そのギャル、100万円で買います。

第8話 この襲来には困惑を免れません

　昨日の約束通り、本日は四十崎（あいさき）家にお邪魔する予定。菜摘（なつみ）のバイトが無い日は、母親が悠太（ゆうた）を見ていてくれるらしいが、それでも学校から帰ればすぐ仕事に出てしまう。バイトの日は終わった後で、直接保育園まで迎えに行くのだとか。彼女は一体いつ休んでるんだ？

　そして今日はバイトが無い日。母親が出勤した頃合を見計らって、俺も自宅を出た。いやはや、七月も下旬となると気温の上昇が目まぐるしい。日に日に暑くなってないかこれ。

「お、いらっしゃーい」

　悠太を抱き抱えて玄関まで出迎えるその姿は、まるで新妻みたいではないか。照れ臭いぞなんか。相手は部屋着姿のギャルなのに。

「お、おう。二人とも、元気そうだな」

「はぁ？　昨日も会ってんじゃん。

　てかなんで顔赤くなってんの？」

「えっと……たぶん外が暑かったからかな」

　え、今首から上が熱いの、気温のせいじゃないの？　なんか目を合わせにくいんだけど。

「大丈夫なの？　今から熱中症とかなってたら、たぶん近いうちにあんた死ぬよ？」

「いや勝手に殺すなよ！　この火照りは君を見て変に意識してしまっただけだ！」

　ばっきゃろー！　なに口走ってんの俺！？　

　女子高生見て意識したとか、ただの変態野郎になっちまうじゃないか！　もう終わった……

「そ、そっか。この服が似合ってたから？」

「ま、まぁ似合ってるとは思うけど。

　なんか若い奥さんが、息子と出迎えてくれたような錯覚が………って今のは無し！

　マジでなし！　ごめん気持ち悪くて！」

　本当に暑さにでもやられてるのだろうか。思考回路の狂乱混線状態がまるで整わん。しっかりと意識を保て。彼女はただの女子高生ギャル。こちらから恩を押し売りしてしまった女の子。

　ふと目線を上げると、身体をプルプル震わせて、顔から火を吹いている菜摘の姿が。今度こそ本気で激怒させてしまったか……

「んーっ！　それは妄想が飛躍し過ぎだし！

　アホなことばっか言ってないで、早く中に入りなよ！！　もう！！」

　怒りながらも、ちゃんと玄関から部屋に入れてくれるところが彼女らしいな。

　様子を伺いながら悠太の面倒を見ていたが、料理を始めてしまえばいつも通りの菜摘に戻っている。むしろ機嫌が一転したのか、鼻歌まで聞こえてきた。本当に楽しいんだろうな。

　ここに来て小一時間が経過。傷みそうな食材が多かっただけあり、普段以上に品数が多く、食卓が一段と豪華に飾られている。期待に胸を膨らませて口に含むと、やはり美味。

「この肉じゃが本当に美味しいぞ。

　和食って家庭でもこんなレベルになるのか」

「味付けのコツを覚えれば割と簡単だよ？」

「コツねぇ。なんか隠し味入れてるとか？」

「隠し味………まぁ無くはないけど、一番は感謝の気持ちとか？」

「ぶっ！！！」

「ちょっと！！　床に吹かないでよ！？」

　心が痛い。弱みにつけ込んで恩を着せてしまい、その上ここまで純粋に感謝されるとか、良心にズキズキと染み渡る。義理堅いだけではなく、こういう清らかな部分まで、やっぱり身なりとかけ離れてるんだよなぁ。

　そんなやり取りをしつつ食べ進めていると、急に玄関が開く音が聞こえてきた。

「ただいまー、愛しのなっちゃんとゆうちゃん。

　ってあれれー？　お邪魔だったー？」

「え、なんで！？　仕事は！？」

「なんかお店の送電設備が壊れちゃったみたいなの。だから営業前にお休みになったー」

　突如居間へと上がり込んだ謎の美女。よく見ると顔は菜摘に似てるが、若干タレ目なところが艶っぽく、露出度高めな服装も相まって妙にエロい。正に大人の女性って雰囲気だ。

「菜摘、お姉さんもいたのか？」

「いやママだけど」

「ママぁ！！？　嘘だろ！？」

「ガチだし。そんな嘘吐かないし」

「え、だって俺と年齢変わらなくない！？

　高校生の娘がいる歳じゃないよ！？」

「でもママだし。今年三十三歳だし」

　三十三……？　てことは、菜摘を十七になる歳で産んでるわけか。かなり早いけど有り得ない話ではない。か・な・り・早いけどな。

　だがしかし、問題点はそれだけではない！　実際に若いのは承知したけど、俺より六歳上には思えんぞこの人は。見ようと思えばアラサーにも見えるけど、二十代半ばと言われた方が納得出来る。そんな若々しさだ。

　てか高校生の娘よりも母親の方が歳が近いって、俺もいつの間にか歳とったんだなぁ……

「はじめましてー！　菜摘と悠太のママでーす！

　十六で子作りしちゃいました！ てへっ」

「ちょっとママ、ガチで辞めてそういうの！

　ホントに恥ずいから！！　主にあたしが！」

「えー、そーお？　不思議そうに見てたから、教えてあげただけだよー。それで、そこの渋いお兄さんはなっちゃんの彼氏さん？」

「ち、ちがうしっ！！　それに渋いんじゃなくて、気だるげで根暗なだけだし！！」

　えーっと、このやり取りには参加する勇気が持てない。

　それにしても菜摘の奴、ついに恩を忘れて暴言まで吐き始めたか。まぁ女子高生なんてこんなもんだろうし、言ってる内容もただただ俺への正しい印象なんだけど。

「は、はじめまして。玖我正義（くがまさよし）と言います。

　娘さんには、いつも料理から家事全般までお手伝いして頂き、本当に助かってます」

「あんたもマジメに答えなくていいって。

　ママは分かっててからかってんだから」

「あらあら、なっちゃんたらつれなーい。

　でもその節は本当にお世話になりました。この子も嬉しそうにあなたのお話をするんですよ」

「そ、そうなんですか？　それは光栄です」

「もう！　いいからママもご飯食べなよ！　

　帰って来たら食べると思って、多めに作ってあるから！」

「いつもありがとう。

　なっちゃんのお料理、ママも大好きよー！」

　なんだかんだ仲良し親子って感じで安心してしまった。若いとはいえ、しっかり母親の目で菜摘を見ている。この関係性で娘も真っ当に育ってるんだから、菜摘にとっても負担ばかりではないのかも知れないな。