第6話 百万で背負った覚悟と、ギャルの決意
なんやかんや部屋に辿り着くだけで無駄な時間を消費した。行って帰って来ただけなのに、丸一日過ぎたみたいな気分だよまったく。
後からリビングに入ったギャルは、デカいソファーや大型テレビに興奮している様子だが、ここに来るまでよくその好奇心を絶やさずにいられるなと、素直に感心してしまう。
「ねぇ。
家具も全部高級そうじゃん」
「別にすごくはないよ。たまたま起業した会社が軌道に乗って、途中で面倒になったから別の人間に譲っただけ」
「それでお金持ちになったの？」
「まぁかなりの額で売れたけど、その金はこのビル買うのにほとんど使った。あとは三ヶ月前に死んだ親の遺産だよ」
「え、親が死んじゃったの？」
「お袋は三年前に死んだけど、親父はその後も大企業の社長として頑張ってて、資産はそこそこあったんだ。結局お袋と同じ癌で死んだけどな」
別にしんみりさせたかったわけではないのだが、聞いてはいけない話を聞いてしまったような顔をするギャルは、目を逸らしたまま無言になった。
そんな雰囲気を出されると、語り聞かせた俺まで気まずくなる。今は本当に引きずったりしていないのだが。
「なんか、すごく大切なお金だったみたいだね。
あたしのせいで無駄遣いさせちゃって申し訳ないな……」
「いや使ったのは俺の意志だし、人の為になってるんだから親父も喜んでるよ。
君に責任はこれっぽっちも無い」
「……なーんてね！ 冗談だよ冗談！ いい大人のくせに、なーに本気にしてんのさ！」
さっきの顔が冗談なわけないだろ。まだ出会ってから日は浅いが、彼女の優しさや責任感の強さはそこそこ見てきたつもりだ。俺に気を遣わせまいとしているのも分かっている。
「大人だからこそだよ。自分で責任を負う大人ってのは、人に与える影響も考えなくちゃならない。俺の選択で変えられた君の気持ちや人生を無視するようなら、それこそあの金はただの自己満足になっちまうんだよ！」
つい暑苦しく語ってしまった。これだから大人って奴はウザがられるんだ。理解していてもやってしまうのが余計タチが悪い。
しばらくポカンとしていたギャルだが、少しずつその表情は呆れたように変化していき、仕舞いにはため息まで漏らしている。
「あたしの事をそんなに本気で考えてくれたの、ママ以外で初めてだよ。ホント変な奴……」
「変な奴じゃなきゃ、いきなり見ず知らずのギャルの為に百万なんて払わん」
「あはは、そーだろうね。どうせ誰も心配してくれないなら、せめて可哀想な目で見られないように、自分から見た目も変えたんだけどね」
それで今のギャルスタイルが完成したのか。
確かにこんな脳内お花畑みたいな雰囲気じゃ、別の意味で心配はしても、深い悩みを抱えているようには見えない。根暗になるよりよっぽど良いけど、本人は相当辛いだろうに。
「でもあんたは違った！ なんでそんなにあたしを大切にしてくれるの！？ いくら大人だって、あんたみたいな人見た事ないよ？」
気まぐれだったなんて絶対言えない。
万が一口座の金が漏洩なんかで消えた時の為に、一応生活出来るよう百万くらいは手元に置きたくて、たまたま持っていただけなんて言えるわけないだろう。しかも後日ちゃんと下ろしてきて、家に置いてるし。でも他に理由が……
「目の前で女の子が困ってるのに、それを見過ごすなんて男が
「そっか。まぁ理由なんてなんでもいいんだけどさ。嬉しかったのは変わりないし」
「それでいいんだよ君は。いつも家族の為に頑張ってる分、救いの手が来るのも当然のこと」
これは紛れも無く本心だ。例えこの子じゃなくても、俺の気まぐれは発動したかもしれない。でも結果的に彼女だったのは、彼女こそが報われるべき存在だったからだろう。
勝手に自己完結していたのだが、急に立ち上がった彼女は、身を乗り出して俺に詰め寄ってくる。
その勢いにはちょっとたじろぎ、それまでの自分のセリフを思い返した。
なんか気に障ること言ったのかなマジで。
「でもさ、あたしもう十六なんだよ？
まだ未成年の子どもかもしれないけど、結婚だって出来る年齢なんだよ？」
「けっ、けっこん！！？」
「それってもう自分の道を決めていいって事じゃん。自分で人生を選んでもいいって事じゃん！」
「は、はい。おっしゃる通りで……」
「だからさ、恩返しくらいちゃんとさせてよ。
料理が迷惑なら他の事でもするから、あんたへの感謝を伝えさせてよ！」
何事にも一生懸命なギャルちゃんは、受けた恩義に対しても全力投球なだけだろう。
俺は確かに少し避けてた節があるけど、別に彼女を迷惑だなんて思えない。むしろ味気無い日々に、彩りを感じ始めてるくらいだ。感謝こそすれど、悪い気は微塵も起きない。
ではなぜ彼女を避けようとするのか。
まず年齢。高校生には高校生なりの生活があり、その時にしか出来ない経験がある。
次に負い目。救ったとはいえ、金だけで解決して良い問題では無かった。間接的に彼女は父親に逆らった形になるわけだし。
そして現状。それまでの生活は薄味ではあったが、別に嫌いなわけではない。彼女と深く関わり過ぎれば、何かと厄介な問題が付き纏う。刺激が強過ぎる日々は苦手だ。
結論としては、大きくこの状況を変えるよりも維持する方向でいきたい。それで俺としてはなんの不満も無いし、彼女もいずれ気が済むだろう。それがお互いにとって一番良いはずだ。
「君の料理はすごく気に入ってるんだ。俺はいつでも家に居るし、気が向いたら作りに来てくれればいい。ゆうちゃんも連れてさ」
「オッケー！ じゃあ毎日来るね！」
「え、マジで？」
「いや嘘だし。さすがに毎日とかムリ」
あー、この顔は本当に嘘だわ。
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