第4話 嘘くせえよ、バカヤロー

 × × ×


「……嫌な夢だ。クソッたれ」


 全身に不快な汗をかいている。ぐっしょりと濡れた体は妙に冷たくて、おまけに心臓の音がうるさい。だからそれを抑える為に立ち上がると、シャワールームへ向かって冷たい水を全身に被った。


 昨晩の戦闘から一夜が明けて、今日は学年別の技能テスト。ここで学校内でのヒエラルキーが確定すると言っても過言ではない。……ハズだ。


「よし、頑張るぞ」


 少しでもいい成績を残せば、快適な学校生活を送れる事だろう。だから、俺は全身全霊を掛けて全てのテストを受けた。


 しかし、現実は非常だ。


鷽月うそつき、なんだこの成績は」

「はい」

「フィジカルなんて鍛えてどうするんだ。肝心の変異技能の方は、全て最底値じゃないか」

「まぁ、そうですね」

「フィジカルを鍛えても、変異人類は何の意味も無いんだぞ?変異技能こそが、俺たちの全てなんだから」

「知ってます」


 うるせぇ。仕方ねえだろ、それが俺の力なんだから。


「しかし、俺の変異技能は測れないと入学時の面接でも言ってあります」

「口答えをするな。それに引き換え、雪常はやはり評判通りの成績だ。少しは見習ったらどうだ」


 何であいつが出てくんだ。つーか、ハナシ聞かねえのかよ。絶対教師向いてねえよ。


「……はい」

「才能のないヤツは、大抵すぐにやめて行くんだ。お前も、そうするつもりか?」

「いえ」

「なら、しっかり技能スペックを鍛えておけ。それが、ここにいる為の最低条件だ。陰で虐められても、先生じゃどうしようもない事だって多いんだぞ」

「はい」

「……はぁ。それじゃ、話はこれでお終いだ」

「失礼します」


 職員室の外に出てから、俺は扉を蹴っ飛ばした。しかし壊されないように作られた扉は頑丈で、俺の足を痺れさせ、物音をカタッと立てるだけだった。


「ちっくしょう。ムカツク言い方しやがって」


 だが、下手に口答えをすれば奨学金を貸してくれている団体に話をされて、生活資金を打ち切られかねない。ここは冷静に、黙って聞き流すのが吉だ。


「小戌、お疲れなの」

「あぁ、お疲れ。すげえな、雪常。お前、学年でも三本の指に入る実力らしいじゃねえか」

「えへへ。まぁ、当然なの」


 体操着の上にジャージを羽織った彼女は、照れたように笑ってからジャージを自分の鼻に近づけた。なんか、体の割りにデカい服を着てるな。


「……って、それ俺のじゃねえか。返せよバカ」

「いやなの。テストでくるりが勝ったら、好きにするって言ったの」

「そんな話、聞いてないけどな」


 狂っているせいで忘れがちだけど、この学校に来てるヤツはそのほとんどが英才教育を受けている。つまるところ、彼女はきっと俺の何倍も勉強が出来るワケで。知識だってバツグンに優れているワケで。だから、こう言った屁理屈の勝負になればきっと勝ち目は無い。


「なぁ、俺ってそんなに臭うのか?結構傷付くんだけど」

「臭くないの。いい匂いなの。くるりはメロメロなの」


 匂い匂いって、そればっかり褒められてもなにも嬉しくない。


「ところで、小戌の変異技能って結局何なの?くるり見てたけど、全然分からなかった」

「……ヒートは、相手に依存する力なんだよ」


 そう。俺の能力ヒートは、相手の変異技能に比例して、俺のあらゆる力を強化する技能なんだ。その性質上、相手が変異人類でなければ効果を発動出来ないし、もっと言えば強力な技能スペックを持たない相手であれば、俺は充分な力を発揮できないというワケだ。


「じゃあ、普通の人間相手には?」

「何も起こらない。だから、体鍛えてる」

「数値が算出されなかったのは?」

「機械だから。当たり前だろ」

「ふぅん。なんか、色々と不憫なの」

「仕方ねえよ。生まれ持ったモンだ」

「違うの、不憫なのはそんなのに負けたくるりなの」

「お前かよ」


 ……まぁ、だからこそ俺は静かに暮らしたいんだ。汎用性も無く、ただ純粋に強い奴を倒す為の能力なんて、生活において何の役にも立ちやしない。


「おまけに、何故か息を止めなきゃ使えないからな。1分くらいで決着つかなきゃならん」

「そんな話聞いたら、今度はくるりが勝っちゃうの」


 それはない。俺は、絶対に負けない。特に、お前のような強力な力を持ってるヤツには、絶対に。


 ……とは言わず。


「やめてくれ。そして、物騒な事を言わないでくれ」

「嫌だし、無理なの。くるりは、小戌が好きになっちゃったの」

「尚更やめろよ。それに、好きなのは匂いだろ」

「違うの。それとは別に、優しくしてもらったからなの。初めてなの。きゃあ、かっこいい」

「嘘くせえよ、バカヤロー」


 それに、どうせクラスに戻れば似たような実力でつるんでカーストが出来上がるんだ。自然と離れていくに違いない。俺はそういう事情に詳しいんだぜ。入学する前に、漫画とかで勉強したからな。

 そんなことを考えて教室に戻ると、予想していた通りに雪常は所謂イケてる生徒たちに囲まれた。彼女を仲間にしておく事って、多分強さを求めるうえでは一番効率がいいだろうし。フフ、どうだ?俺の完璧な分析は。


 一方、俺はというと、帰りのホームルームを終えてからすぐに売店へ向かった。今日は母さんと入れ替わりのシフトだから俺一人での仕事。つるむ人間を探すのは、明日になりそうだ。


「それじゃあ、ワンちゃん。今日はよろしくね」

「了解です」


 母さんを見送ってから、パイプ椅子に座って店番をしつつ数学の教科書を読む。とはいっても、今読んでいるのは中学三年生の物だ。

 実を言うと、いやお察しの通り、俺は色々あって義務教育を受けていない。まぁ、みんなが小学生や中学生をやってる間に色々とあったんだ。だから、授業が本格化する前に少しでも知識を蓄えておかないとな。何も分からないまま3年が終わっちまう。

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