第16話 凍り付いた空気を溶かしてくれ夏!

「さっきからなんなのあんた?

 演技臭くてうざいんですけど」

「あー、それはちょっとムカッとくる。

 あなたギャルっぽいけど、目上の人に対しての態度を知らないの?」

「あたしはあんたが気に入らないし。

 玖我くがさんに色々教えたとかなに?」

 

 玄関でバトルが開始され、一度は鎮まったかに見えた二人の行方は、なぜか再び火花が散り始めるという結論に。そもそもなんの火花だよこれ。

 

「一旦落ち着いこうか二人とも。

 ここで話すのもだし、中に入りなよ」

 

 露骨に不機嫌さを表面化させる菜摘なつみだが、俺の声に素早く反応して、渋々リビングへと戻っていく。玄関で靴も脱いでいない明希乃あきのは、年甲斐も無く頬を膨らませていた。

 

「早く入れって明希乃」

「なんなのよあの子。

 気を遣ってすぐ帰ろうと思ってたのに」

「そう言うな。根は優しい良い子だから」

「ふーん。玖我くんもまんざらでもないんだ。

 可愛いけど見るからに若過ぎでしょ」

「そりゃまだ高校生だからな菜摘は」

「はぁ!? 女子高生に手え出したの!?」

「出してないって!! いいから上がれ!」

 

 大学時代からの付き合いだが、陸峰明希乃りくみねあきのはいつまで経ってもうるさい。口煩くちうるさいし声もデカい。

 パッと見綺麗なお姉さんでも、この性格を知ってる俺にとっては厄介な要注意人物だ。


 リビングに入ると、菜摘は大人しく待っているまでは良いものの、ソファーに座るその姿が縮こまってるようにも見える。普段あんな怒り方しないし、罪悪感でも湧いてしまったのだろうか。

 

「ねぇ玖我さん。

 その人とはいつから友達なの?」

「ん? 大学入ってすぐだから、もう八年以上になるか。ずっと変わらないよこいつは」

「そんなに前からなんだ……」

「一応その時からの腐れ縁で、今も下の部屋を使わせてるよ。それがどうかしたか?」

「だから遠慮なく自分を出してたんだね」

「う、うん? まぁ遠慮なんてしないけど」

 

 菜摘の表情はどんどん暗くなっていく。さっきまでの強気なギャル感が無くなり、ただの少女にしか見えない。

 

「あのさぁ、菜摘ちゃん? だっけ?

 あなたまだ高校生なんでしょ?」

 

 落ち込み気味の菜摘に対してもズケズケと突っ掛かる明希乃は、ふんぞり返って何を言い出すつもりなのやら。もう帰ってほしい。

 

「そんな若い子がなんで玖我くんの家に居て、平気でシャワーまで借りてるの?」

「………あたしは玖我さんの所有物だし」

「はぁ!? ちょっと大丈夫あなた!?」

 

 何を仰ってるんですかね菜摘お嬢ちゃんは。

 確かに俺は百万で買うって言ったけど、自分のものだと思った事なんて一度も無いのだが。


 驚愕した様子で凝視する明希乃に反して、菜摘はまたも冷たい目をして睨み返している。

 俺はその空気から少しだけ後退あとずさりをした。

 

「所有物ってどういう意味よ!?

 金で買われたとでも言いたいの!?」

「だから彼の世話をするのがあたしの役目」

「世話ぁ!? 貞操観念ぶっ壊れてるの!?」

「お尻しか触られてないし」

「ストーップ!! ちょっとストップ!!」

 

 短時間でとんでもない方向にぶっ飛んでいく会話は、さすがに看過出来ない。たまらず二人の間に割って入り、両手を広げてやり取りを阻害した。

 菜摘も誤解を招くような言い方を……

 

「玖我くん。あなた見損なったわ……」

「違うからね!? 触ったのも事故だし!」

「こんないたいけな少女に所有物とか言わせて、一体どんなやましい事させてるのよ?」

「あーもう! 面倒臭いなぁ!! 菜摘もどうしちゃったんだよ? 火に油注いでさぁ」

「だって、ただの友達じゃないでしょ?」

 

 しょぼくれたギャルの一言に、開いた口が塞がらなくなった。彼女はどこでそれを察したのだろう。もう恋愛感情など皆無なのに。

 

「明希乃とは大学時代に少し付き合ってただけだ。数ヶ月で別れたし、さっきの教えた内容ってのも、勉強を指してるだけだから」

「やっぱり元カノなんだ。仲良いもんね。

 自分のマンションに住まわせるくらい」

「なに不貞腐れてんのさ? 俺が誰に部屋を貸そうと、君には関係無いだろ?」

 

 急に痛い所を突かれて、つい嫌な言い方をしてしまった。

 明希乃とは卒業後にまた仲良くなり、この近辺で部屋を探してると聞いて入居を提案しただけ。顔見知りからの住み心地の意見なんかは、割と参考にもなるから。


 しかし菜摘の視点からではそう単純には映らないだろう。一度でも恋人になった相手とすぐ近くに暮らすなんて、よりを戻す気があるようにしか見えない。そう思われても当然だ。


 ちなみに明希乃は冗談混じりに、三十半ばまで貰い手がいなければ貰ってくれと言うような奴。下手に理由を説明するより、話題をぶった切った方がいい。そう思ったのだ。

 

「そっか……。あたしには関係無いんだ」

「すまん。冷たい言い方してた」

「謝らなくていいよ。あたしが勝手に期待して、勝手にモヤモヤしてるだけだから!!」

 

 虚ろな目になったかと思えば、突然怒鳴ってリビングを出て行く菜摘。小さなバッグは持っていったが、脱いだ自分のブラウスは置き去りにして。

 あまりの豹変ぶりに動揺した俺は、彼女を止めることすら出来ず、強く響き渡る足音を聞いてただ呆然としていた。

 立ち尽くす俺の横で一部始終を見物してた明希乃は、慰めにもならない無情な言葉を突き付ける。

 

「これで良かったんじゃないの? 

 高校生には高校生らしい交際ってのがあるわよ」

「……勘違いすんな。俺とあの子の間にラブコメ展開は起きねぇよ。最初からな」

「そんなに肩を落として何言ってんだか。

 心配なら追いかけてあげれば?

 菜摘ちゃんはきっと喜ぶわよ?」

 

 追いかける? なんで俺が? 

 これで彼女が恩義という呪縛から解放されれば、それが一番いいに決まっている。

 玄関のドアが閉まる音はだいぶ前に過ぎ去ったが、どうせそのうちケロッとしてインターホンを鳴らすのだろう。

 これは一時的な感情の揺れ動きだ。

 

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