第7話 小戌さん、意外と大胆なんですね
「すいません、お待たせしました」
「おわっ!……ビックリした、いきなり脅かさないでくれよ」
「すいません。ちょっと電話が来てしまいまして」
そういう事らしい。そういえば、俺って電話を持ってないな。なんてことを考えながら八光の正面に立った。心なしか、さっきよりも随分とスッキリした表情だ。
「なんか、いい事でもあったのか?」
「はい。彼に、慰めてもらいましたから」
イタズラな笑顔で呟くと、彼女は女子寮とは別方向へと歩いた。しかし放っておくワケにもいかず、だから俺はカバンを両手に持つと後を追った。
「なぁ、どこ行くんだ?」
「どこって、お散歩ですよ。いい夜ですから」
確かに、いい夜って部分には同意だ。
「でも、消灯時間はとっくに過ぎてる」
「いいじゃないですか。嫌ですか?付き合ってくれないんですか?友達じゃないですか。別にいいですよね?」
どうやら、俺の思い違いではなくちゃんと友達だったみたいだ。
「そんな棘のある言い方すんなよ」
ただ、さっきまでのか弱い雰囲気はすっかり消え失せて、代わりにツンツンした様子なのが再び俺を違和感で包む。
……まぁ、いいか。夜更しには慣れてるし。
それからは、ただ他愛のない話をする八光に半歩下がった場所で頷いていた。するといつの間にか辺には灯りがなくて、真っ暗闇が広がっている。この学校、実験施設もあって無駄に敷地が広いから夜にしばらく歩くと何も見えなくなってしまう。音が聞こえる。どうやら、そこに川があるらしい。
「うふふ、小戌さんって、やっぱり他の人たちと全然違いますね」
「違うって、何がさ」
「だって、変異人類なのに自分の話を全然しないんですもん」
「八光が話すのに飽きたら、今度は俺が話すよ」
「そういうトコですよ。ここのみんなは、昔から閉じ込められてずっと変異技能の練習をさせられてるせいで、自分の好きな事以外は何も知らないじゃないですか」
まぁ、エリートってのは得てしてそういうモンなんだろう。それに、知らないモノは分からない。当たり前だけど俺の場合はその理由で全く勉強が出来ないし、大しておかしな事でもないと思う。
「だからコミュニケーションだって上手に取れないし、なのにこうして話を聞いてくれますから。変だなって思って」
「分かってるなら、お前も同じことをすればいいじゃんか」
「嫌ですよ。だって、私は話す方が好きですもの。それに、誰だってそうです。だから、みんな分かっていても聞かせたいし見せつけたいんです。自分が、一番大好きですから」
「そう言うもんかい」
「そういうもんです。ウフフ」
いたずらな笑顔は、あまりコミュニケーションが苦手には見えないけど。本人が言うんだからそうなんだろう。
「ところで、私たちどんな友達になりますか?いっぱいありますよね?ハグフレンドですか?キスフレンドですか?セックスフレンドですか?小戌さんはどんなのがお好きですが?」
「……はい?」
「だから、友達って種類があるじゃないですか。付き合い方ってたくさんあると思うんです」
「いや、普通に付き合えばいいじゃん。敢えて言うなら、ここだと戦友とかになるんじゃねえの?」
あと、なんちゃらフレンドって言っとけば許される風潮やめろ。
「占有?小戌さん、意外と大胆なんですね。でも、言葉にしなくたって私はずっと隣にいますよ。だって、友達じゃないですか」
あれ、会話が噛み合ってないな。
「友達っていいですよね。だって、恋人よりも家族よりも優先出来る存在って、友達しかいないじゃないですか」
言って振り返った八光の目は、赤く光っていた。
「……なぁ。目の色、違くねえ?」
そして、どういう訳か彼女の後ろに影が一つ。最初はぼんやりとした輪郭だったが、月を隠していた雲が晴れた瞬間に姿をはっきりと現す。
「あれ。お、俺?」
短い黒髪と、とび色の目。あと自慢の肩回りの筋肉。毎朝、鏡で見るのと同じ……。いや、ちょっと待て。
「俺、こんなにかっこよくねえぞ。鼻も高いし、目がめちゃくちゃぱっちりしてる」
しかも、ちょっとだけ身長も高い。八光には、こういう風に見えてるんだろうか。
そんなことを考えていると、向こうの俺がいきなり殴りかかって来た。格闘技で言うところの右ストレートだ。暗闇で、しかも両手にカバンを持っていたからマトモにくらってしまった。俺とお菓子が宙を舞い、僅かにぬかるんだ泥の中へと叩き込まれる。
「【グッド・フェローズ】。パラノイアによって生み出した相手を、想いのままに実現させる
言うと、八光は向こうの俺の腕に抱き着いて、頬を寄せたまま俺を見下ろした。なんか、凄く変な気分だ。
「普段は、私にしか姿が見えないようにしているんです。でも、小戌さんには知っていて欲しくて、実体化させてみました」
それを聞いて、思い出した。
「お前、独り言って」
「あら、知ってるんですね。そうですよ、私は初めて小戌さんと出会った日から、ずっと小戌さんと一緒にいたんです。さっきも、彼に慰めてもらいましたから」
そして、向こうの俺、グッド・フェローズは八光の頭を撫でると、首元にキスを落とした。俺、絶対あんな事やんねえよ。
「気持ち悪い」
呟いて立ち上がり、軽い吐き気をツバに乗せて地面に吐き出す。もしかして、見えない体を使って俺を監視してたから、ヤツも冷たいシャワーを浴びていたのだろうか。確認する気は、一切ないけどな。
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