第15話 夏の魔物はギャルをも熱くさせるらしい

「よーし、こんだけ買えば大丈夫だろ!」

「そんなにいっぱいで重くない?

 あたしももう少し持つよ」

「いや、それだけ手伝ってくれれば十分だ」

 

 真夏の直射日光は出来る限り避けてきた俺だが、最近は美味い料理が食えるとあって、買い物も捗る。

 今日は菜摘なつみの母親が休みの日なので、弟を置いてきた菜摘と二人でスーパーまで来ており、戦利品を引っげて俺の家に帰るところ。

 夏休みに入ってからというもの、毎日のように家事をやりに来てくれるし、おまけに食事の作り置きまで残してくれるご奉仕っぷり。

 冷蔵庫を開けばいつでも彼女の手料理を食せるので、世話になってたコンビニの出番なんてめっきり減少した。

 

「本当にいつも助かるよ。ありがとな」

「ちょ、お礼を言うのはこっちだし! 

 助けてくれた上にゆうちゃんとも遊んでくれて、ホントに毎日楽しんでるんだから!」

「だったらもう少し楽しそうに言えば?」

「だってあんた、あたしが素直になってもあんまり真に受けてくれないじゃん!」

 

 あー、これはたぶんデートの時の話だわ。

 別に彼女の気持ちを疑ってるわけではないが、やっぱりこのぐらいの距離感が欲しい。俺の心はそう結論付けてしまったんだよな。

 この関係性が変わってしまえば、もっと彼女を縛り付けてしまう。それこそ学生生活に支障をきたす可能性だって否めない。だったら今は恩返しが達成される事を優先させて、いつでも離れられる位置に居るのが丁度いいだろう。

 

「まぁそのままでもいいかもな。ツンツンしてたって、君の優しさは消えたりしないし」

「なんだかんだ言って、あたしのこと大事にしてくれるよね。好きになりそうなの?」

「君を気に入ってるのは間違い無いよ」

「……そっか。それならいいや」

 

 ニヤッと笑みを浮かべるギャルとの距離が、今どのくらい近くにあるのか正直微妙なのだが。


 家に着くまでの二十分足らずで肌が湿り、気候の暴力にうんざりしてくる。冷房をフル稼働しっ放しで出たリビングは天国にも感じたが、ふと隣に視線をやると、菜摘の首筋が汗で濡れていた。

 

「シャワー使うか? 身体冷えたら風邪引くし」

「え、そんなに!? 服まで染みてる!?」

「いや、襟の辺りしか染みてはいないかな」

「んー、借りたいけど着替えがないから」

「俺のTシャツとかで良ければ貸すよ?」

「……じゃあ、両方とも借りる」

「おう。バスタオルと着替え持ってくるわ」

 

 正直あのままでは色気があり過ぎて、目のやり場に困る。タオルを貸すだけだと、エアコンの風で冷やされる事には変わりない。だったらシャワーと、ついでに俺の服でも貸しておけば、全ての問題が解決だ。ぶかぶかの服で可愛らしさは増すだろうが、色っぽさは消えるはず。

 

「着替え、これでいいか? なるべく小さめで、透けなさそうなのを選んだけど」

「うん、ありがとー。シャワー借りるね」

「ほいほい。ごゆっくりー」

「……覗きにこないでよ!?」

「なにそれ? 覗いてくれって前フリ?」


 なんか、自分以外が浴室使ってる音を聞くのは久しぶりだな。でも変態みたいだから、聞き耳立てるのはよしておこう。


 テレビをつけてワイドショーを観ていると、突然ドアを叩く音が聞こえてくる。しかしこの重くて鈍い響きは、家の中からではなく玄関口だ。

 インターホンもあるってのに何事だ? そもそも客なら、一階のエントランスをすっ飛ばしてる時点でおかしい。

 恐る恐るドアスコープから外を覗いた。

 

「げ、明希乃あきのじゃねーか」

「やっぱり居るのね!? 早く開けてよ!」

 

