第23話 家出少女とキレるギャル
自動ドアを開いて
最上階に到着し、自分の部屋の前まで来ると、俺は仕切りに周囲を見回す。追手の正体を知らないから警戒しているという名目で、本当は若い女子二人を連れ込むなんて、どんな噂が立つかとビクビクしていたのだ。幸い目撃者はいなさそう。
「五影さん。
荷物はそこら辺にテキトーに置いて」
「はい、失礼します」
少女が肩に掛けてきたボストンバッグは、非常に重たそうに見えた。それでなくても小柄な体なのに、それに似つかわしくないサイズを、必死に抱えて来たのだろう。額は軽く汗ばみ、ようやくホッとした様子だった。
すぐにタオルを用意して、少女の前に差し出す。
「すみません。お気遣い痛み入ります」
「気にするな。風邪を引かれても困るからな。
それで、一体なにがあったの?」
「三日後に見合いが決まりました」
「そりゃまたずいぶんと急な話だな」
「はい。以前の方は気を遣って破談にして頂けましたが、今回の方は難しくて……」
大きな溜め息を吐く少女を見ると、乗り気でないのは一目瞭然だった。この子の家庭事情を考えれば、親に反対するのも一苦労なのだろう。しかし逃げたところで何か変えられるのか、そこは疑問だ。
菜摘はソファーの背もたれ側に顎を乗せ、こちらを退屈そうに見ている。早く状況を改善したいけど、すんなりとはいかなそうだよなぁ。
「三日後の相手は気に入らないのか?」
「何度か顔を合わせていますが、悪い人ではないと思います。でも私は嫁ぐ前に、色んなものを見ておきたいんです」
「結婚したら出来ないのか?」
「恋人としての、男性とのお付き合いも経験ありません。それも許されないのに、親の取引先の跡取りだからって結婚を強要されるなら、私は本当に父の道具になってしまいます!」
なるほど、政略結婚か。今の日本にもそんな悪習が残っているとは。
同情はするが、それに関して出来る事など何も無い。金を払って円満解決する問題でもないし、五影の為にそこまでしてやる義理はない。ここで匿っても誰一人として得をしないだろう。
「気持ちは分かるが、それで俺にてつだ……」
「そんなのおかしいじゃん!!」
俺が五影を諭そうとしている最中、立ち上がったギャルが不機嫌そうに怒鳴った。
「どうした菜摘?」
「子どもの人生をなんで親が決めんの!?
好きな人くらい自分で見付けたいじゃん!
親だってそうしたはずだし!!」
ギャルがものすごい剣幕で話す理由は、なんとなく分かる。自身も父親に売られ、深く傷付いた経験があるからこそ、五影に寄り添えるんだ。更に彼女は純粋な性格だし、間違ったことをそのまま見過ごせないのだろう。
「
間違ってるのは親ですよね!?」
「あんたは間違ってない!!
あたしだってきっと家出してるし!!」
「よかったぁ。私にとって家庭内が社会の全てなので、そう言ってくれる人もいなかったんです。
考えを改めろと言われ続けました」
「ふざけんな!! そんなの洗脳だし!!」
ヒートアップする菜摘を見てると、彼女の為にも、五影の力になってやるべきかと思い始めた。ここで五影を見捨てれば、菜摘にまで軽蔑されそうだし、何より彼女達の意志は硬そう。
この先どうなるかは分からんが、ここに居る唯一の大人として、少女らの願いと向き合いたい。
揉め事に発展するなぁこれは……。
「わかった。今夜はここに泊まってくれ。
じっくり対策を練ろう」
「じゃーあたし、ママに電話してくる!」
「え、なんで? 泊まるの五影……」
「あたしも泊まるから! ママとゆうちゃんも可哀想だし、ここに呼ぶ!」
そうきたかー。
確かに五影と二人きりよりは、菜摘に居てもらった方が助かるが、まさか四十崎一家全員に発展するとは。まぁ
でも五人分も布団無いなぁ……
「んじゃ、この際全員うちに来い!」
「あ、マサくんヤケクソの顔してるー」
「やかましい! 思考が追い付かないわ!」
「だいじょーぶ。あたしがついてるからさ」
スマホだけ持った菜摘は、廊下に出ていった。麗奈さんなら喜んで来ると思うけど。
正面に座る五影は、なんだか気まずそうに下を向いている。想像以上に周りを巻き込んでいて、罪悪感でも芽生えたのだろうか。
「あの荷物に着替えとかも入ってるのか?」
「は、はい! 一応、一通りは」
「それなら大丈夫だな。変に思い詰めなくていいから、今は俺達を頼ってくれ」
その言葉を聞いた少女は、ポロポロと涙を落とし始めた。ようやく緊張の糸が切れて、素の少女に戻ったかのように。
「なんで皆さん、そんなに優しいんですか?」
「礼なら菜摘に言ってやりな。
俺はさっきまで追い返すつもりだった」
「でも私、こんなに暖かい気持ちは初めてです。
本当にありがとうございます」
五影が深々と頭を下げてる頃、電話を終えた菜摘が戻ってくる。なにを思ったのかは知らないが、こちらを見てかなり慌てた様子だ。
「え、ちょ、なにしたの!?」
「君の気持ちが嬉しかったんだとさ」
「なんで!?
あたし勝手にキレただけだし!」
「誰かの為に怒れる君が、すごく心優しいってことだよ」
「よくわかんないけど大丈夫!?
まだ泣くほど救われてないよ!?」
「大丈夫です。私、四十崎さんみたいな友達が欲しかったです」
「じゃーあたしはハルちゃんって呼ぶね!」
五影の背中を擦りながら励ます菜摘は、もう友達であるかのような笑顔を見せる。キョトンとした五影も、このギャルとならすぐに打ち解けるだろう。とても微笑ましい光景だった。
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