第二章 ストーカーと化していたのは黒髪少女

第21話 これじゃ気まぐれは発動出来ない

「あの……私の事も買って頂けませんか?」

「は? いや、君だれ?」

 

 八月が終わり、この夏も少しずつ終末に近付き、同様に学生達の夏休みも閉幕していた。

 残暑による寝苦しい夜はまだ続いているが、日中の猛暑はいくらか影を潜めている。そんな日の夜中に起きた、突然の出来事であった。

 

「私、見てたんです。お兄さんが金髪の可愛い女の子を買っていたところを」

 

 今日も学校帰りの菜摘なつみが家に来て、いつにも増して美味い手料理を振舞ってくれたその後の事。菜摘を四十崎あいさき家まで送り届け、帰り道に突然声を掛けてきた謎の少女は、清楚な服装に、純朴そうなショートの黒髪だった。

 おどおどした姿からは、中学生か高校生か見分けがつかない。背丈は百五十センチくらいだろうか。菜摘よりも小さい。

 とりあえず金髪ギャルとは正反対の素朴系女子に、今俺は脅されてるような気分だ。なんか弱み握られてるし。

 

「えーっと、あれには事情があってさ……」

「分かってます! お兄さんが優しい人だって。

 私、何度も見てましたから」

「なにを見てたの?」

「買った女の子と、楽しそうにお買い物する姿とか。あと小さな子も一緒に居たり……」

 

 なんだこの子。俺らの買い出し風景を覗き見してたってことか? それじゃまるで……

 

「私、ストーカーかも知れません」

「でしょうねぇー」

 

 俺が突っ込む前に自分で言うんだ。

 潔いのは素敵な事だけど、知ってるならやるなよ。アドバンテージ失ってんぞ。

 

「でも私、お兄さんの事も秘密にしてます」

「だからストーカーも黙認しろと?」

「違います! 私も買って下さい!

 なんでもしますから!」

 

 大人しそうな見た目で、グイグイ無茶を言ってくれる。距離も詰められて少したじろいでしまうが、この熱意は一体どこからきてるんだ。なんでもするって、一番言っちゃダメなやつだし。何を考えてるんだこの子は。

 

「なにか事情があるみたいだな」

「……はい。どうしてもお兄さんがよくて」

「こんな住宅街で折り入った話もなんだし、どこか屋内に移動するか」

「それならお兄さんのお宅で!」

「………この時間じゃそれしかないか」

 

 非常に不本意ではあるが、帰りがけでもあったし、謎の少女を連れて家に向かった。

 彼女は俯いたまま黙ってついて来るが、危機管理能力とか持ち合わせていないのだろうか。そこまで信用される理由も無いんだけど。


 自宅に到着し、とりあえず席に着いてもらってお茶だけ出した。それをひと口含んだ少女は、明るい場所で見ると目鼻立ちがくっきりしていて、菜摘レベルの美少女。態度が小さくて分からなかったが、年齢も同じくらいか。

 

「一応自己紹介しとくな。俺は玖我正義くがまさよし

 もうすぐ二十七歳になる社会人だ」

「私の名前は五影蓮琉いつかげはるです。十七歳です」

 

 今十七ってことは、高二か高三の歳で菜摘よりも上なんだな。雰囲気的に幼く見えるけど、やっぱり高校生なのか。なおさら心配だこれ。

 

「かっこいい名前だな」

「昔からカゲハルってあだ名で呼ばれてきました。女の子らしくないですよね」

「そんなことないぞ? 蓮琉ちゃんって名前は充分可愛らしいじゃないか」

「そうですか。やっぱり優しいですね」

 

 やっぱりって言うほど俺の何を知ってるというのか。まぁその辺は追求せずに置いておき、とりあえず本題に進めた方がいいな。

 

「それで五影さんは、なんで俺に買われたいなんて言ったの?」

「……家に居たくないからです」

「おい、まさか家出少女か君は?」

「いえ、そこまでは出来ません。

 したいとは思ってますが」

「じゃあとりあえず家出未遂少女か」

「そんな言葉があるんですか?」

「いや、今俺が造った」

 

 五影さんの話しを詳しく聞くと、どうやら相当良い家柄の箱入りお嬢さんらしい。纏う空気的にもそれは納得だが、そこから俺を尋ねた理由が問題だった。関わりたくねぇ。

 

「私、お見合い結婚なんてしたくありません。

 相手は自分で選びたいんです」

「その気持ちは分からないでもないけど、俺に買われたい理由にはならないよな?」

「時間稼ぎです。

 玖我さんの下で働かせてもらうという名目で、家に居る時間を減らしながら、出会いを探したいんです」

 

 彼女はまだ仕事経験が無く、働き方を知らないという。それなら俺に買われて住込みで働く事にすれば、見合いを断る口実にもなり、一石二鳥なのだとか。欲しい物があれば親に買ってもらうのがルールで、お小遣いすら渡されたことがない彼女。俺を見付けたあの日から、ずっと計画を立てていたそうだが、正直それは穴だらけに思える。

 なんでよりにもよって、菜摘との出逢いを目撃されたかなぁ。

 

「この家の家事は人手が足りてるし、何より女子高生をこの部屋に住まわせられないよ」

「私、高校行ってません。辞めました」

「辞めた? どういうこと?」

「親が教育方針で学校と揉めて、一年生だった去年に自主退学させたんです。それからは家庭教師と花嫁修業ばかりの日々で……」

「本来なら高二になるはずが、自分の意思とは関係無くって感じか」

「はい。親が敷いたレールの上を歩くのは、もううんざりです」

 

 聞けば聞くほど胸糞悪い内容だが、俺に助けを求めたところでどうしようもない。知り合ったばかりの少女の厄介事になんて、巻き込まれたくもないし。そういう展開は菜摘だけで充分だ。

 

「とりあえず連絡先は教えるから、困った事があれば相談くらいは乗る。

 今日は帰って他の方法が無いか考えてくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いも無いさ」

「いえ、聞いて頂けて少し落ち着きました。

 私、なんとか出来るかやってみます!」

「あぁ、自分の道が見付かるといいな」

 

 最後にだけ凛とした姿を見せた少女は、ビルから出ると足早に去っていく。送ろうかとも思ったが、彼女自身が一人で帰れると言ったのだ。

 このまま何事も無く済めばいいのだが。

 

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