第6話 でも、別の女の子の話をするのはダメ

「ところで、八光って寮ではどうなんだ?」

「どうして別の女の子の話が出てくるの?」


 指に鋏を引っ掛けてる気がするけど、見ないフリしとこ。


「少し前に、様子がおかしかったのを思い出してな。でも、クラスでも別に浮いたところがないから。雪常はウチのクラスの主席だし、なんか知ってるかと思って」

「どうして別の女の子の話が出てくるの?」


 ……。


「いや、だからちょっと心配して」

「どうして別の……」

「わ、分かったよ。あいつ、入学した時に声かけてシカトしなかった唯一のクラスメイトなんだよ。いい奴なんだよ」

「くるりだって、返事が出来なかっただけでシカトしたわけじゃないの。媚薬振りまいてる小戌が悪いの」

「人を媚薬扱いするな。つーか、なんでお前は彼女面してんだ」

「でも、別の女の子の話をするのはダメ」

「えぇ……。いや、ほら。友達的な。恋してるワケでもねえし」


 というか、俺が勝手に友達扱いしてるだけなんだけど。自分の発言に少し涙しながら迫る手を防ぎ、首を振って彼女の動きを躱す。


「……ホント?」

「本当だって。小戌、嘘つかない」

「まぁ、それならいいの」


 納得したようで、雪常は俺の昼飯のおにぎりを引ったくると自分のおかずと一緒に頬張った。


「うぇ、なにこれ。しょっぱーい……」


 こういうの、盗人猛々しいって言うんだよな。


「でも、別に夜菜に変なトコロはないの。夜ご飯の時によく生クリームと小豆を食べるてるから、前にちょっぴり分けてもらったの」


 果たして、それは本当にご飯なのだろうか。


「あと、いつもシャワーをお水で浴びてるの」

「……水?」

「うん。すっごく冷たいの。誰もいなくなった真っ暗の浴場で、ずっと一人でお水を浴びてるの。でも、変異人類だし誰も気にしてないの」


 なるほど。


「まぁ、普通だな」


 俺も、いつも冷たいシャワー浴びてるし。


「後は、独り言を喋ってるのを聞いたって子がいるの」

「独り言?それくらい、誰でも言うだろ」

「そうだけど、廊下を歩いてる時に、誰かとお話するような独り言だったっていうの」

「まぁ、なんとも。それで、聞いた子ってのは?」

「独り言を聞いた次の日から、学校休んでる」

「……そりゃまた」


 事件の匂いがしますね。


「わかった、ありがとな」

「どうするの?」

「どうもしないよ」


 そう言っておかないと、確実に面倒な事になるだろうし。


「ふぅん。それはそうと、小戌。情報提供をしたんだから、何か見返りが欲しいの」

「エロいこと言わないならいいよ」

「エロいこと言うの」

「じゃあダメ」


 それから、食事を終えた俺は教室に戻って午後の授業に取り組んだ。科目は大好きな歴史だったが、どうにも八光の事が気になってしまって集中する事が出来なかった。


 ……その日の夜。


「これ、お願いします」


 まるで図ったかのようなタイミングで、八光は再び売店を訪れてあの量のお菓子をレジへ持ってきたのだ。以前と同じように、母さんのいない今日の、わざわざ閉店間際の時間だ。


「3日で食っちまったのか」

「はい。何故か、凄くお腹が減ってしまって」


 かごの中身を見るのと同時に、なんとなく彼女の手元を見てしまった。しかし、袖を柔らかく膨らませるように装飾のされたゴムで閉じているため、前にアザがあった場所を覗くことは出来ない。


「それ、いいファッションだな。可愛らしい」


 よく見ると、胴の部分が若干長く作られている。全身のゆったりした感じを見ると素材から違うんだろうから、雪常みたいに改造しているんだろう。八光の制服は、洋服でありながら少し和風な感じがするな。


「ありがとうございます。雑誌に載ってたのを真似してみたんです」


 ……違和感を覚えたのは、それが八光らしくない流暢な説明だったから。彼女は基本的に言葉を言い淀み目線をチラチラと動かしながら話す癖があるような気がするから、俺をまっすぐに見てそういったのを不思議に思ってしまったのだ。

 まるで、どこかで予習してきたみたいだ。そうやって訊かれるのを、知っていたように。


 ……じゃあ、誰に訊かれると思ったんだ?


「えっと、少し暑いですね。今日は」

「そうだな。こんな日は、アイスでも食べたい気分だ」

「小戌さんは、アイスが好きなんですか?」

「そうだな。冷たいし、食べやすいしさ」


 食べやすさは本当に重要。実際、俺がおにぎりを食べてるのもそれが理由だし。


「そうなんですね!実は私もアイスの果実が大好きなんですよ!」

「へぇ、そうなんだ。あ、会計は……」

「アイスの果実と言えばメーカーはグミコですよね!あ、グミコと言えばやっぱりポッチーですよね。季節によって味がたくさんありますし。私は宇治抹茶味が大好きなんですけど小戌君はどうですか?やっぱり王道のチョコレートが好きですか?チョコレートといえば木々永きぎながのミルクチョコレートとかおいしいですよね!私はやっぱり宇治抹茶味が好きなんですけど……。これだとなんか宇治抹茶ばっかり好きみたいですよね。でも好きなのは宇治抹茶味のお菓子であって抹茶自体は苦いのであまり……。小戌さんは苦いモノとかも好きですか?というか、甘いモノ好きですか?もし好きだったらこれだけたくさんありますので良かったらお一つ好きな物を持っていってくださっても大丈夫ですよ!もちろんポッチーでもいいですしせっかくなら私の好きな宇治抹茶の……」


 返事をする暇もなく、八光は捲し立てて喋った。あぁ、当たり前だけど、やっぱり彼女も変異人類なんだな。というか、私もって言うけど、俺はアイスの果実を知らない。


「それでですね?えっとですね?」

「……なぁ、八光」

「はいなんですか!?」

「店閉めるから、先に会計済ませていいか?」

「……す、すいません!私、ついうっかり話し過ぎてしまって!もう!本当にすいません!」

「いや、大丈夫。熱意は凄く伝わったから」


 言ってカードを受け取り、一つずつトートバッグの中へ詰めていく。しかし、その途中で八光は突然姿を消し、あとには俺とお菓子たっぷりのカバンだけが残ってしまった。


 仕方ないので、閉店作業をして店の外へ。カバンを両手に持って、ボーっと夜の空を眺めた。周りに町の光がないからか、青くて綺麗な星がよく見える。

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