんって呼ぶね!」

 

 五影の背中を擦りながら励ます菜摘は、もう友達であるかのような笑顔を見せる。キョトンとした五影も、このギャルとならすぐに打ち解けるだろう。とても微笑ましい光景だった。

 

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