第2話暗殺者を返り討ち


 馬車が聖クラレント王国の王都ブラーサーに到着するとブラーサー大聖堂とやらに俺は送られ、そこで夕食と摂り(教会の食事だけあり味気ないものだった)聖女の部屋で眠りに就いた。国王たち王族への挨拶は明日行くらしい。そして、翌朝、起きた俺を待っていたのは全身を清めるとの名目での湯汲であった。

 いやいやいや。ちょっと、待ってくれ。俺は聖女の体をしているが、心は男なんだぞ? それが衆人観衆の中、全裸になり水に浸かるなんてそんな事は遠慮極まる。そう言って、なんとか拒否しようとしたのだが、これも聖女の使命と神官たちに言われては拒否し切る事も出来ず、俺は服を脱ぎ、冷たい水に体を浸す。相変わらず大きな胸が腕の筋肉を引っ張り動かし難い事、この上なかったが、それに股間にも何も付いていない。腰まで伸びた金髪も水に浸し、自ら上がると全身から水がしたたり落ちる。無論、胸や股間からもだ。それが恥ずかしくて仕方がなかったが、お付きの侍女たちがタオルで俺の体を拭いてくれて、俺にレースのドレスを着せる。レースのドレスもあまり着たい服装ではないんだけどなぁ。もう少し動きやすい服装がいい。このドレスでは腕を振り回す度に大きな胸もブルンブルン振るえて落ち着かないなんて話ではないし。しかし、そんな話が通用するはずもなくレースのドレスに身を包んだ俺は神官団を伴ってクラレント王城に赴く事になった。聖教会の聖女であるという立場上、王族の人たちと関係を持っておくのも大切という事か。それは分かるのだが、俺にマナーなんて分からない。失礼な事をやらかさなければいいが、と思いながら、俺は王城に登城する。

 警衛の兵士たちは聖女の来訪に緊張した様子で門を通してくれた。そうしていると一人の金髪ツインテールにして豪華な貴族服を纏った少女と出会った。髪には金色の髪留めを付けており、高い身分にあるという事を教えてくれる。


「聖女様、魔物たちを相手に剣を手に立ち回ったんだって? 凄いわね」


 親し気に声をかけてくるが、俺は聖女になって間もないのだ。記憶にない少女に話しかけられ困惑していると助け舟を出すかのように神官の一人が言う。


「エムリア王女、どこでその話を」


 エムリアというのか。この少女は。そして王女とは。王族の一人であったという事だ。迂闊な事を言わないでおいて良かった。


「どこで聞いたも何も、もう王国中の噂よ。聖女様が剣を手に魔物たちを追い払ったってね」

「それは……遺憾ですな」

「いいんじゃない? 守られるだけのか弱い聖女様じゃないって事が王国に知れたんだし。聖女様はどう思っているの?」


 エムリアはそう言うと俺の方に視線を向ける。俺は慎重に答えた。


「警備の兵たちの命を優先したまでです。私が剣を振るえば主神の御加護を得られるようで、魔物たちもそう労せず倒す事が出来ました」

「主神の御加護ね。流石は聖女様と言った所かしら。そんなものが得られるなんて……」


 このエムリアという王女は面白がっているが、俺が武器を手に大立ち回りを演じた事自体についてはそこまで責めているような様子はなかった。そう思っていると、


「こらエムリア。聖女様を前に何をやっている?」

「あ、エイドス兄様。申し訳ありません。少しご挨拶を」

「そうは見えなかったぞ」


 そう思っていると金髪の仕立ての良い貴族服に赤いマントを付けた青年がやって来る。エイドスという名のエムリアの兄らしい。当然、王族であろう。エイドスは俺の方を見ると畏まった様子で一礼する。


「聖女様、我が妹が無礼を働いたようで申し訳ありません」

「いえ、無礼だなんて。私が魔物たちを相手に剣で戦ったのは事実ですから……」

「それでも無礼です。エムリア。お前も謝罪しろ」

「はぁい。聖女様、申し訳ありませんでした」


 あまり誠意の感じられない謝罪であったが、それでも内に秘めた高貴さを感じさせるあたりは流石は一国の王女といった所か。そんなやり取りを経て、エムリアとエイドスは奥へと引っ込んで行った。またすぐに再会する事になるんだろうと思いながら俺は神官団を引き連れて王城の廊下を進む。


「全く。エムリア王女には困ったものですな」

「いえ、私は気にしていませんから……」

「これも聖女様が武器を手に魔物相手に立ち回るなどと野蛮な行いをされるからですぞ」

「私としては私の行いで魔物が倒せるのなら、喜んでやりたい所ですが……」

「聖女様!」


 本音を言うと叱責される。やはり聖女らしくないか。魔物退治などと。それでもこの身に宿っている力を最大限活かして人々の役に立てるのならやってもいい事だと思うんだけどなぁ。

 そんな思いを抱きつつ謁見の間に辿り着く。中に入ると何十段も高くなっている所に玉座があり、そこに国王らしき壮年の男が腰かけ、その両脇に王子王女か大臣あたりだろうか。高貴そうな服装を身に付けた面々が並ぶ。先のエムリアとエイドスもその中にいた。ここは俺が跪いて挨拶をする場面だよな。そう思ったので俺は膝を折り、国王に挨拶する。


