第3話魔王討伐の旅へ


 聖女として聖教会で過ごす。正直、退屈極まりなかった。特別な式典でもある日でもなければ聖女にお役が回って来る事はない。事務仕事などは神官たちの仕事だ。俺は朝の湯汲と一日の挨拶を取り仕切る言葉を言うだけが仕事で後は部屋に戻って退屈を持て余すのみ。教会内の図書室で色々と本を借りて読んでいるが流石は聖教会内部の図書室だけあって堅苦しい本しかない。この世界の歴史などには興味があるが、スマホにパソコンにテレビにと情報過多な生活を送っていた現代の高校生が過ごすには退屈と言わざるを得ない。とりあえず読み終えた本を返しに行き、その帰りで騒ぎに遭遇した。


「だから、聖女様に逢わせてって言ってるでしょ!」


 女の、いや少女の声。その声に興味を惹かれて俺は声の方まで足を運ぶ。一人の冒険者らしい姿をした女剣士が神官たちと何やら言い合っているようであった。


「貴方のような得体の知れない者を聖女様に逢わせる訳にはいきません」

「得体の知れないって何よ! 私は冒険者ギルドに登録してある立派な冒険者よ! この年でAランク冒険者にまでなっているのよ! ほら、これがその証明!」

「そのようなものを見せられても冒険者などに聖女様に逢わせる訳にはいきません」


 何やら少女冒険者が俺に用があるようだった。興味があり、俺はそちらに顔を出す。


「私は逢ってもかまいませんよ」


 そう言い、姿を現した俺に神官たちも、神官たちに阻まれていた少女も驚きの顔を見せた。


「せ、聖女様!」

「こ、このような者と顔を合わせる必要は!」

「構いません。そこの人。冒険者のようですが、私に何の用でしょう?」


 好奇心が湧き、少女冒険者に俺は問い掛ける。一体、冒険者が聖女に何の用があるのか。気になった。


「聖女様、貴方、剣を手に魔物相手に大立ち回りを演じたそうね」

「ええ、そうですね」

「襲い掛かって来た暗殺者も返り討ちにしたって」

「その通りです」


 少女の言う通りであるが、それがどうしたと言うのだろう。不思議に思っていると少女はまず自己紹介をする。


「私の名前はリスティ・カーゴ。さっき言った通り、冒険者ギルドのAランク冒険者よ」

「はい。そのような方が私に何の用でしょう?」


 神官たちがあわあわと見守る中、俺とリスティの会話が進む。そして、リスティはとんでもない事を言った。


「聖女様! 私と一緒に魔王討伐の旅に出てくれない?」


 シン、と場が静まり返った。流石の俺もこの申し出にはすぐに反応出来なかった。この少女は何と言った? 一緒に旅に出て欲しい? それだけでもこの聖クラレント王国の聖教会の最高位にいる聖女の俺に対する要求としては無茶苦茶なのに、その目的が魔王討伐? 馬鹿げているにも程があるのではないだろうか。


「い、いけませんぞ! そのような事!」

「そうですぞ! 聖女様を旅に出すなど!」

「し、しかも、魔王討伐!? ふざけるのもいい加減にしなさい!」


 我に戻った神官たちが慌てふためきリスティに声をかける。俺に対してもその声は向けられているようだった。俺も正直、唖然としていた。このリスティという少女は何を思ってそんな要求を聖女の俺にしてきたのか。


「あの、リスティ、さん?」

「呼び捨てでいいわよ、聖女様」

「ではリスティ。何故、私をそのような事に誘うのです?」


 当然の問い掛けをする。するとリスティはすぐに答えた。


「聖女様の加護があれば魔王討伐の旅も上手く進みそうじゃない? それに聖女様自身も戦えるとあれば、誘わない手はないでしょ?」

「いや……ないでしょ、とか言われましても」


 呆れ果てた。確かにこの聖女の体になってから神の加護というようなものは強く感じる身であるが、それが魔王討伐に引っ張り出される理由になるとは。神官たちは未だに喧喧囂囂。いけません、いけません、と繰り返している。


「私はあんたらに訊いてない。聖女様に訊いているのよ」


 この申し出は無茶苦茶だ。このファンタジーな世界にはどうやらお約束で魔王という存在はいるようではあるが、それの退治に王国の中でもある意味、国王より尊い人間を誘うとは。無茶苦茶にも程がある。それは思ったが。


