第20話 やはりこのギャルは何かが違う

 酔っ払ってた所をギャルに救われ、そのまま家にお邪魔している手前、飯だけ食って帰るというのも気が引ける。積極的なスキンシップまで受けたし、寝起きから貰ってばかりだ。

 そこで、彼女が取り掛かる家事を手伝うところから始めてみる。自宅でも俺の家でもやってるんだし、たまには楽をしたいだろう。

 

「よし、洗い物は任せろ!」

「そんなんいいし。

 ゆうちゃんと遊んでなよー」

「俺にもこれくらいさせてくれ。

 昨夜の礼も兼ねてさ」

「んー、じゃーお願いする」

 

 小さな流し台ではあるが、日頃から丁寧に使われてるのが分かる。綺麗に掃除されていて、周囲の小物も片付いていた。四人分の食器を洗うなんて初めてかもしれないけど、気合を入れてサクッと終わらせてやる。

 

「おっし完了! 次に手伝う事あるか?」

「今せんたっき回してるから、終わったら一緒に干す?」

「そんなの朝飯前だな!」

「いやさっき食べたじゃん」

「じゃあ、昼飯前?」

「それもう重労働だっていけるし」

 

 さっきの胸の感触……もとい、ギャルのぬくもりを思い返すと、何かしていないと落ち着けないのだ。いや、してたとしても落ち着かないから、誤魔化してるだけなんですけど。それでも菜摘なつみの為に何かしてやりたい。その思いだけは強く芽生えている。


 しばらく三人で絵本を広げながら遊んでいると、洗濯完了の合図が聞こえてきた。すぐに菜摘がカゴに移し替え、細い両腕を使って運んでくる。

 

「俺が持つよ」

「こんなん平気だって。量も多くないし」

「でも濡れた衣類は重いだろ?」

「どーしたの? めっちゃ過保護じゃん」

「動いていたい気分なだけさ」

「ふーん。まぁいっか」

 

 ベランダに出ると隣の家との距離が近く、天気は良いのに決して日当たりは良くない。高層マンションの最上階と比べるのは申し訳ないが、ここで洗濯物が乾くのか疑問だ。

 

「今は影になってるけど、お昼ぐらいにはお日様も当たるから乾くよ」

「あれ? そんなこと俺喋ってた?」

「なんか顔見てたら分かったし!

 日当たり悪いなぁって思ってんのが」

「よく見てるんだな」

「めっちゃ見てるよ! あんたのこと!」

 

 悪ガキみたいな顔して笑う彼女に、こちらが照れ臭くなってしまう。俺だってちゃんと見ているつもりだったが、今は一挙一動に心が揺れ動き、あまり正確に捉えている気がしない。

 カゴから衣服を一枚ずつ拾い、ハンガーや洗濯バサミで干していくと、たまたま手に取った物を見て思わず本音が漏れてしまった。

 

「……これ、デカくない?」

「はぁ!!? それ、ママのブラだし!!

 てかまじまじと見てんじゃねーよ!!!」

 

 何カップあるかは知らんが、明らかに菜摘の胸より大きいもんな。

 左手に持ってた下着を奪い取られ、赤くなったギャルは軽蔑するような視線を浴びせてきた。悪気は無かったのに。

 

「あとはあたしがやるからいい!!」

「怒るなって。下着くらいで動揺する年齢じゃないから俺も」

「また変なこと言われたら腹立つし!!」

「もう何も言わないから……」

「いい!!!」

 

 完全に怒らせてしまった。本音を言えば、菜摘がどんな下着を着けてるのかも確認しておきたかった。よかった、心の声が出なくて。


 窓際で大人しく遊んでいた悠太ゆうたは、菜摘の選んだパンダのぬいぐるみを大層気に入っているようで、口の辺りに野菜のおもちゃを無理やり押し込もうとしている。そもそもパンダって野菜食わない気がするけど。

 

「悠太、なにしてるんだ?」

「おったん! こえ、パンダの!」

「おー、パンダってちゃんと言えてるじゃん。

 少し成長したのか?」

「おったん、うったい」

「今の言い方、お姉ちゃんにそっくりだぞ」

「うったい! おったん、こえあげる!」

「何これ、フライパン? それより、ツンデレまで似せてこなくても……」

「ツンデレじゃねーし!!」

 

 姉の悪い部分ばかり見習ってしまった悠太。そんな幼児の相手をしていると、一段落した菜摘がキレ気味に室内へと入ってきた。

 どう考えてもツンデレなんだが、まさか彼女にデレられてると思ってたのは勘違いなのか? 

 そう考えると切なくなり、恐る恐る確認する。

 

「……もうデレてくれないの?」

「え!? ちょ、普通に寂しそーにしないでよ。

 別に怒ってないし」

「でもさっき怒ったじゃん」

「そりゃママと比べられたら怒るっしょ!!

 ガチでイヤだったし!」

「でも菜摘の胸も結構あるよな?」

「……ママよりは小さいし」

 

 この少し染まった頬は、デレではなく寂しさと恥じらいの入り混じりっぽい。しかしそんな表情も中々新鮮で、とても可愛げがある。

 

「俺はさっきの感触、すごく好きだったけどな」

「……それセクハラ」

「んがっ!! ごめんなさい通報しないで」

「ばーか。セクハラなわけないじゃん」

「え、セクハラじゃないの?」

「あんたがあたしにやるのは問題ないじゃん。

 あたしもあんたに下心あるんだし」

 

 もじもじしながら言われたその一言は、彼女なりに勇気を出して打ち明けたのかもしれない。相手が他の人間なら軽く引くし、明希乃あきのなんかに言われた日には全力で逃げ出しただろう。そこにいるのが菜摘だからこそ、体がじんわりと暖かくなってきている。

 

「どんだけ俺のこと好きなんだよ」

「んー、わかんない!」

「でも好きなのは認めるんだ」

「気付いてなかったとでも言いたいの?」

「んなわけあるか。愛情しか感じねーよ」

「だって愛情込めてたもーん!」

 

 考えてみれば、昨夜は風呂にも入っていない。飲みに行ったそのままの服なのに、そんな事に割く思考領域が残っていなかった。


 午前中の間に家事をほぼ終わらせた後、二人を連れて俺の家に向かった。この後は食材の買い出しにも行きたかったので、不潔な身なりではさすがに困る。

 

 しかしこの時はまだ気付いていなかった。俺達の様子を伺いつつ、ひっそりと忍び寄る影の存在に。

 

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