第13話 いわゆる日頃の感謝ってやつだ

 菜摘なつみへのプレゼント選びはやぶさかではない。喜んでくれるなら当然嬉しい。だけど好きな物を聞こうとしたのに、なんでこうなったんだ。言いかけたような気がしたのになぁ。


 俺に対しての返答をした彼女は、どことなく照れ臭さが見え隠れしていた。多少俯き気味の小さな頭が、現状の収まりの悪さを物語っている。

 どうするべきか考えていると、急に金髪がひるがえされて強い視線を感じた。

 

「初デートの記念とかじゃダメ?」

「ちょっとタンマ!!」

 

 いつもより清楚なその見た目で、物欲しそうな上目遣いまでされたら拒否出来ないだろ。若干潤んだような瞳の奥からは、彼女の想いの強さが滲み出している。一体どうしてしまったんだよ菜摘……。


 いつもの荒っぽい口調と鋭い目付きに慣れ過ぎて、なんかこっちは調子が狂いっぱなしだ。決して嫌な気はしないし、むしろそんな彼女の一面はとても魅力的にすら思えてくる。

 だけど相手はギャルだぞ? 

 何回も言うけど、俺の気まぐれに恩義を感じて、一生懸命に尽くしてくれる女子高生ギャルなんだ。そんな彼女に惹かれてしまえば、本当に若い女の子を金で買い取ったみたいじゃないか。


 ごちゃごちゃと頭の中で御託を並べてみたが、冷静に目の前の女の子に目線を戻すと、不安げにさせていた事に胸が痛む。今日はそんな顔を見たかったわけではない。

 

「すまん、もう大丈夫。選ぶから」

「え、嫌だったらいいよ? なんか呼吸が荒くなってたし、無理してるでしょ?」

「してない! 

 そうじゃなくて、その……なんだ? 

 こんなの久しぶりなんだよ!」

「………なんかよく分からないけど、本当にあたしの為に選んでくれるの?」

「あぁ、初デートの記念なんだろ?」

「うん!」

 

 選ぶもなにも、最初から決めている。一目見たときから気に入ってたんだ。

 いつもみんなを優しく包み込む空のような、そんな菜摘にぴったりの空色のペンダント。これが目に入ってすぐに彼女が思い浮かんだ。今の姿で首元にこれを飾れば、きっとよく似合う。


 しかしこれをプレゼントして良いのだろうか。渡せばたぶん、俺はもう彼女をただの女子高生だのギャルだのとは思えなくなる。ほぼ間違い無く、一人の女性として意識してしまう。十一歳も年下で、ずっと苦しみに閉じ込められてきた彼女を、俺が好きになってしまってもいいのだろうか。


 迷いながらも手にしたペンダントは、近くで見ると本当に綺麗な色をしていた。値段も少々張るが、百万をポンと使った事に比べれば無料タダみたいなもの。

 決意を固めてレジに向かった。

 

「あ、袋要らないです。

 タグも取っちゃって下さい」

「かしこまりました。

 すぐにお使い頂けるようにしますね」

「はい。お願いします」

 

 裸の状態で受け取ったペンダントを、見えないよう気を付けて持ち、菜摘の下へと進む。

 彼女はキョトンとした顔をしているが、空気を読んで会計中も目を逸らしてくれていた。何を買ったのかは知らないはず。期待と不安が複雑に入り混じった心境を、他に視線をやることで隠したのだろう。

 俺は彼女の顔の真横に潜り込み、首の後ろに手を回した。ふんわり漂う良い香りに酔いそうになるが、しっかりとチェーンを握り締めて。

 

「ちょっと失礼」

「ど、どーしたの?」

「これでよし。今日の記念と、日頃の感謝だと思って受け取ってくれ」

「綺麗……なんでこれを選んでくれたの?」

「優しい空の色をしていて、菜摘みたいだと思ったんだ。爽やかな色も似合うし」

「嬉しい。本当に嬉しいよ。ありがとう!」

 

 ぶら下がったペンダントを手に取った彼女は、これまで見たこともないくらい、良い表情で笑ってくれる。もっと言えば、こんなに素直で愛くるしい女の子を俺は知らない。気まぐれの百万で助けただけでは、こんな幸福感は得られなかっただろう。

 彼女と紡いだ二ヶ月にも満たない時間で、何かもっとかけがえのないものを手に入れた気分になっていた。

 

「つけてる姿もやっぱ似合ってるな」

「ホント!? あたしっぽい?」

「あぁ、君のイメージはそんな感じだよ」

「そーなんだぁ。

 もっと子どもっぽく見られてると思ってた」

「それは否定しないけど、その、あれだよ」

「あれ? あれってどれ?」

「今日の君はすごく綺麗だし、いつもの愛情深いところもそんな風に見えるんだよ。

 すごく清らかで優しさに溢れるみたいな」

 

 思わず告白めいたセリフを吐いてしまった。調子を狂わせた俺は、とことん沼にハマっていくんだな。もっと心穏やかになるすべを身に付けないと。

 引かれてしまったかと思い、逸らした顔を恐る恐る菜摘に戻すと、目を見開いたまま頬を伝う涙が光っている。ここまでの流れでそんなに傷付けてしまうなんて、さすがに想定していなかったんだが。

 

「ご、ごめん! 何がそんなに嫌だった!?

 俺か? 今の俺が気持ち悪過ぎたか!?」

「は、はぁ!? ガチで言ってんの!?」

 

 あ、いつもの顔に戻ってる。

 

「ガチだよ! 本気で謝ってるよ!」

「いやちがうってもう! 

 ぜんぜん謝ってほしくないから!」

「じゃあどうしたらいいんだよ。

 君を悲しませてしまったのに……」

 

 その言葉を聞いた彼女は、深くため息を吐いた。涙の跡が残ったままでそれをされると、なんだか違和感しか感じられない。

 

「悲しんでないし! 嬉しいんだし!」

「え、嬉し泣きだったの?」

「そーだよ! あんたがあたしを良く見てくれてたのが嬉しかったの! なのになんでこの気持ちはちゃんと見てくれないのさ!!」

 

 店内にチラホラ居た客や店員の注目が、一気にこちらへと向けられる。周りから見れば完全に痴話喧嘩だよなぁこれ。


 菜摘の想いに全く気付かないほど、俺の恋愛経験も浅くはない。だがどこかで真っ直ぐ向き合う事を拒んでいるのだろう。彼女の涙の理由がそこにあるとは思えなかった。いや、思いたくなかった。あれで感涙されてしまうなら、もう認めざるを得なくなるから。


 俺はゆっくりと綺麗な金髪に手をかざし、丁寧に頭を撫でた。今はこれが精一杯だったから。

 

「本当に君は無邪気で可愛いな。眩しいよ」

「な、なんだしそれ! ガキ扱い!?」

「いーや、大切な人への本心だ」

「た、たいせつ……」

 

 一度真っ赤に燃えた彼女の頬は、続けられたデートによって徐々に鎮火していった。

 いつも通りの明るさに加え、少しだけ香る女性らしさを持ったギャルは、誰よりも輝かしく見える。

 彼女を真正面から見られる日は、いつか来るのだろうか。

 

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