第6話再出発


 魔王を聖女の力で撃退した俺たちだったが、そのまま冒険を続けられる状態ではなかった。リスティの革鎧はバラバラだし、エリアの鎧も所々にひび割れが入っている。聖女である俺の鎧も亀裂が入り、この鎧姿で冒険を続行する事は出来ないだろう。やむを得ず、王都ブラーサーに戻る事にし、聖教会に帰還した。案の定、神官たちが騒ぎ立てる。


「聖女様にこれほどの傷が!」

「やはり旅になど出るべきではなかったのだ!」


 そんな神官たちに俺は魔王と遭遇してその戦闘でこの鎧のダメージを負ったと説明する。魔王がこんな人里近くに出て来ている事をなかなか信じてくれなかったが聖女が嘘を言う訳はないという事で納得してくれたようだ。


「なんと、魔王がこんな所に……」

「魔王と戦って無事でいられるとは……」


 それも自分でも驚くべき点だが、全ては聖女の神の御加護の力のおかげだ。それを伝えつつ、旅を続行するために鎧を新調してくれるように申し出る。神官たちは相変わらず聖女が旅に出る事に反対のようだが、とりあえず俺と聖堂騎士のエリアの鎧は手配してくれるようだ。


「私の鎧は自分で調達しろって事ね」


 リスティが苦笑いする。彼女の鎧までは聖教会でも流石に面倒を見られないという事だった。仕方がなく、リスティは冒険者ギルドに行き、代わりの鎧を調達する事にしたようだ。そうしてひび割れた鎧を脱ぎ、聖女のドレスに着替える。修道女の服に着替えたエリアが俺の前まで来てくれた。


「聖女様、この度は護衛の役目を果たせず申し訳ありません」

「いえ、エリア。敵は魔王だったのです。エリアは勇敢に戦いました。誰がそれを責めれましょうか」

「ですが……」

「相手が悪かったのです。魔王などが相手でなければエリアも充分戦えたでしょう。今回は不幸な事故だったと思って引き続き私の警護を担当してくれるとありがたいです」


 俺の言葉にエリアは頷く。俺としてもエリアは頼りになる護衛だと思えていた。控え目な性格も好ましい要因だ。彼女が護衛をやってくれるのなら文句は無い。その思いを込めてエリアに声をかける。


「聖女クリスティアの名において、命じます。貴方には私の護衛を務めてください」

「はっ! 謹んでお受けします!」


 とりあえずエリアも引き続き俺の護衛という事で文句は無いようであった。それにしてもあの魔王の力は圧倒的だった。それと張り合えた聖女の神の加護の力も圧倒的ではあるのだが。次に戦った時はあの魔王を倒す。その覚悟で挑まないといけないな、と思う。

 そうして数日後、再び俺の鎧とエリアの鎧が用意出来たので着用する。リスティも現れ、新しい軽鎧に片刃の剣も新しくなっていた。なんでも魔王との戦いでへし折れる寸前までいってしまっていたらしい。あの魔王の暴剣を思えばそれとかち合った剣がへし折れるのも無理はない事だと俺は納得する。

 ともあれ、これで再び俺たちが旅に出る準備は整った。神官たちは相変わらず俺を引き止めて来たがそれを振り切り、リスティ、エリアと共に旅に出発する。一回目の出発はいきなり魔王に遭遇するというハプニングがあったが、あのような事はそうそう起こらないであろう。そう思い、王都ブラーサーを出て、道を歩く。目指すはサーウの町だ。そこを目指して徒歩で旅を進める。


「また魔王が出て来たりはしないわよね……」


 リスティがそう言ってきょろきょろと周囲を見渡す。最初のあの一件がトラウマになっているようだ。無理もない。旅を初めて早々に魔王と遭遇して死にかけたのだ。俺の聖女の力がなければあそこで全滅していただろう。逆説的に言えば聖女の力は魔王にも対抗し得る力だと言えるのだが。


