第14話 激闘の末に……ギャルの尻?

 もうダメだ。俺はとんでもない事を仕出かしてしまった。まだ高一の少女と冗談抜きのデートをして、挙句の果てに記念のプレゼントまで。これで菜摘なつみが本気にでもなってしまえば、腹を括ってお縄をちょうだいしに行く……ではなくて、真剣に向き合わなくてはならない。

 というか拒める気がしないんだ。出会った当初はただのギャルにしか見えなかったのに、彼女はいつからか美しく見えた。純粋で献身的な性格も、無邪気なのに不意に見せる大人びた表情も、すごく魅力的に思えてしまう。あれにはとても逆らえない。

 

「はぁー、どうすればいいんだよマジで」

 

 デート翌日にして、ここまで後悔の念に潰されている。本当に楽しかったんだよ。プレゼントを渡した後も洋服見たり食べ歩きしたり、家に送り届けるまでずっと鼓動が騒ぎ立てていた。また行こうねと言った彼女の顔を忘れられないほど、完全に虜になっていた。

 だがそこには罪悪感も拭い切れない。着せた恩の大きさも分かってるし、踏み込みすぎていた自覚があるから。だから悩む事を辞められないのだ。

 ウジウジしている俺の鼓膜に、インターホンの機械音がしっかりしろ! と怒鳴りつける。俺は思わず、うるせー! と叫んで虚しくなった。今はちょっとした刺激にも寛容になれる余裕が無い。


 覗き込んだ画面に映るのは菜摘の姿。

 

「は、早くね?」

「ごめん、もしかして寝てた?」

「いや、さすがに昼近くまで寝たりはしないけど。君は夏休みだから暇なの?」

「う、うっさい! 今日はバイトも無いし、お昼作りに来てあげたの!」

 

 この子、友達いないからなぁ。

 すぐに解錠しても、玄関まで来るには少し時間がかかる。エレベーターが長いのもあるが、一緒に歩く悠太ゆうたのペースに合わせるからだ。

 しかしこの日はだいぶ早かった。

 

「あら珍しい。ゆうちゃん抱いて来たの?」

「なにそのおばさんみたいな喋り方」

「いや別に深い意味はないけど」

「まぁいいや。

 ご飯食べたらさ、公園行こうよ!」

「この炎天下の中で? 俺熱中症で死ぬよ?」

「じゃあ帰る!」

「ごめんごめん。帰らないで」

 

 なにやら落ち着きのない様子だが、元気はありあまってるらしい。素肌の露出が多めの若々しい服装は、いつものギャルが帰ってきた感じで少し安心感がある。

 だが胸元だけは違い、昨日買ったペンダントが揺れていた。

 

「なに食べたい? って聞いてもムダか」

「だいぶ学習したなぁ。そうとも! 

 俺は君が作った料理に一切ケチを付けない!」

「信者かっての」

「菜摘教徒ばんざい!」

「それはガチで引くから!」

 

 なんかノリがおかしい。普段の自分に戻れない。菜摘はまたデート前に戻れているのに、俺だけ取り残されてるかもしれない。俺一人で勝手に意識してたら、それこそ恥ずかしいじゃないか。

 いとしの悠太助けてくれぇー!

 

「おったん! あえ、あーに?」

「ん? 悠太どうした? あれってどれ?」

「あえ! あえ、あーに?」

 

 二歳児のぷくぷくとした小さな指が示す先には、特に何も見当たらない。強いて言えば、ホットパンツの下の生脚に釘付けになりそうなくらいだ。ホント綺麗な脚してんなぁおい。


 そんな煩悩に鼻の下を伸ばしていた矢先、菜摘の足元に向かってうごめく不気味な物体が黒光りした。あの十円玉サイズのゲテモノは間違い無くゴキブリだ。よく見付けたなこの幼児。

 

「菜摘! そこを動くな!」

「え!? なになに!? どーしたの!?」

「いいから黙って! すぐに君を救い出す!」

「……はぁ?」

 

 まだ彼女との距離はヒト一人分くらいある。奴も動きを止めて様子を伺ってると見た。要らない雑誌を丸めて手に持ち、慎重に近付いていけば、警戒される前に仕留められる。

 呼吸を整えつつ忍び足で距離を詰め、キッチンの方を向くそいつの背後から、大きく武器を振り被った。

 緊張の一瞬、不覚にも気が逸れてしまう。

 

「げ、ゴキじゃん! てか潰す気!?」

「ちょっと黙れ!!」

 

 菜摘の声に危険を感じた黒いのは、即座に反応してキッチンへと移動した。

 焦った俺は声を出す勢いそのままに雑誌を叩き付けるが、時すでに遅し。加速した奴のフットワークに、見事に敗北してしまう。追いかけようにも、向かう先には女子高生の美脚が!

 

「ちょっと!!! こっち来るじゃん!!」

「殺虫剤どこやったか忘れたんだよ!!」

 

 選択の余地は無かった。怯える彼女を目の前にして、ここで放置なんて出来ない。

 覚悟を決めて飛び込み、もう一度分厚い紙の棍棒を振り下ろした。バァンといい音が部屋中に響き渡り、確かな手応えを感じたまでは良いものの、悲鳴を上げた彼女は左腕の中。敵を避けようとして躱した先に、俺が突っ込んでしまったのだ。

 ……なんか手先に柔らかな感触が。

 

「ばかぁ!!! 何揉んでんだよ!!」

「えーっと、尻?」

「部位を聞いてんじゃねーんだよ!!」

 

 恥じらった彼女に突き飛ばされ、その場に尻もちをついた俺は、恐る恐る右手を上げて獲物を確認する。

 叩き潰されたそいつはピクリとも動かない。どうやら退治は成功したみたいだ。

 何か大切なモノを失った気もするが……

 

「早くそこ片付けてよ!

 あたし潰れたのなんか掃除出来ないし!」

「あ、はい。少々お待ちを」

 

 適当に洗剤や除菌剤等を準備して、むくれる顔色を伺いながら床を掃除した。地上五十メートル以上あるこの場所でも、たまにコイツが出没するんだよなぁ。近い内にビルの清掃業者を呼んで、念入りに磨いてもらおう。


 その後料理の続きに取り掛かった菜摘は、俺と目を合わせてくれなかった。今回ばかりは俺の非が大きいし、ほとぼりが冷めるまで待つしかないか。空気が重苦しいのはとても嫌だが。

 

「これが焼きうどんってやつか!

 初めて食ったけど中々いけるな!」

「こんなん誰でも作れるし」

「それでも美味いぞ!

 やっぱ愛情たっぷりなんじゃないか!?」

 

 また口を滑らせたな。どう考えてもそんな雰囲気じゃないだろ今は。空気を読め空気を。

 

「そりゃあ、お尻触られたぐらいで嫌いになんかならないし。不可抗力だったし……」

 

 これはツンデレモードだったのか。顔を背けてはいても、しっかり染まった頬は見えている。というかあの冗談真に受けたんだ。

 

「えっと、ごちそうさまでした」

「は!? もういいの!?

 ホントは美味しくなかった!?」

「あ、そっちじゃなくて、お尻のほうです」

「ば、ばっかじゃないの!!?」

 

 こうして昼を食べて腹が膨れた俺は、元気を持て余した子ども二人、もとい女子高生と二歳児に公園へと連行されるのだった。

 

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