第5話 私ってすごく暗いし、気にしないでください……
「……あの、すみません」
数時間が経って閉店の前。トラックで届いた商品を棚に補充していると、腑抜けた声の後にドサッという音が聞こえた。「はい」と返事をしてレジへ向かう途中、どうしてかついさっき補充したはずのお菓子がほとんど消えている事に気が付いた。
「えっと、これをよろしくお願いします……」
「こんばんは、八光。随分買い込むんだな」
「こ、小戌さん?どうしてここに……?」
お前も名前で呼ぶのか。
何にせよ、正統派の美少女だ。雑誌にポーズとって載ってれば、そういうモデルがいるって納得するくらいにはな。
因みに、彼女は入学当初にシカトでもなく「うるせえ」でもなく、「よろしくお願いします」と返してくれた唯一の生徒だ。これ、実質友達だろ。
「バイト、貧乏だからな。そのトートバッグに入れるのか?」
「は、はい。お願い、します。中に、もう一つ入ってるから、そっちにも……」
言いながら、ピッピッとバーコードを読み込んで、渡されたバッグに一つずつ詰め込んでいく。しかし、この量は凄いな。パンパンだ。
「14810円です」
「あの、カードで……」
差し出されたクレジットカードは、黒い色をしていた。まずクレカを見るのが初めてなのに、おまけに黒いヤツとは。やっぱり金持ちなんだなぁ。
鞄を渡すと同時に僅かにシャツの袖が引っ張られて、ふと八光の手首にアザがついているのを見つけた。
「痛くねえの?」
「……えっ?」
「そのアザだよ。痛えだろ?大丈夫か?鞄、持ってやろうか?」
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと、無茶しすぎたかな……」
どうしてそこで顔を赤くするんだ。
「まぁ、気にすんなよ。俺も閉店だしよ。飲み物とか入ってて、重たいだろ」
「うぅ。……じゃあ、お願い、します」
そして店を閉めた後、俺たちは女子寮へ向かった。こいつ、見た目で勝手にクールなヤツなんだと思ってたけど、実は陰キャなだけなのかね。
「なぁ、パシリにでもされたのか?」
「ち、違いますよ。あの、甘いモノが好きで。ここに来る前に買った分も、全て無くなっちゃいまして。でもこの量は恥ずかしいので、夜に来たんです」
いや、相当失礼なコトを訊いたのは分かってる。でも、気になっちまったんだよ。
「そうか、変な事聞いて悪かった。マジでごめん」
「う、うぅん。私ってすごく暗いし、気にしないでください……」
無理して見せるぎこちない笑顔は、ちょっとだけかわいかった。
「それにしても、すげえ食うんだな」
「私は、食べても太らない体質みたいで」
「世に居る女全員に恨まれそうな理由だな」
そんな話をしながら歩き、女子寮の前に到着した。特に理由も無ければ、男は立ち入り禁止だ。無論、そんな決まりはあってないようなモノだけど。
「それじゃ、俺はここで。気を付けなよ」
「はい、ありがとうございました。えっと……」
何かを言い淀んだが、しかし八光はすぐに後ろから声を掛けられて振り返ってしまった。
「……呼ばれてしまったので、行きます。それでは」
僅かに、足取りが重いように見えたのは気のせいだろうか。声を掛けたあいつは、
「変な心配したかな」
呟いたのは、その不安を払拭したかったからなのかもしれない。何故なら、歩き出したその瞬間の八光の口元が、不気味に歪んで見えたからだ。
× × ×
事件が起きたのは、それから3日目の事だった。
「小戌、またなの」
「あぁ、休みの生徒か」
「そうなの。入学早々、不登校が3人目なの」
「何があったんだろうな。……というか、どうしてお前はここにいるんだ」
「小戌とお弁当を食べたいからなの。いただきます」
言って、雪常はカニフライを頬張った。それ、めちゃくちゃ美味そうだな。
テストの次の日には似たような成績のヤツに話かけてみたのだが、それでもやはりシカトされるか「うるせぇ、ザコが」と丁寧に断られるだけとなってしまった。どうやら俺は、無事に学校デビューを失敗してしまったようだ。
考えてみれば、全ての数値が最低という事は俺が最弱なんだから誰にも相手にされないのは当たり前の事だった。うっかりしてたぜ。
……ま、まぁ。俺は学校には勉強をしに来てますから。別に気にしてないっすけどね?友達なんていなくても、勉強はできますからね?
ぐすん。
「大丈夫なの、くるりがいるの」
言いながら、ぼーっと空を見上げる俺の首に雪爪が吸い付いた。
「やめろ、カニ臭くなる」
「カニはいい匂いだし、これは上海蟹なの。小戌のセンスが悪いの」
「あのさぁ……」
瞬間、俺の『無駄な事は止めとけセンサー』が反応した。ここで言い返しても、無駄に負けを重ねるだけだ。やめとこ。
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