「魔物! クラッシャー・ボアね!」


 リスティの声が響く。視界の先、そこには猪のような魔物が群れを成してこちらに向かって来ている所であった。道を遮るものは叩き潰して進む。その意図が読み取れる。リスティは新しくなった片刃の剣を抜き、エリアも槍を構える。俺も剣を抜き放った。クラッシャー・ボアとやらが接近して来て、まずリスティが前に出て先頭の一匹に片刃剣で斬り付ける。これにクラッシャー・ボアは断ち切られ、突進の勢いを止めて倒れた。エリアも前に出る。クラッシャー・ボアに向け神速の刺突を繰り出し、倒す。俺も剣を振るい、手近な所に来たクラッシャー・ボアに斬り付ける。その剣はやはり黄金の輝きを纏っている。神の御加護は健在のようだ。黄金の輝きを纏った剣はクラッシャー・ボアの肉体を切り裂き、それを絶命させる。その勢いでこちらに突進してきたクラッシャー・ボアたちの群れは次々に討ち取られていく。気が付けばクラッシャー・ボアは全滅していた。


「よし! それじゃあ、こいつらの肉をいただくわよ!」


 そう言い、リスティが片刃剣で絶命したクラッシャー・ボアから肉を剥ぎ取っていく。こいつらの肉は食用にもなるのだろう。換金用としても、自分たちが食べるためにも獲っておくのは悪い事ではない。そう思い、俺も剣で肉を剥ぎ取ろうとしたのだが。


「あ、あれ……」


 剣を纏っていた黄金色の輝きは消え失せ、剣は切れ味を一気に失っていた。自分に危機が迫った時は神は力を貸してくれるが、利益を追及するような行為。肉を剥ぎ取るような真似には力を貸せないという事か。仕方がなく、リスティとエリアが肉を剥ぎ取るのを見守る。剥ぎ取られた肉類はリスティのアイテムボックスに纏めて納められる事になった。


「そのお肉、どうするんです?」

「うーん。私たちが食べる分だけ残して後は売っちゃおうかと思っているけど」


 俺の問い掛けにリスティが答える。換金か。エリアが持っている聖堂金貨もあり、お金にはあまり困っていないようであるが、多いに越したことはないだろう。そうして、サーウの町を目指して私たちは進む。日の暮れる頃、サーウの町に到着する事が出来た。


「さて、それじゃあ、宿を取るのは任せるわよ。私はクラッシャー・ボアの肉を換金して来るから」


 そう言って、リスティは町中に消えて行く。宿を取るのを任せたと言われてもこちとらこの世界の常識も何も知らないのであるが。


「エリア……宿、取れますか?」

「問題ありません。聖女様」

「そ、そう。それなら良かった」


 エリアがこういった事に手慣れてくれているようで良かった。そう思い適当な宿を取り、そこで一泊する事になる。魔王の根城を探してこれからも旅を続けないといけないのだ。俺も宿の取り方くらいは覚えておいて損はないかもしれない。


「ただいまー、って何よ、これ」


 帰って来たリスティがエリアに文句を言う。果て、何か宿に不満があったのだろうか。


「お風呂付きの宿なんてそんな高級な所じゃなくてもいいのに!」

「聖女様を湯汲もさせないなどと出来ません」


 どうやら風呂が付いている付いていないで意見の相違があったようだ。ん、待てよ……?


「湯汲って、エリアがやってくれるの?」

「恐れ多きながら、聖女様のお体を洗わせてもらおうと思います」

「いや、それは……」


 つまりエリアと一緒に風呂に入るって事だよな。それはまずい。俺は体は女だが、心は男なのだから。エリアの裸を見るのも悪い。なんとか拒否しようとしたが、エリアも引き下がる気はない。


「いや、エリア、私は一人でお風呂に入れますので……」

「何を仰るのですか、聖女様。これも護衛の役目です」

「ですが……」


 一緒に風呂に入るとなるとエリアの裸を見る事になってしまう。それは非常に申し訳ないのだが、エリアも引き下がる様子を見せない。一緒にお風呂に入る羽目になるのか……。俺は覚悟を決める時が迫っている事を知るのだった。

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