第17話 もう離れられない関係まできている


「あのさぁ、いい歳してまた恋愛相談?」

「そんなんじゃねぇよ! 

 コンビニの飯を食いたい気分にならねーんだ」

「それで居酒屋ねぇ。だけど玖我くがくんさっきから呑んでるだけじゃん。食べ物は?」

「軽くつまんだけど口に合わない……」

「あっそ。そりゃ重傷だわ」

 

 菜摘なつみが飛び出して一週間目の夜。

 彼女とは一向に連絡が取れず、作り置きも食べ尽くしてしまったので、明希乃あきのを呼び出して居酒屋に来ている。


 学校に行っててもメッセージは毎日何通か来てたし、夏休み中に返信が無いのは明らかに意図的なものだ。菜摘も今回ばかりは愛想尽きたのだろうが、洗濯して畳んである彼女の服ぐらいは返したい。あと俺のTシャツ着てったままだし。

 なんでも良いから理由を付けて、またギャルの笑顔が見たい。

 

「どうすっかなぁ……。

 このままがいいのかなぁ」

「事情は聞いたけどさ、それはそれって感じよね。親戚の叔父さんと姪ってわけでもないのに、距離感なんて保てないでしょ」

「分かってるけどさぁ、助けたくなるじゃんよー? あんなに良い子なんだからさぁ」

「それで本気にさせておいて、責任は取りたくないとか、玖我くんってかなりおバカ?」

「自分のバカさ加減なんて知ってるわ!」

 

 明希乃にもあの日のうちに軽く事情を説明し、すぐに親身になって考えてくれた。だからまたこうして相談に乗ってもらおうと思ったのだが、今日はちっとも親切じゃない。

 

「私さ、君みたいに時間もお金も有り余ってはいないんだけど。早く決めてくれない?」

「決める? なにを?」

「菜摘ちゃんとどうなりたいのか、よ」

「………また菜摘の飯が食いたい」

「じゃあ謝り倒してこいっ! いつもご飯作ってくれた彼女を悲しませたんだから!」

「元はと言えばお前のせいじゃんか……」

「あん!? なんか言った!?」

「俺の気遣いが足りませんでした……」

 

 もの凄い形相の明希乃は顔面までうるさい。

 分かってはいるさ。菜摘はツンデレ混じりにも素直に気持ちを伝えてくれていた。それを知りながら俺の放ったセリフは、あまりにも心無いものだっただろう。

 分かりたくなかった。彼女の気持ちがそこまで真摯なものだったなんて。でも好きでもない男の為に、いくら恩があるとはいえここまで出来ないよ普通。充分態度でも示してくれてたんだよな。

 

「玖我くんさ、もう受け入れちゃいなよ」

「菜摘の好意をか?」

「今の君、私と居た時よりも恋する乙女の顔になってるよ」

「いやなんでだよ! 男だわ!」

「そのぐらい切ない顔してんのよ。

 応えたいのに応えていいのか分からない。利用してるようにも、彼女の人生を狂わせてるようにも思ってしまう。そう考えてるんでしょ?」

「……このペテン師め」

「よく言われるー。

 私は猫被りもアホなフリも得意だからねー!

 なんならまた恋人のフリしてあげよっか?」

 

 いきなり耳元で囁くな。囁きまでうるさいから。

 見透かされていて腹が立つが、明希乃の言う通り、今の俺は切なくて崩れそうだ。

 

「明日、菜摘に謝る」

「そっか。頑張りな」

 

 相談料として、会計の八割を負担させられた。ほとんど飲み食いしてたのはあいつなのに。家賃を増額してやろうか。


 帰路の途中、いつものスーパーの前を通った。もう閉まってて看板も沈んでいるが、店の前にはアイスを齧る菜摘が見えた気が……てか今そこに居る!

 

「菜摘! こんな時間に何してんだよ!」

「なにって……あんたには関係ないでしょ」

「関係無いわけあるか!! また変な男に捕まったらどうするんだ!? 危ないだろ!」

「だって、あんたが言ったんじゃん……」

 

 泣きそうな表情で下を向く彼女に、俺は何一つ言い返す資格が無い。先に赤の他人であるかのように振舞ったのはこちらであり、他人の面倒事に首を突っ込みたくないのが、俺のスタンスである。

 だとすればこうして不安になるのは、彼女を他人と認識していなくて、彼女もまた同じように寂しかったはず。

 ここで偉そうに説教垂れるなど、自分勝手過ぎる。

 

「ごめん。君の気持ちも考えずに、無神経な事を言ってしまって。ずっと後悔してた」

「……あたしが辛かったの、分かってくれた?」

「痛過ぎるほど解ったよ。

 これからはあんなこと絶対に言わない」

「じゃー許す! ケンカおしまい!」

 

 妙にあっさりしてて拍子抜けしそうになるが、街灯に照らされた彼女の笑顔は、夜空に浮かぶ月よりも綺麗だった。またこの顔が見られただけで、一週間分の鬱憤が吹き飛びそう。心からそう思えるくらい嬉しかった。

 

「もう遅いし、家まで送るよ」

「ううん、先に玖我さんち行く。

 さっきも行ったけど留守だったし」

「来てたの? 連絡くれれば戻ったのに」

「だって一週間も放置して、今更連絡しにくいじゃん」

「それもそうか。そんで何しに来るの?」

「そろそろお腹空いてるかなーと思って」

 

 このギャルの中身は天使だったのか。傷付けられながらも俺を想ってくれてたなんて。

 

「作り置きが無くなってから、まともに飯が喉を通らないんだ。すごく助かるよ」

「あれ? なんか酒臭ーい。食べてんじゃん」

「ちょっと呑んだだけで、ほとんど何も食べてないって! 他の料理じゃ合わないんだ」

「あたしの料理じゃないとダメってこと?」

「うん。菜摘の料理しか美味しく思えん」

「それ、あたし居なくなったらあんた死んじゃうじゃーん! ウケる!」

 

 菜摘は歩きながら腹を抱えるが、彼女の味を知ってからは冗談抜きでそのレベルだ。本気で言ってるとは思われないだろうけど、俺にとってどれだけ死活問題なのかを伝えたい。

 

「たぶん俺、菜摘がいないと生きていけないと思う。この一週間でそれを痛感した」

「ちょ、ガチ!?

 それプロポーズみたいになってない?」

「俺は本気だ! 結婚を前提に、というかもう結婚してくれ! 毎日飯を作ってくれ!」

「ば、ばか! 話が飛び過ぎだっての!

 ……ってあれ? もしかして酔ってる?」

 

 玖我正義くがまさよし、二十六歳。

 アルコールにはそれほど耐性がなく、酔いが後から回ってくるタイプである。

 一度酔うと急激にテンションが上がり、その後目を回したように爆睡するまでが、これまでお決まりの流れであった。

 

「ちょっと! こんな所で寝るなバカ!!」

「うぅーん……結婚してくれなつみぃ」

「うっさいボケ!! 覚めてから言え!!」

 

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