「国王陛下。この度は謁見の栄誉を承り、光栄の極みです」

「いや、聖女様。わしも貴方と会えて嬉しく思う。巡礼の旅は順調だったかな?」

「はい。それは勿論」


 順調も何も、巡礼の旅の最後の最後でこの聖女になった俺には何も記憶にないのだが、そう言っておく。


「聖女様の御身があるおかげで我が王国の栄華を極める事が出来る。可能ならば豪勢な食事でも振る舞い話を聞きたい所だが……」


 国王の言葉にそれはまずい! と思う。俺は巡礼の旅の事など何一つ覚えていないのだ。そんな事を訊かれるのは困る。そう思った俺の思いを汲み取った訳ではないだろうが、神官の一人がそれを辞退する。


「申し訳ありません、国王陛下。あまり豪華な食事というものも教会の教義に反するものでして……」

「ふははっ、そうであろうな。それでは聖女様。教会に戻り存分に身を休めるが良い」

「はっ」


 愉快そうに笑った国王に俺は頷き、後ろに下がろうとしたのだが、そこに国王が言葉を付けたす。


「そういえば、聖女様は武器を手に魔物と戦ったと聞くな」


 その事を突っ込まれるか。まぁ、話題になっているようなので当たり前か。


「はい。その通りです」

「実に勇ましい事だ。そのような事、歴代の聖女にはなかった事だ」

「そ、そうでしょうか……私は護衛の兵たちが魔物に倒されるのを見ていられなかっただけなのですが……」

「その勇ましき心も聖女様の魅力であろう。しかし、よく魔物に勝てたな?」


 それが不思議だ、と言う風に王は言う。そこに訝しむような響きはなかったが、思わず身を硬くしてしまう。


「神の御加護のおかげです。神の御加護で私は常人以上の力を発揮する事が出来ました」

「ふむ。主神の加護、か。聖女様ならではだな」


 それを最後に王と別れ、教会に戻る。もう一度、剣を手にしたいと言い、剣を振るう用の鎧も神官に要求した俺であったが、それが聞き入れられる事はなかった。


「聖女様がまた戦われるなどとんでもない!」


 そう言い切り、俺にはもう二度と戦わないようにと言って来る。聖女なんて立場なのだからそれが当然ではあろうが。とりあえず駄々をこねて剣の一本だけ部屋に置いてもらう事にした。これがなければ護衛がいてもなんだか落ち着かない。

 そう思っていると部屋の扉が乱暴に開かれた。そこには倒れた護衛の兵士の姿と剣を持った男二人の姿が。


「貴方たち! 何者です!」

「聖クラレントの聖女だな? 悪いが、その命を貰う!」


 そう言って、男たちは剣を手に俺に襲い掛かって来る。俺は慌てて部屋に置いておいた剣を鞘から引き抜き応戦する。俺が剣を手にすると刀身が光の輝きを纏い、暗殺者の剣を軽々弾き返す。


「ぐ、なんだと!?」

「聖女にこんな力が!?」


 暗殺者二人は困惑を示す。その隙に俺は前に出て、暗殺者一人を袈裟懸けに斬り付ける。


「ぐわっ」


 暗殺者の一人はそれで倒れた。もう一人が俺を見て、一歩後ろに下がる。


「く、馬鹿な。聖女がこんな武芸を……!?」

「狼藉者! ただちに立ち去りなさい! さもなくば貴方もお仲間と同じ道を辿る事になります!」


 そうは言ったが暗殺者は引き下がらなかった。剣を手に俺に斬りかかって来る。俺は光り輝く剣を振るい、それを受け止め、弾き返す。聖女の細腕で出来る芸当ではない。やはり神の加護というヤツだろうか。暗殺者の剣を弾き返し、その体を斬り付ける。


「ぐふっ、馬鹿な!」


 暗殺者が倒れた所で異常を察知した兵士たちが駆け付けて来た。


「聖女様!」

「ご無事ですか!」


 兵たちは剣を手に暗殺者を返り討ちにした俺を見て、最初、何が起こったのか分からないようであった。


「なんとか倒しました。暗殺者は」


 俺がこう言うと兵士たちは驚きに包まれる。


「なんと、聖女様が……」

「暗殺者を返り討ちにしてしまうとは……」

「これも神の御加護のおかげです」


 そう言い、剣を鞘に収める。とりあえず聖女の命を狙った暗殺者に教会中は大騒ぎになったが、そんな中で俺は神官に今が好機だと思い言葉を告げる。


「私の鎧を用意してはくれませんでしょうか? このドレスでは戦いに不向きです」

「せ、聖女様の鎧など前代未聞ですぞ!?」

「そこをどうにか!」

「……わ、分かりました。町一番の鍛冶師に作らせましょう。儀礼用という名目を取らせてもらいますが」


 名目上は儀礼用でも俺用の鎧が出来るのはありがたい。何かあった時のための備えになる。そう思い、その言葉を受け入れる。

 聖女が暗殺者を返り討ちにした。その噂が王都ブラーサーに広まるのにそう時間はかからなかった。

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