第8話 恋人よりも、家族よりも、固い絆です

「でも、もうダメなんですよ」


 抱き着く腕に、更に力を込める。


「欲しい。欲しいんです。欲しい欲しい欲しい欲しい。彼じゃ我慢出来ないんです。本物が欲しいんです。私が彼に何かするたびに本物の小戌さんだったらどうするんだろうってずっと考えてしまうんです。彼は凄く優しくしてくれますけどそれじゃ足りなくなってしまったんです。ねぇ小戌さん。どうしてくれるんですか?そんなに優しくされたら好きになっちゃうに決まってるじゃないですか。入学してすぐに話しかけられたら凄く嬉しいに決まってるじゃないですか。今までそんな事誰からもされた事無かったのに。何度も一緒にお風呂に入ってその上荷物まで持ってくれるなんておかしいですよ。本当は小戌さんも私の事をどうにかしたいんじゃないですか?それにさっき占有したいって言いましたよね?もうずっとウズウズしてるんです。抑えきれないんです。責任、取ってくれますよね?」


 目が血走っている。赤いのは興奮の充血のせいだったみたいだ。というか、何度も風呂に入ったのはそっちの俺だろ。


「不登校になった生徒は、お前のせいか?」

「あぁ、あのゴミ共ですか。成績なんて死ぬほどどうでもいい理由で小戌さんの事を悪く言ったので、お灸を据えたんです。見えない彼に殺されかけて、訳も分からないって感じで泣いてましたよ」


 一体、何をさせたんだか。


「……なぁ、俺たち友達なんだよな」

「はい。恋人よりも、家族よりも、固い絆です」


 なら。


「お前を、止めてやらねえとな」

「ウフフ、相手は自分なんですよ?」

「関係ねえ。……ヒート」


 言って、拳を強く握りしめる。足を肩幅に開いて、半身になって構える。そして、前足の膝を軽くまげてから、大きく息を吸い込んで人差し指をクイと曲げた。


「来なよ、やっつけてやる」


 瞬間、向こうの俺はローキックを繰り出して、ブロックした隙を狙いステップインで近づくと顎を抉るようにショートアッパーを放った。その攻撃を躱して、今度は肘をカウンター気味に撃つ。戻した左手で更にガードされても、確かな手ごたえを感じた。


 なるほど。


「そう言えば、小戌さんってどんな変異技能を持ってるんですか?」

「……やっぱ、そっちの俺はお前の妄想の範囲でしか生きられないワケか」

「だからなんですか?というか、質問に答えてくださいよ!」


 語気を荒げて、向こうの俺と八光で俺を挟撃を仕掛ける。どこから取り出したのか、その手にはドスが握られていた。おっねぇ。


「まぁ、強いヤツをボコる能力だよ」


 飛び上がり、まずはグッド・フェローズの顔面に向かって膝蹴りを放つ。


「……!?」

「あは、あはは!私のパラノイアが、小戌君の心に食い込んだんですよ!自分の攻撃の痛みに耐えられますか!?」

「関係ねえって」


 ガードを打ち砕いて、鼻の骨をブチ折ったのが分かった。……と同時に、俺の鼻からも血が噴き出す。しかし、あるのは折れた感覚と痛みだけ。実際に壊れたわけではない。


「だったら、痛む前に殺す」


 どういう仕組みかを考えるよりも先に、俺はグッド・フェローズを殺す技を実行する。膝蹴りの時に掴んだヤツの頭を使って跳ね上がり、倒立して背後に回り込む。そして、宙で体を反転させると、首の付け根あたりを思いっきり蹴り込んで地面と足刀でヤツの頭をサンドイッチにしてやった。


 グチャリ。


 頭は弾け飛んで、暗い闇の中に首無し死体と血だまりが出来上がる。痙攣する体は既に終わっていて、だから俺は立ち上がると八光を正面に見据えて立ち尽くした。


「……いてぇ」


 視界が、真っ赤になっていた。鼻を拭うと、ベットリとした血で指が濡れた。耳の奥が、とてつもなく痛む。多分、頭ん中の色んな場所からとんでもない出血が起きているんだろう。


 耐える為に別の事を考えた時、俺は思い出した。どこかで聞いた、人間は思い込ませることで熱の入っていないアイロンで火傷するという話を。多分、八光の能力はそれだ。目の前の自分が痛みを受けている事を錯覚させて、がそいつに思い描いた痛みを脳内に与えているんだ。なるほど、最強の盾だな。


 ……やっべぇ、マジに倒れそうだ。


「……凄い。本物の小戌さんは、そんなに強かったんですね!」


 振りかぶったドスを俺に向かって突き立てる。しかし、刺さる前に左手で八光の手首を掴んで防ぎ、右の拳を握った。


「悪いな」


 顎に一撃。脳みそを数度横に揺らすだけで、戦いは終わった。


 声も無く気絶すると、同時にグッド・フェローズの死体は跡形も無く消え去り、嗅ぎなれた血の臭いすらもなくなっていた。もし、八光を気絶させても技能スペックが続くなら、ヤバかったな。こういう考えなしに突っ込んじまう癖は、多分直したほうがいいんだと思う。


「……ふぅ」


 深呼吸して、新鮮な空気を吸い込む。自分をブチのめすのは、存外気分の悪いモノだ。もう少し顔が似てたら、俺は勝てなかったかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る