「私としては、その申し出を受けてもいいかもしれません」


 俺はそんな事を口にしていた。ニヤリ、とリスティが笑みを浮かべる。周りの神官たちは大慌てで俺に声をかける。


「せ、聖女様! 何を仰るのです!」

「このようなどこの馬の骨とも知れぬ小娘の申し出を受け入れるなど!」

「そのような事、絶対に許される事ではありませぬぞ!」


 当たり前だが、全力で制止される。俺がこの申し出を受けていいかもしれないと思った理由は一つ。この教会に籠っているより魔王討伐の旅に出た方が面白そうだからだ。このリスティという少女はその信用に足るだけのものがあると見て取った。聖女になって人の好悪を人一倍感じ取れるようになったのだが、このリスティという少女からは悪意を感じない。純粋な善意のみの冒険者だ。それを強く感じる。


「このリスティという者は悪い人間ではなさそうです。私も魔王を討ち滅ぼす事が出来るのならそれに力を貸そうと思った次第です」

「せ、聖女様にそのような旅などさせられません!」

「旅なら先日までもしていたではないですか」

「そ、それは護衛も大勢いましたし……」


 そうこの聖女は既に旅を経験している。聖女を旅立たせる事など出来ないという理屈で止める事は出来ないはずだ。


「良いではありませんか。聖女様がそう仰るのなら」


 そこに涼やかな声が響き渡った。甲冑を鳴らす音を響かせ、現れたのはリスティと同じくらいの少女、槍使い。聖堂騎士のエリア・プラーネスだ。青い髪を肩まで垂らし、涼やかな緑の瞳をした彼女はともすれば聖女といっていい静謐な雰囲気を纏っている。若年だが、腕前は確かである、と聞いている。


「騎士エリア! お前が口出しする事ではない!」

「下がっていろ!」


 案の定、神官たちが口々にエリアに怒声を浴びせるがそれでひるむエリアではない。


「ただし、聖女様には護衛として私が付いて行く。良いなリスティとやら」

「うーん、貴方も強そうだしね。魔王討伐の戦力にもなりそうだし、いいわよ」

「待て待て待て! お前たち、勝手に話を進めるな!」

「そうだ! こんな話は認められん!」


 神官たちは未だに憤慨した様子でこの申し出を認めようとしないが、俺がダメ押しの言葉を発する。


「私が行くと言ったのです。止める事は出来ないはずです。魔王討伐はこの国の、いえ、この世界の人間なら誰もの悲願であるはずでしょう? それを聖女の私がするまでです」


 こう言い切り、神官たちを黙らせる。偉そうに言っているけど、魔王がどんな存在なのか、そもそも人間に害を成しているのかすら知らないんだけどね。


「……と言う訳で皆さんにお願いです。鎧だけではなく剣も作って貰って下さい。私が振るう剣を」


 すかさず俺は自分の要求を神官たちに押し通す。それは……と神官たちは口ごもるが、


「量販品の剣など使っていては私の命が危ういです。私の身を案ずるのなら最高級の一品を用意するくらい安い事だと思いますが?」

「そ、そうですな!」

「鎧に加えて剣も作らせましょう!」


 俺の言葉に神官たちは頷き、去って行く。残されたのは俺とリスティとエリアだ。


「さて、リスティ」

「何かしら聖女様」

「私を引きずり出して魔王を討ち果たさんとするのです。貴方も相当な腕利きなのでしょうね?」


 俺が問い掛けるとリスティは不敵な笑みを浮かべる。


「伊達にこの年でAランク冒険者なってないっての。剣術でなら負ける気はしないわ」

「それは頼もしい。旅の仲間として申し分はありませんね」

「聖女様。剣と鎧が完成するまでどうなさいますか?」


 リスティと話しているとエリアが割り込んで来る。剣も鎧も一朝一夕で出来る物ではない。


「それまではこの教会で足止めでしょう。リスティは客人としてもてなすように」

「はっ、そのように取り計らいます」


 俺の言葉にエリアは頷く。それにしても魔王討伐か。なかなか面白い事になってきたな。

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