第11話 遊びに行くギャルは普段と違くないか?

玖我くがさーん! お待たせー!」

「よう。別に待ってないけど、家の前で待ち合わせればもっと早かったぞ」

「こういうのって雰囲気も大事じゃん? 

 いつも通りじゃ味気ない感じするし」

 

 雰囲気ねぇ。一体どんな雰囲気を作り出そうとしてるのかは、敢えて聞かないでおく。


 八月初日の今日、高校の夏休みが始まり数日経った菜摘なつみと、二人で映画を観に行く。彼女からの希望で駅前を待ち合わせ場所に決めたけど、どうやらデートというのも本気らしい。しっかり気合いの入った服装で来ている。

 

「それじゃ行くか。混んでないといいな」

「うんっ! いこいこーっ!」

 

 突然デートの誘いと言われた時は正直焦ったが、日頃世話になっているのも事実だし、これで菜摘が喜んでくれるならそれもいい。

 しかしこんなおっさんと出掛けて何が楽しいのやら。既に鼻歌まで歌ってるけどこの子。

 

「ねぇ、なんでそんなに離れてんの?」

「いやだって、君みたいな若い子の隣に俺が居たら、変な目で見られるだろ?」

 

 電車の中はそこそこ混雑していて、吊り革が多少暇をしているのみ。入ってすぐに並んで掴まったが、やはり周囲が気になってあまり近付けない。徐々に距離を取りつつ、外を眺めて気を逸らしていた俺は、彼女的に不自然に映ったらしい。

 

「気にし過ぎだってー。あたしの隣に誰が居ようと、だーれも気にする人いないよー」

「少なくとも俺は気にするよ!」

「えっ……?」

 

 反射的に何ほざいとんじゃ俺はー!?

 最近心の中で思ってたことが、簡単に口を通して外に流れ出るんだけど、これって年齢とか関係あるのかな? いやあるわけないか。

 

「言うほどあたし達って変に見えるかな?

 今日のコーデなら、二十歳くらいには見えるかなー? って思ったんだけど……」

 

 確かにこの日の菜摘は普段とは違う。落ち着きのあるワンピースに、サンダルやポーチも上品な物を身に着けているのだ。高校生にしてはだいぶ大人しめだし、攻めてない感じがする。

 俺の見た目年齢と釣り合いが取れるように、きっと趣向を凝らしてくれたんだろうな。

 

「そうだな。今の君となら、親子ほどの差は感じないだろう。言うほど違和感無いかも」

「よかったー。

 でもあたしには似合わないかな?」

「そんなことないぞ。

 隣の俺が羨望の眼差しを向けられるレベルだ」

「せんぼー? なにそれ?」

「羨ましがられるってことだよ」

「……そっか。ならよかった」

 

 頬を赤らめて俯き気味の彼女を見ると、なんだか俺まで照れ臭くてかなわん。露骨に上を向いて、緩んでいく表情を誤魔化した。


 電車を降りて映画館に到着すると、夏休みで一日ついたちということもあり、辺りは若いカップルや集団、その他大勢で賑わっている。チケットを購入するにも一苦労な勢いだが、俺達はまだ観る作品すら決めていなかった。

 

「どれが観たい?」

「うーん……。あ、これ気になってた!」

 

 コテコテの恋愛ものか。嫌いではないが、むしろ隣にあるポスターのミステリー系に興味がある。完全に俺個人の好みだろうけど。

 

「あーでも、これも面白そうだね! 

 あたしこういうの観たことないんだー」

 

 彼女の指が視線の先に入ってくる。俺の好奇心が眼差しにはっきり現れていたのかも。

 

「いや、そっちのにしよう。

 菜摘も気になってたんだろ?」

「え、でもいいの? 

 あたしの趣味に合わせてない?」

「先に合わせようとしたのは君だろ。

 まぁ俺はジャンルを問わない男だからな。

 ほれ、チケット買いに行くぞ!」

「なにそれー! ありがとー玖我さん」

 

 長蛇の列に並び、待つこと十数分。ようやく販売窓口に辿り着いたはいいが、こんな事ならアプリを入れて自動券売機で買うべきだった。受付と背後からの視線が気になる。そりゃ横に居る女の子は明らかに若いからなぁ。

 

「この映画、大人二枚で」

「大人二枚ですね。二千四百円になります」

 

 よし、特に不審がられず購入出来た。ついでにファーストデイ料金で少し安い。

 胸の内だけでガッツポーズを決め、列から離れてチケットを手渡そうとすると、菜摘は不思議そうに俺を見つめていた。

 

「学生証、持ってきてたのに」

「せっかく大人びた恰好してるのに、こんな所で子どもアピールしなくてもいい。

 今日の君には大人料金の方がお似合いだよ」

「……っ! ちょ、ちょっとトイレ!!」

 

 急に早足で立ち去る彼女は、後ろ姿まで大人との差が感じられない。しかしチケットも受け取らずにずいぶん慌てていたが、そんなに我慢していたのだろうか。言えばいいのに。


 その場で待っていようかとも思ったが、この時間は少しもったいない。彼女の好みも分かっているので、今のうちに飲み物とポップコーンでも買っておこう。炭酸二種類あれば問題ない。

 

「あ、居たいた! メッセくれてたんだね」

「おう。ちょうど準備出来たとこだぞ」

「へー! 気が利くじゃん!」

「俺だってたまにはやるさ。んじゃ行くか」

 

 やはり若年層には恋愛映画が好まれるのか、シアタールームを埋め尽くす顔ぶれに、俺より歳上っぽいのが少ない。だが上映が始まればなかなかに惹き込まれる展開で、いつの間にか見入ってしまっていた。これは当たりかもな。


 終盤に入るとグッとくるものがあり、右からは菜摘が鼻をすする音が聞こえる。悲しくも優しい結末が、どことなく彼女を思わせた。

 

「いやー面白かったねー……ってええ!?

 なんでそんなに号泣してんの!?」

「ご、号泣なんかしてねーし! 

 ヒロインの健気さに心打たれたとか、まったくそんなんじゃねーし! 面白かったけど!」

「……よしよし。落ち着いてから行こっか」

 

 女子高生に頭を撫でて慰められるとは、なんたる不覚。強がろうと声を出す度に目から雫が落ちてんだから、そりゃ言い訳出来るはずがない。というかさっきまで結構泣いてたのに、切り替え早すぎだろギャルちゃんよう。

 

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