そのギャル、100万円で買います。

第2話 そして予想もしていなかった再会

　百万を使ってから三日が経った。

　特に変わった事もなく、平穏な日々を甘んじて受け入れている。あんな厄介事はもうごめんだし。

　ギャルからも特に連絡が来るわけでもなく、一応彼女の使命感だけは満たせたのだろうか。まぁ一週間も経たずに恩を押し返しにこられても、こちらにとって迷惑になる。あまり賢そうには見えなかったが、常識くらいはあるのだろう。ギャルじゃなければなぁ……

「たまにはスーパーにでも行ってみるか」

　ポストに入っていたチラシを見て、ふと思い立ってしまった。別にギャルを呼ぶ為に食材を用意しておくわけではない。ごく稀に自分で肉を焼いて食べたりするし、やる気になれば料理だって出来る。一人分だとかえって手間も食費も増えるだけなんだけどな。

　財布と充電したスマホだけ持ってとぼとぼ歩いていると、チラシの特売に釣られたらしい主婦層達が、スーパーへと足並みを揃えている。この波に乗って買い物するくらいなら、やっぱりコンビニで済ませた方がいいかも。

　しかしなんだかこの日はスーパーに行きたい気分だった。やっぱりギャルを呼ぶ口実が欲しいのかなぁ俺……。

　そんな虚しさに身を焦がしながら店内を散策していると、なんとなく見覚えのある後ろ姿が目に入った。しっかりブリーチされた金髪に、今どき珍しいスタンダードなセーラー服。よく分からん飾り付けのされた学生カバンと、手を繋いで隣を歩く幼児。幼児！！？

「君、子持ちだったのかよ！！？」

　衝撃のあまり、ガラにもなく大袈裟に驚いてしまった。店内に響き渡る俺の声は、周囲の客を巻き込んで白けさせる。これは物凄く気まずい。穴を作ってでも入りたい。

　そして正面を歩いていた金髪さんは、ゆっくりと訝（いぶか）しげな表情をこちらに向ける。ついでに隣の子どもも振り返るが、キョトンとした可愛らしい顔だった。

「いや弟だし！」

「ですよねーーー」

　彼女によると、バイトが無い日は学校帰りによく弟とここへ買い物に来るらしい。なんでも子守りを兼ねてるので、帰宅時には弟が待ち構えているとか。更に俺みたいな勘違いをされないよう、敢えて制服のまま出掛けているのだから、ただただ俺が恥ずかしい。

「あんたもこの近くなんだ。よく来んの？」

「いや、男の一人暮らしはスーパーとは無縁のケースがほとんどですよ。気まぐれだね」

「そっか。あたしにご飯作ってもらう為に、食材買いに来てたんだ」

「ずぼしっ！！！」

「なにその変なリアクション？」

　なんか自然な買い物風景になっていた。ギャルのくせにしっかり値札と内容量を見比べ、慣れた手付きでカゴへと放り込んでいく。対する俺は何を買うかすら決めてなかったので、彼女が勧めるままにカゴを埋めている。

　弟と左手を繋いでいるギャルは、右手のカゴをいちいち床に置きながら商品を入れるが、見てると少々まどろっこしく感じてしまう。

「カート持ってこようか？」

「ううん、平気。この子歩くの好きだし、片手でカート押すのって危ないじゃん？」

「あー、乗ってくれないのか」

「そうそう」

　正直意外だった。子育てなんて多少の子どものわがままは無視して、ある程度親の都合に合わせないと成り立たないと思っていた。

　しかしこのギャルは弟の気持ちを優先し、その上買い物のマナーまで考えて自分が妥協している。妥協と考えるのも申し訳ないくらい、それが当然の事として。

「それならカゴは俺が持つよ。買い物しにくいだろ？」

「え、でもなんか悪いじゃん。たまたま会っただけなのに、重い物まで持たせて」

「気にすんなって。俺が手伝いたいだけなんだからさ」

「んー、まぁいっか。ありがとね！」

　そんな眩しい笑顔を支払われたら、この手間賃じゃとてもじゃないけど釣り合わないんだが。あ、でも俺は百万の恩を着せてたわ。

　なんだかんだ買い物を楽しんでいた俺は、両手にぶら下げるカゴの重さを忘れていた。気が付くと結構な重量になっていたが、ちょうどギャルの品定めも済んだらしく、レジへと向かう。全くグズりもしない弟を見ると、普段からよく面倒を見ているのが伝わった。

「ねぇ、あんたは普通にカート使えばよかったんじゃない？」

「レジ列に並んでから言われてもさぁ……」

「いや自分で気付けし！　あたしもあんまカート使わないから、思い付かないじゃん！」

「そうだよねぇ。カートの発想は俺から出たのに、なんで使わないのかねぇ……」

「あんた結構アホなの？　今日見てたらずっとアホっぽかったけど」

　この子と居るとペースが崩れるのか、確かにアホになってる自分がいる。それは否定しないけど、色々と借りがある恩人に対してそこまで言わなくても……。

　俺は本当に何やってんだろ。