 扉越しに要求して来た声に寒気が走る。

 ドンドンとドアを殴り続けられても迷惑なので、外で不機嫌そうにしている女を、仕方無く玄関へと入れた。何しに来たんだコイツ。

 

玖我くがくん! スマホぐらい見てよ!」

「え? あぁ、ずっと音消してたわ」

「家に居るのにサイレントモードにする意味なにさ!? そんなに使ってないの!?」

「さっきまで買い物行ってたんだよ」

「どうせまたそこのコンビニでしょ!?」

「どうでもいいけど、なんの用件だ?」

 

 下の階に住んでる明希乃は、エントランスを経由する必要が無い。それは分かるが、なぜ俺の部屋に押し掛けてきて、こんなにカリカリしてるのかが理解出来ない。生理前か?

 

「なにこれ。女性物の靴じゃん!」

「あ、あぁ。客が来ててな」

「なんだ、やっとトラウマ捨てられたんだ」

「そ、そういう客じゃねーよ!」

「怪しー。彼女じゃないの?」


「玖我さん? 誰か来たの?」

 

 割って背後から聞こえてきた声の主は、風呂上がりで着替え直後のギャルだった。まだ濡れてる髪をバスタオルで拭きながら、廊下沿いの扉を開けて出てきている。

 下着が透けるのを懸念して黒のTシャツを貸したのだが、胸元がしっかりと隆起していて結局目のやり場に困りそう。結構着痩せするタイプだったらしい。それにしても若い子の素肌はキメ細かいな。

 

「ちょ、なにあの子!? 若くない!?」

「どちら様ですか?」

 

 急激に声色が変化した。興味津々の明希乃に対して、菜摘はあからさまにムスッとしている。

 とりあえず明希乃を今すぐ追い出したい。

 

「ちょっと玖我くん! あの子が着てるの君の服でしょ!? 卑猥な事してないよね!?」

「んなことしねーよ! シャワーを貸しただけだ! アホな勘繰り方するな!」

「なんでシャワーなんか貸してんの!?

 この後ナニするつもりだったわけ!?」

 

 あぁもう助けてくれ。この女うるさ過ぎる。人の話に耳を貸さず、妄想が独り歩きしそう。

 そんな思いで恐らく情けないつらになってた俺のそばには、いつの間にか菜摘が歩み寄っていた。もの凄い無表情のヤンキーモードで。

 

「どちら様ですかって聞いてんだけど?」

「あなたこそ誰よ?」

「……先に聞いてんのあたしなんだけど」

「ずいぶん態度が大きいのね。玖我くんに馴れ馴れしいからって怒ってんの?」

「だったらなんなの?

 あんたに不都合でもあんの?」

「え、ホントに?」

 

 ものすごくおっかないやり取りで逃げ出したくなっていたが、急に明希乃の挑戦的な姿勢が消え失せた。眼をぱちくりさせて、なにやら俺と菜摘を交互に見回している。今度はどんなとんでも勘違いを炸裂してるんだ?

 

「で? 誰なのあんた?」

「あー、ごめんごめん。私は玖我くんのただの友達。このビルの下の階に住んでるの」

「その友達がなんで押し掛けてんの?」

「いやぁ、貸してもらう約束だった本を、全然見せてくれないからさ。取りに来たのよ」

 

 そういえば投資関連の実用書を貸す約束してたわ。たしか三ヶ月ぐらい前に。連絡もあまり取ってなかったし、完全に忘れてた。

 

「ふーん……。ねぇ玖我さん」

「は、はいっ! なんでござんしょう!?」

「本当にただの友達なの? その人」

「どちらかと言うと悪友かなコイツは」

「ひっど! 恋愛相談だって乗ったし、あんなに色んなこと教えてあげたのに! この恩知らず!」

 

 明希乃の奴、わざとやってるだろ……

 俺はただただ背後からの気迫に怯えていた。

 

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