第5話 招かれざる訪問ギャル（客）
ギャルの家にお邪魔してから一週間。
ちょいちょいくだらない内容のメッセージが来るようになったが、一度も会ってはいない。弟が新しい言葉を喋ったとか、スーパーで美味しそうなお菓子を見付けたとか。そして美味そうな彼女の手料理の写真だとかが、何度か送信されてきていた。
俺は正直、このぐらいの距離感を保っていたいと思っている。彼女の背負っているものはかなり根深そうだし、深入りすると面倒になるのは目に見えていた。
友達として接するのは構わないし、一緒にいる時間は割と楽しい。だけど彼女の人生にこれ以上影響を与えるのは得策ではない。だから適当に返信を返すのみで、会いに行ったり来てもらったりは極力避けたいのだ。
そんな思いに浸りながら、今日も俺は投資した株の増減率に目を光らせている。
「こりゃまた目覚しい上昇だな。この前スった分を差し引いてもプラスじゃんか」
俺は今、こうした投資の他に家賃収入で生計を立てている。思い切って買ったマンションは立地が良く、多少金額設定が高めでも入居者に困る事はない。それだけでは刺激が薄いので、暇潰しに資産運用にも手を出しているだけなのだ。正直百万なんて
「なんだ？ 着信なんて珍しいな」
聞き覚えの無い着信音が鼓膜に障り、PCからスマホに視線を移すと、メッセージアプリの通話機能によるものだった。こんな形で連絡してくるのは、当然彼女しかいない。
「もしもし？ どうしたんだギャルさん？」
「ギャルさんってなんだし！ 名前言ったじゃん！ しかもあんたメッセ見てないの？」
「君だってあんたって呼んでる件について。
それよりメッセージなんか届いてたか？」
「三時間くらい前に送ってるんですけど！？
「オッサンって言うn……」
「もうそれ飽きたから！！」
最近ちょっと気に入ってたツッコミを、耳を
それにしても玖我のオッサンはさすがに酷いよなぁ……。お兄さん泣きたくなったよ。
スマホをスピーカーモードに切り替えてアプリを見ると、確かにメッセージが届いている。内容は、今日は学校が早く終わるしママも家に居るから、ご飯作りに行ける。との事。
「ごめん、パソコンばっかり見てて気が付かなかったよ。昼休みに送ってくれてたのか」
「そーだよ。もう買い物も終わるんだけど、あんたの家どこなのさ？」
「え、マジで来るの？ 今から？」
「あんたが今度来いって言ったんじゃん！」
「ちょっと待ってて。この間のスーパーならすぐ迎えに行くから」
俺はスピーカー越しに通話を続けながら、いそいそと部屋の中を片付けている。客なんか滅多に呼ばないし、部屋もほとんど決まった所しか使ってないけど、万が一この部屋を見られたらさすがに威厳が消え失せてしまう。
別にアダルティな物品が散らかってるわけではないが、食べ終えたパンや菓子の袋とか、飲み終えたペットボトルや缶ぐらいは捨てるべきだろう。
わかってはいるけど、つい手近な場所に放置してしまうのだ。悪い癖だな。
「ねぇ、なんで掃除してんの？」
「はぅあっ！！ なになに！？
ビデオ通話になってんのこれ！？」
「いやなってないけど、音でわかるし……」
「ごめん、ホントごめん！
すぐ行くからあと十分ぐらい待ってくれ！」
「そんなん気にしなくていいのに。
別にひとり暮らしの男の部屋に、なーんの期待もしてないから」
ハッキリ言ってくれるなぁもう。そんなに関心持たれないなら、焦る必要無かったわ。
とりあえずゴミ袋に詰めて片付けた気分にだけなった俺は、急いでスーパーまで向かう。
家から徒歩でも十分ちょいだが、自転車を漕いで行けば五分もかからない。しかし天気が良い初夏ともなると、その短い区間でもそこそこ辛いな。運動不足もあるけど。
入り口に着くと、そこではアイスを食べながら待っているギャルがすぐに視界に入った。というかスーパーの前に立つ派手な少女が居れば、当然のように最初に注目がいく。
「悪い！ 待たせちゃったな！」
「んー？ まだ八分しか経ってないけど」
「そうか。まぁすぐに家を出れば五分くらいだったんだけどな」
「けっこう律儀じゃん。玖我さんちってチャリじゃなきゃ遠いの？」
「いや、徒歩でも十二、三分で着くよ」
「ならこのまま行こー」
サラッとギャルから出た玖我さんという響きは、妙に新鮮だった。初めて言われてんだから当然っちゃ当然なんだが、その言葉遣い自体がいつもとは違う。それが新しい。
チャリのカゴに荷物を入れ、それを押しながら二人並んで家の前まで来ると、ギャルは途端に顔が引き
「は！？ なにこれタワマン！？
あんたこんなすごい所に住んでんの？」
「二十階建てだし、タワーマンションとまでは言えないよ。高さ的に高層マンションには分類されるけど」
「やっばー……。めっちゃ金持ちじゃん」
「とりあえずチャリ置いてくるから、エレベーターの前にでも居てくれ」
地下にある自転車置き場まで向かっていると、何故か背後から気配と足音が近付いていた。言うまでもなくそこに居るのはギャルなのだが、辺りを見回しながら感心している表情は、そりゃもう強気さの欠片も感じないただの女の子である。他人の家でキョロキョロするんじゃないの！ と言いたくなるほど、全力でキョロキョロしていた。
「あのー、
屋外に居ると暑くないですか？」
「そうだねー。あたしは割と平気かも」
「そうなんだぁ。基礎体温低めなのかな？」
こちらの質問は興味本位に完敗し、彼女は完全に上の空である。そこまで珍しいか？
「おっし、エレベーターいくぞー」
「おー！ ねぇ、何階何階！？」
「ん？ 最上階の二十階だから、着くまで少し時間かかるよ」
「すご！ 最上階なの！？
なんか一番偉い人みたいじゃん！」
「まぁこのマンション俺の所有物だし」
「え、ガチで！？」
「ガチガチ」
そこから呆然としていたギャルは、部屋に着くまで放心状態で大人しかった。さっきまでがうるさ過ぎただけなんだけどな。
「ガチで最上階来ちゃったじゃん……」
「俺の部屋はこの階にしか無いからなぁ」
「ホントだ。玖我って表札あるし」
「今、俺のカードキーで扉が開いたの見ただろ？ 俺の部屋で疑いの余地無しだろうが」
ようやく俺の住処だと認識した彼女は、緊張した面持ちで玄関へと入り、履いてきた靴をしっかりと揃えている。対する俺は放るようにスニーカーを脱ぎ捨て、自分の雑さが身に染みるようだ。この子の礼儀正しさはなぜ言葉遣いに反映されないのだろうか。
「なんだ、普通に綺麗にしてんじゃん」
「廊下もリビングも、俺にとってはただの通路みたいなものなんでな」
「なにそれ、意味分かんないんだけど。廊下は通路だけど、リビングは部屋じゃん」
「キッチンやダイニングに繋がる通り道って事だよ。男独りでこの広さを持て余す気持ち、分かって貰えないのかなぁ」
「……なんでここに住んでんの？」
「返す言葉もございません」
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