そのギャル、100万円で買います。

第7話 ツンデレか素直かハッキリしてくれ

　ギャルとの距離感を保とうとしていたのはいつの日の事だっただろうか。俺の家に初めて迎え入れたあの日から、菜摘（なつみ）はすっかり気を許して頻繁に飯を作りに来ている。

　というかそれだけではない。何故か洗濯や掃除までしてくれて、まるで有能な家政婦状態だ。

　週に二、三回、学校やバイト帰りに来るようになって既に一ヶ月以上。そろそろ学校の夏休みも始まろうとしている中、今日も二歳の弟を連れて来て、晩飯を作り始めている。

「おー、悠太（ゆうた）！　

　お前少し背が伸びたんじゃないか？」

「あーい！　ぱんた！　こえ、ぱんた！」

「でも喋るのは下手になってんなこの子」

「ゆうちゃんホントに懐いてんねー！　

　あんたいいお父さんになれんじゃないの？」

　何度も遊んで扱いにも馴れた弟の悠太は、俺以上に順応性が高い。当たり前のようにこの部屋を這ったり歩いたりしながら、機嫌良く俺の下までやって来る。本当に可愛らしい。

「あー、ごめん。今のは口を滑らせたわ」

「なんだよ菜摘。俺じゃ良い父親にはなれないとでも言いたいのか？」

「そーゆーこと言ってんじゃないから。

　深く考えなくていいし、気にしないで」

　煮え切らない言い回しだなぁ。別にこの子の父親になりたいとか思っちゃいないけど、自分的には面倒見が良いという新たな一面を発見して、少しだけ浮かれ気分だったんだぞ？

　一人暮らしには不相応な広いテーブルを料理が彩り、菜摘に促されて席に着く。

　椅子が高くて危ないので、悠太は姉の膝の上が定位置になっていた。その状態で脚痺れないのかな。

「どう？　今日のパエリア。結構自信作！」

「うん、めっちゃ美味い！　

　てか君の料理で不味かった物がホントに無い」

「へっへぇー。玖我（くが）さんの胃袋カンペキにつかんじゃったね！」

「鷲掴みだわ。てか次来る時までに子ども用の椅子も買っとくよ。それしんどいだろ？」

「え、いいよそんなの！　勝手に連れてきてんのあたしだし、そこまでしてもらう義理ないし！」

「遠慮すんなって。その調子じゃ悠太だってすぐにおっきくなるぞ？」

「………なんかそれ、ずっと一緒に居てくれって言われてるみたいじゃん」

「ホワァッツ！！？」

　俺はなんて思慮浅い提案をしてしまったんだ。確かにこれから先も世話してもらうのが確定事項のような言い方ではないか。やばい。これはやばいぞ。さすがのイケイケ風ギャルだって顔を真っ赤にして………照れている？

　てっきり怒り始めるかと思っていたが。いつまでこんな面倒臭い事をさせるんだって。

　何これ。ラブコメ始まってんのこれ？　そう受け取れる照れ方してるよこの子？　なんでそんな恥ずかしそうに頬染めてんの？

　いやないない。相手は十一も年下の女子高生。しかもギャル。ギャルになった事情は知ってるけど、それでもギャル。こんなイケイケな若い女の子連れてたら、俺がお巡りさんに捕まるよ？

「ごめん。君を縛り付けるような発言だったわ。

　今のなし。忘れてくれ……」

　さっきまで照れまくって俯いてた彼女は、一転して慌てふためき出す。脚に乗せてる弟が落っこちそうで怖いんだけど。

「いや違う違う！　ちがうって！　そういう意味じゃないから！　普通に嬉しいし！」

「嬉しい？　このままじゃいつまで経っても借りを返せないって、思わせたりしないか？」

「はぁ！？　そんなん思うわけないし！！　

　あんたにもういいって言われても、あたしの気が済むまでここに来るし！」

「そんな事して君にメリット無くない？」

「メリット……えーっと、ほら！　この家のキッチン広くて使い易いし、ゆうちゃん見ててくれるから、料理が楽しいんだって！」

　あー、料理好きな彼女にとっては、確かにそれは大きな利点かもな。あながち無理くり付けた理由でも無さそう。

「まぁそう思ってくれるならそれでもいいや。

　とりあえず悠太用の椅子は用意しとくよ」

「うん……。ありがとう」

「お前可愛いな」

「はぁ！？　うっさいし！！　

　可愛いとか軽々しく言うな！！」

　俗に言うツンデレ属性というやつだろうなこれは。リンゴみたいに紅潮した顔で強がられても、ちっとも辞める気にならないぞ。

　食事を終え、食器を洗う彼女の後ろ姿を眺めていたところ、ふと疑問が湧いてきた。むしろこれまで気にならなかったのが不思議なくらいの、至極当然な疑問が。

「菜摘。君の親父さんは別居中だから良いとして、お袋さんは心配してないのか？　

　こんなにしょっちゅう娘が外出してて」

「あー、ママにはちゃんと説明してるよ」

「してて平気なんだ。一体どこまで？」

「全部だよ。クソ親父に売られたところから、助けてくれた男の人にご飯作ってるってところまで。ママ喜んでたよ」

　喜ぶ！？　なにを！？　もし俺が菜摘の親だったら、娘にそこまでさせてる男の方を疑ってしまうんだが。そしてその馬の骨野郎が今の俺です。

　なんか在（あ）らぬ誤解を受けていないか不安になるが、現状俺達の関係は不自然なだけであり、決してやましいものではない。だとすれば俺が誠実に対応していればいいだけかな。

「あーそうだ。明日は久しぶりにうちに来ない？　悪くなりそうな野菜があって」

「そんな事ならお易い御用だ。君に調理されてしまえば、傷んだ食材でも俺は食うぞ！」

「ばか。そんなん食わせるわけないじゃん」

　綺麗な金髪の隙間から見える、小さく可愛らしい耳が、沈みかけてる夕日みたいに見えた。今日はやけに照れまくるけど、情緒不安定なのかしら。お兄さん不安になってくるよ。

「だー！　こえ、あーに？」

「んー？　これはねぇ、パンダではないんだぞぉ？　お姉ちゃんのバッグだ」

「ちあう！　こえ、ねねちぁう！」

「そうだねー。これはねぇね違うねー」

「こえ、あーに？　こえ！」

　悠太の指差す先が、学生カバンから俺の腹部へと方向転換する。これは俺的に返答に悩む質問だ。さてなんて答えようか。

「なぁ菜摘。俺ってなんなんだろう？」

「知らねーよばか。好きに呼ばせれば？」

「……悠太、これはオッサンだよぉ」

「おったん？　こえ、おったん？」

「いやオッサンじゃねーし！」

「あんたガチでバカなの？」