第13話 好きだよ、本気で
「だから、みんな凄く惚れっぽいの。寂しくて、本当にずっと寂しくて。それでも誰も話を聞いてくれなくて。優しさを知らないから、貰ったらすぐに好きになっちゃうのに。でも、自分は絶対に人の話を聞く気にならない。だって、自分の方がすごいって思われたいし、何より負けになっちゃうから」
「そういうもんかい」
「そういうもんだよ。小戌君って、凄いニブチンなんだね」
どうしてそれで負けになるのかは分からないが、本人たちにとっては大切なことなんだろう。
「まぁ、俺には爺さんがいてくれたからな」
「爺さん?」
「あぁ。俺の、育ての親さ」
歌舞伎町で出会った、俺の爺さん。あの人が今も生きていてくれたら、きっと俺みたいな変異人類も増えただろうな。
「そっか。でも、その答えがニブいって言ってるんだよ」
言われたが、俺は首を傾げる。けど、それは分かっているコトを分からないフリしたのか、本当にそれが分からなかったのか。自分でも曖昧だった。
「しかしよ、八光も似たようなこと言ってたけど、分かってんなら累木がそうしてやればいいじゃねぇか」
「さっきも言ったでしょ?分かってても抑えきれないから、サイコパスなんだってば。それに、相手の気持ちなんてわかんないもん」
「なら、俺が教えてやるよ。話しを聞くのも、案外楽しいってコト。そういうの、どうだ?」
「……ふふ。ホント、小戌君って変な人だね」
そして、腐りかけた腕を、ギュッと掴んで俺の足を止めた。
「だからさ、小戌君」
「なんだ」
「好きだよ、本気で。あたしの事、助けてくれたから」
「な……」
「きっと、くるりちゃんも夜菜ちゃんも、本気でそう思ってる。我慢できないくらい、意地を張ってられないくらい。大好きって思ってるよ」
一瞬で、腕の痛みが吹き飛んだ。あまりにも不意打ちの告白は、俺の思考回路をショートさせるには充分過ぎる破壊力を持っていた。
「い、いや。ほら。そういうの、俺はよくわかんねぇし。というか、出会ってまだ二週間くらいしか……」
「だから、あたしがイジメられないように縛って傍に置いといてくれる?というか、ペットのブタちゃんになりたいな」
あが。
「きつく縛って、置いておいてよ。あたし、放置されるのも好きだから。別に目の前で誰かと変な事してても、すっごく嫉妬するだけで危害は加えないよ?」
斜め上過ぎる。
「た、頼むから、俺の前でそういう発言をしないでくれ。あと、欲情は恋人にでも発散して貰って、普段はフツーに生活しなよ」
「出来ないし、ブタちゃんだって飼い主は選びたいよ」
全然ブタじゃないって言うか、これってむしろ俺が上手く扱われている側というか。ドキドキと落胆で心が破壊されたんですけど、一体どうしてくれるんでしょうか。
「いるんだよね。さっきみたいな自称ドSの、乱暴にしておけばあたしが喜ぶと思ってる人。そういうのは、ちょっと困っちゃうかな」
「それって、結局相手に
「えへへ、そうかも。でも、小戌君は絶対にドMだよね。しかも、すっごい尽くすタイプの」
意味の分からないレッテルを張らないでくれ。
「ねぇ、キツく抱きしめてよ。痛いくらいされると、凄く安心するの。多分」
「いや、だからそういうのは恋人とだな」
「さっき、教えてくれるって言ったよね?そうしてくれないと、あたしまたイジメられるかもって、不安になっちゃう」
嘘だ。多分、累木は不安になったりしない。しないんだろうけど。万が一、
これも全部、優しすぎた爺さんのせいだ。
「むぐ……。じゃあ、一回だけだぞ」
「やった。すっごく、強くね?不安とか、全部消す気で。いっぱい」
言われ、小さな体を出来るだけ強く抱き締めた。その体は、まるで俺の体を呑み込むように柔らかで、それでいて安心で心を掴んで離さないい狂暴性を秘めていた。
そう言えば、爺さんに抱きしめて貰っていた時もこんな気持ちになっていたっけ。俺が不安なとき、びっくりするぐらいそれを言い当ててたな。おまけに、どこから持って来たのか必ずチェリーコークをくれて……。
「……小戌、何をしてるの?その女なに?なんなの?」
「小戌さん一体何をしてるんですか?ここ天下の往来ですよ?えっ?というかその子はなんですか?何考えてるんですか?あり得なくないですか?どうしてそこに居るのが私じゃないんですか?」
神様って、マジでいると思う。だってそうじゃないと、こんなタイミングで二人が同時に別の方向から来るなんてありえない。
手には、それぞれの武器を握っている。俺の腕、腐っちゃってるんでヤバイんですけど。絶対ボロボロにされるんですけど。
「……守ってね?ぶひぶひ」
アーメン。これはきっと、俺がバカな事への罰だ。あそこで累木に舌戦で勝てなかったからこうなってるんだ。今思い出したら、教えるって話を聞く事だったハズだし。やっぱり、どこまでいっても弱肉強食だ。
だから、絶対にちゃんと勉強しよう。そう考えて、俺は恐怖と痛みの渦に飲み込まれた。
× × ×
「そっか。まぁ、可哀想だけどね、ワンちゃんがちょっと鈍いって言うのは私も同意かな」
「そうですかね。なら、気を付けます」
その日の午後。久しぶりの母さんと同じシフト。俺の顔を見るなり「どうしたの?今日辛い?」なんて優しく訊くモノだから、思わず全てを白状してしまった。
「でも、そのお爺さんはワンちゃんにとって凄く大切な人なのね」
「そうです。爺さんが幸せになれって言ったから、俺はここに来る事が出来たんです」
「名前はなんていうの?」
「苗字は鷽月、下は知りません。最後まで、教えてくれませんでした。でも、俺の名前は爺さんが付けてくれたんです。狗神園から来たから、小戌だって」
まぁ、この苗字だって多分偽名だ。ウソつきってなんだよ。
「そっか。……苦労、したんだね」
俺が少し言い淀んだのを感じたのか、母さんはそれ以上深い事を訊いてこず俺の手を取って優しく甲を撫でた。ホント、母性がパない。だから、みんなに好かれてるんだろうな。
しかし、その感覚に甘えていると。
「……視線」
感じて、周囲を見渡す。すると、そこにはさっきの金髪の女、隈乃見が物の影から俺の事を覗いている。早速、復讐しに来たのかと思ったが、目が合うとすぐにどこかへ行ってしまった。
「あの子も、ワンちゃんの事が好きなの?」
「いや、あれは違うと思います。というか、そういうこと訊くのは止めてください。すごく、困ります」
「ごめんね?うふふ」
その日は、バイトが終わってすぐに部屋へ戻る事が出来た。そろそろ授業が本格的に始まる。中間試験までに少しでも知識を蓄えて、負け犬なんて呼ばれないように頑張る事にしよう。
そう考えて、俺は教科書を開いた。
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