そのギャル、100万円で買います。

第12話 結局いつも締まらないんです

　映画館を後にした俺と菜摘（なつみ）は、彼女の希望で周辺の雑貨屋等をのんびり見ていたのだが、急に自分の腹の虫がいい声で鳴き出した。考えてみれば既に昼のピークは過ぎてる時間だし、今日はポップコーンとコーラしか燃料にしていない。それで隣のギャルに訴え掛けたのか俺の胃袋よ。

「あ、ごめん！　もうこんな時間だったんだ！」

「いや、こちらこそすまん。

　露骨な催促してしまって……」

「ううん、あたしが夢中になり過ぎてたし！

　どこか入って食べよっか！」

　男ならこういう時にビシッと決めるべきなのだろうが、いかんせん相手は女子高生。どんな店で昼食を摂るのか検討も付かない。ファミレスやファストフード店ならイメージに合うけど、さすがにデートでは行かないよな。

「「なにが食べたい？」」

　なんというデジャヴ。また被せてしまった。

　一瞬目を見開いた菜摘は、すぐにクスクスと笑い始める。なんだか気恥ずかしくなり、指で顔を掻いていたのだが、無邪気な笑顔を見られたのは悪くない。

「またハモってるし。あたしはさっき観たい映画にしてもらったから、次は玖我（くが）さんの好きなお店にしよーよ。別に好き嫌いもないし」

「うーん、それならあの店にしようか。

　食べ終わったらここに戻ってこれるし」

「うん！　じゃーそうする！」

　目先に洋食屋が見えたので、深く考えずに指差した。外食は行くとしても静かな所しか選ばないし、俺も好き嫌いは少ない。この際手近な所で腹の足しになればそれで良かった。

　予想通り飲食店は人が去り始めていて、チラホラと残る客も食事より会話を優先している。

　すぐに席へと案内されてメニューを開くが、特に惹かれるものがない。無難に、店長のオススメと書かれているオムライスを注文した。

「どう？　そのオムライス。

　たまごふわふわって書いてあったよね」

「んー、食べてみる？」

「うん！　食べたい食べたい！」

　皿ごと渡したのだが、俺の使ったスプーンでそのまま頬張っている。彼女の好みには合っていたらしく、頬を触りながら瞳を輝かせた。最近の子って間接キスとかあんまり気にしないのかな。

「すっげー！　ホントにふわっふわ！

　これめっちゃ美味しいね！」

「まぁ悪くはないよな」

「はい、お礼にひと口あげるー」

　今度は自分のフォークにパスタを巻き付けて、満面の笑みでこちらに差し出している。

　これ、完全にあーんの状態じゃないか。

「はやくー！」

「あ、ごめん」

　まさかこの歳になって、こんな恋人らしい行為を女子高生にされるとは思わなかった。恥ずかしさが先立ってくるから、味なんてほぼ分からん。

　よく平気でいられるなぁと感心したのだが、改めて見ると正面のギャルも緊張で萎縮してるし。そんな無理してやらなくても……

「ど、どう？　パスタも美味しくない？」

「んー、こういう言い方するのは、店に申し訳ないんだけどなぁ……」

「え、どしたの？　好みじゃなかった？」

「いや、どうも俺の口には、君が作った料理が一番合うらしい。店で食べるより美味いもん」

「えっ、えっ！？」

　途端に顔中を真っ赤にして、目が泳ぎ始める菜摘。今にもフォークを落としそうなくらい、手が激しく振動している。

　別にお世辞で言ったつもりではなく、本当にそう思ったから伝えたまでなのだが、ここまで恥じらうとは。正直この対処法はまるっきり思い浮かばない。

「ト、トイレ行ってくる！！」

　結局耐えられなかった彼女を見送ってしまった。というかこれ、さっきチケットを買った時と全く同じに見える。あの時も何かに照れ臭くなって逃げていたのか。なにをしたっけ？

　まだ残っていた料理を食べながら待っていると、そわそわしながら歩いてきた菜摘が席に着く。顔の火照りは未だに収まっておらず、かなりの重傷を負わせてしまったらしい。見ていてちょっと可哀想になってきた。

「なんか変な事を言って悪かったな」

「う、ううん……。

　あたしに気を遣ったとかじゃないんでしょ？」

「むしろ気遣うべきだった。突然あんな事を真顔で言われたら、誰だって動揺するよな」

「そーじゃないし。ただ動揺したんじゃなくて、あたしは嬉しかったの。だからいいの！」

　お互い少し目を合わせにくい状態になり、そのまま洋食店を後にすると、さっき見ていた雑貨屋がやはり気になるらしい。彼女は真っ直ぐそちらに向かい、店の前で立ち止まる。

「もう一回中を見たいのか？」

「うん。すごく可愛いのがあったの」

「そんじゃゆっくり見てみるか」

　落ち着いた雰囲気の店内は、アクセサリーやストラップ、ぬいぐるみから置き物まで、なんでも揃っていた。どれも若い女性向けで、まじまじと見るのは気が引けるが、なにやら菜摘はぬいぐるみコーナーを吟味している。

「おー、パンダじゃないか」

「そーなの！　ゆうちゃん絵本のパンダしか見た事ないから、これいいなぁって」

「よし、悠太（ゆうた）への土産に買っていこう」

「でもこれ、結構高いんだよね……」

「金は俺が出すよ。菜摘が選んで俺が買った、二人からの土産でいいんじゃないの？」

　大きめのパンダのぬいぐるみは、変にリアルさを求めていなくて可愛げがあった。

　高校生には少し値が張るのも分かるが、昼飯代くらいの値段で悠太が喜ぶなら惜しくもない。

「あとさっき気にしてた、変なストラップはなんだったんだ？」

「え？　あぁ、これ？」

「そうそう。なにそれトカゲ？」

「かなー？　こういうキモかわいいの、ママが好きなんだー。なんか気になっちゃって」

　オレンジ色に青ぶちで妙に毒々しいし、形もトカゲとカエルを足したような不気味さがあるけど、そんなのがあの母親の好みなのか。

「なかなか個性的な趣味してんなぁ」

「だよねー。ママが集めるの変なもんばっかりなんだよ？　でも時々見るのは面白い！」

「そっか。それも欲しいのか？」

「ううん、これはいいや。

　あたしにもあの趣味はよく分かんないし」

「ふーん。じゃあ君のは？」

「え、あたし？」

「うん。家族の好きな物は分かったけど、君の好きな物はまだ聞いてない」

　他の物を含め、さっきから見ていたグッズは全て家族の趣向に合わせたものだ。喜ぶ顔を想像しながら、彼女はそれらを見つめていたのだろう。

　とても素敵な心持ちではあるが、献身的過ぎるのもどうかと思う。誰かの喜びに寄り添うだけでは、自身の感情と向き合えない。わがままの一つでも言えるようになれれば、彼女はもっと色んな事に興味を持ち、今よりも世界が広がっていくだろう。だからもっと彼女自身の声が聞きたい。

「あたしの好きなもの………。

　そんなの手に入るのかな？」

「俺はそっちの方が知りたいかな」

「じゃあ………あなたが選んだもの」

「え、なにその答え！？」

　それは彼女の意志ということになるのか？

　なんか上手くはぐらかされたような気分なんだけど。しかも聞き違いじゃなければ、あなたって言われた気もする。これどういう状況？