そのギャル、100万円で買います。
創つむじ
第一章 100万円で買ったのは金髪ギャル
第1話 これは本当に単なる気まぐれだ
暗い夜道を一人で歩いていた。
湿っぽくてぬるい空気と、街灯の明かりに集まる羽虫を見れば、もう夏の訪れも間もないのだと感じる。そんな夜だった。
ふと前方の路地付近から、虫の鳴き声とは違うなんともおかしな音がする。聞いていて決して気分の良いものではない。
辺りは寝静まろうとする住宅地なのに、場違いにも聞こえてくるその声は、男女の痴話喧嘩によるいがみ合いか。いや、女性が抵抗している声らしい。あまり関わってはいけないようなやり取りのようだ。
「ふざけんなよオッサン!! こっちの足元見やがって! 離せよ!!」
「ふ、ふざけんな!! 俺だって高い金払ってんだぞ!? 大人しく言う事聞け!!」
「イヤだって言ってんだろ!!!
い・い・か・げ・ん、諦めろよ!!」
どう見ても女子高生くらいにしか見えない金髪ギャルが、控えめに見ても俺よりデコが倍は広い中年男性に、服の裾を掴まれて逃げられずに暴れている。
……流行りのパパ活かこれ?
それにしてはギャルの必死な形相には、鬼気迫るものがある。ホテルでそっちの相手までさせられるとは思わなかったのだろうか。
見ていて可哀想ではあるが、警察でも呼んで解決すべきかなこれは。そう思ってスマホを取り出すと、まさかのバッテリー切れで機能停止。そう言えば寝落ちするまで使ってたから、昨夜充電器に挿してなかったわ。
はてさて困ったぞ。どうしたものか。
「おい!! こっちは先に五十万も払ってんだぞ! そうしたら娘を好きにしていいって言われてんだ!! 契約は守れ!!」
「そんなんあたしは知らないっての!!
なんで勝手にあたしが売られてんのさ!!」
「それこそ知るか!! こっちは本当に金払ってんだ!! いいから言う事聞け!!」
おいおい、それ人身売買じゃないか。パパ活とかそんなかわいい話じゃ済まねぇぞ?
ギャルは涙目になりながら必死に抵抗してるし、どうやらガチで危ないらしい。
「あのー、そのギャル百万で買います」
「ん!? なんだこの若造は!!?」
「だから、俺が百万で買うので譲って下さいよ。倍の金額なら悪くない話でしょ?」
「ちょっと待てよオッサン!! なんであたしが勝手に取り引きされてんだよ!! そもそもあたしはそんなに安くねぇ!!!」
あーもう、うるっさいなぁこのギャル。すごく必死なのは分かるけど、もう少し空気読めないもんかなぁこの流れなら。
慌てふためくギャルを無視して、小さな肩掛けバッグから封筒を取り出す。銀行員のミスが無ければ、ここにちょうど百万円入っているはず。いや別に怪しい金じゃないよ? ちゃんと法に則ったやり方で手に入れて、自分の口座から下ろした一部だ。
「ここにピッタリ百万あります。ギャルを渡して頂ければ、これ全部差し上げますので」
「な!? ほ、本気で言ってんのか!?」
「疑うのならどうぞこの場で確認して下さい。返せとか言わないんで」
差し出された封筒に恐る恐る手を伸ばす中年男は、用心深いのか、ギャルの服からも手を離そうとしない。どちらかと言うと俺が胡散臭いのかな。まぁ状況的に仕方無いが。
片手で封筒の口を広げて覗き込むと、あからさまに目の色が変わっていく。
「本当に本気なのか!?」
「本当に本気ですとも」
「通報したりしないか!?」
「通報してもその金が戻って来るとは思えませんから」
「いいだろう。小娘はくれてやる」
ようやく男の指が
その頃ギャルは抵抗に疲れたのか、肩で息をしながら黙って見ていた。逃げる様に立ち去る中年にも用は無いし、とりあえず事情だけ聞いて俺もこの場から去ろう。
「大丈夫か?」
「………百万ならいいとか思ってんの?」
「いや、あの金は奴にくれてやっただけだ。君をどうこうする気はない。面倒だし」
「くれてやった!? あんな大金、誰がタダでくれるってんだよ!?」
「別に俺の金を俺がどう使おうが勝手だろ。それで女の子一人救えたんだし」
ギャルは見開いた目で俺を見ている。そりゃ金が惜しくないと言えば嘘になるが、悠長に他の方法探してる暇も無かったんだから。あの金で人を助けられたなら後悔は無い。
「そんで、何がどうしてこうなったわけ?」
「あたしにだってよくわかんねーよ」
「……聞き方を変えよう。なんであのオッサンと居たんだ?」
「オッサンだってオッサンじゃねーか!」
「失礼な! 俺はまだ二十七歳の青年だ! そして話しを誤魔化すな!」
「………これだょ」
ボソッと呟きながらギャルが取り出したのは、よく分からん茶封筒だった。気まずそうな表情から察するに、恐らく金が入っている。
「やっぱりパパ活か」
「んなことしねーよ!! クソ親父に、五万やるからあのオッサンの愚痴聞いてやれって言われたんだよ!!」
「愚痴? なんだそれ?」
「知らねーよ! もう金貰ってるからって、バイト帰りに無理やりこれ渡されたんだよ!
あんのクソタヌキ親父が!!」
「待て待て。もしかしてさっきから言ってるクソ親父ってのは、君の本当の父親か!?」
「そーだよ!!」
なんてことだ。この子は知らない所で、実の親から身売りされてたのか。さすがに同情はするが、こっちは百万払ってこの子も五万は手に入れてるし、損してるの俺だけだぞ。
「ま、まぁ人生色々あるよな。それだけ元気なら一人で帰れるだろ」
「ちょっと待ってよ! あんた本気で何もしない気なの!?」
「なにそれ? じゃあ俺の夜の相手でもしてくれるって言うの?」
「そ、それは普通に困るけど……」
「だろ? 君の貞操は百万で買えるほど安くないんだから、ここは俺の厚意に甘えとけ」
「それじゃあたしの気が収まらないじゃん」
思いの外強情な義理堅さをお持ちらしい。歯を食いしばりながら下を向く彼女からは、易々と帰してもらえる気配が無い。
「そうだご飯! あたし料理得意だよ!」
「………で?」
「あんたの連絡先教えてよ! 前もって呼んでくれれば、家までご飯作りに行くから! あ、でも食費は出せないけど……」
「材料費のことか?」
「そうそれ! 食材買っといてくれれば、ある物でテキトーに作れるよ!」
なるほど、百万円で使い放題の給仕係か。いやそれにしてもその派手でギラギラした風貌からじゃ、料理を作る姿なんて想像も……出来ない事もないな。
暗くてよく見えなかったが、目を凝らすとメイクはそこまで濃くない。髪の色と服装を変えれば、普通の可愛い女子高生に見えそう。それならなおさら飯作ってもらうとか、俺が危ない人になるだけじゃないか。
「えーっと……メッセージアプリでいい?」
「うん!」
最後に見た彼女の笑顔は、いつまでも頭に残るぐらい爽やかだった。下手に拒否すれば逃がしてもらえないと思い、とりあえずアプリのアカウントを伝えておいたが、使う日は来ないだろう。
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