第1話 誰に何を言われても、俺は俺の生き方を探すんだ
× × ×
最初の異能力者が見つかったのは、今から100年以上も昔のことだ。
始まりは、2020年の5月だと言われている。その日、謎のウィルスに感染したキクガシラコウモリに噛まれた何人かの中国人が、
事態が急変したのは、最初の発見から約5年後。とある腐血病患者が体内組織を突然変異させて、人類を救うワクチンの足掛かりとなる細胞を生み出したのだ。彼は、腐血病にかかるより前から、違法ドラッグや精神安定剤、ホルモン剤に睡眠薬などを大量に摂取していた精神病患者であった。
しかし、その男の体には新たな症状が表れた。なんと、ワクチンの生成と同時に体内の細胞と廃血ウィルスを結合させ、2つ目の突然変異を引き起こしたのだ。その結果、彼は通常の人類とはかけ離れた超感覚、未来予知の能力を手に入れた。それが、異能力者として進化した人類、『
それから、世界各地の精神病患者の中から発見される事となった変異人類は、現在に至るまでに約5000万人。地球の人口に比べれば確かに少ないが、それらは看過出来るほど
ある者は、体内で電気を発生させる術を覚えた。ある者は、驚異的な演算能力を手に入れた。そしてある者は、人の心を掌握する瞳を持って生まれた。症状は人それぞれだが、共通点はどいつもこいつも単体でとんでも無い戦力を有する兵器みたいなバケモンであるということ。
そして、再び世界に狂乱の時代が訪れた。変異人類は等しくサイコパスやソシオパスであった事も合わさり、世界各地で連鎖的に大犯罪が巻き起こったからだ。この、新しい犯罪者たちによって世界が滅ぼされかけた全ての事件の総称が、『
そんな世界の危機に立ち上がったのが、各国の政府の協力によって新たに組織された国連特務チーム、『ファティマズ・ストライカーユニット』。通称、FSU。
FSUは、とある変異人類が唱えた『ファティマ第五の預言』の元に招集された、正義の変異人類で構成された組織だ。
彼らが世に現れてからというモノの悪の変異人類はみるみるうちに数を減らしていき、遂に世界には再び平和が訪れた。そして、FSUは後世に正義を伝えていく為に、特別教育機関を世界各地に設立したのだ。
……そんな感じで時は流れて現在。その教育機関の一つの学び舎である日本学校に32期生として収集された変異人類の一人が、この俺、
何故、突然そんな事を言いだしたかと言えば、今日が『ファティマズ・アカデミー』の入学式であって、ちょうど今、この日本学校の校長である
内容は実にドラスティックで、そのまま人に伝えるには聊か正確性に欠ける。もし、俺があの壇上で同じ内容を話せと頼まれたら、きっとこうして説明するだろうと考えていたのだ。つーか、俺みたいなバカには小難しくて分からん。
「以上だ!それでは、生徒諸君。栄えあるFSUへの入隊を目指して、最高の学校生活を過ごしてくれたまへ!」
言って、彼は壇上から降りて行った。しかし、こういった場では当然自分の力を試したがるような者も出てくるワケで。あんなに過激な言葉を聞けば、触発されてしまう奴が居ても何もおかしくないワケで。だからあぁして暴れ出した同期を見ても、俺は大して驚きもしなかった。
「アンタ、日本で一番強いんだろ?だったら、ここで勝負しろよ。俺が勝ったら、このアカデミーは俺のモンだァ!」
言って、彼は飛び上がると、空中で何かを蹴って校長に突撃した。どこかからため息混じりの声が、少しだけ聞こえてくる。しかし、当の校長は何食わぬ顔でそれを見据えて、おまけに嬉しそうな笑みすら浮かべていた。
「だが、そうもいかない。
「はい、お父様」
言って突然現れたのは、銀色の髪に冷たい目を持った長身の女だった。アカデミーのパンフレットで見た顔だ。なるほど、彼女がここの生徒会長の、
丹旗は校長の前に立つと眼前に手をかざす。すると突然、パチッと何かが弾けたような音が聞こえた。そして、飛び掛かった男が彼女に拳を伸ばすと、攻撃はインパクトよりも前に何かに遮られ、腕があらぬ方向にひん曲がってしまった。あれは、痛いな。
「っぎゃぁぁァァァああァ!?」
曲がった腕を抑えて、男は地面に倒れた。そんな彼を連れていくように言った丹旗は、何事も無かったかのように壇上へ上がっていく。象が蟻を踏んでしまっても何も思わないのと同じように、彼女からは何の感情も感じられない。
「次は、生徒会長より新入生への挨拶です」
特に感想もないまま司会から言われ、彼女は小さく礼をした。そして、その冷たい目で新入生を眺めて自己紹介をすると、短い言葉を口にした。
「戦って、勝って。それが、あなたたちの存在意義だから」
まるで、機械のような女だと、俺は思った。きっと、子供の頃からスパルタな教育を受けてきたせいで脳みそが焼かれてしまっているんだと思う。倒した相手に同情する事に意味はないと心の底から考えていて、だから前の景色しか見えてないんだと思う。
そして、ここにはそんな奴が何人もいる。FSUに入隊する事に命を懸けて、死ぬほど金をかけて育てられ、その上で人生の全てを訓練に捧げて来たパーフェクトな変異人類が。人の心を失って、正義の為に戦うのか、戦って勝つことが正義なのか、それすらも忘れてしまったようなバーサーカーが。
ただ、鷽月小戌はその中にはいない。俺がここに来た理由は、もっともっとシンプルだ。
それは、生活する部屋を手に入れる事。そして、勉強をする事だ。FSUへの入隊なんて、望んじゃいない。無学で頭の悪い俺でも入れる学校を探したら、たまたまここだったってだけ。
両親は、ずっと昔に俺を捨てた。育った孤児院も、俺がデカくなるよりも前に潰れて無くなった。だから金なんて無いし、おまけに俺の将来を心配するようなヤツはこの世のどこを探しても一人もいない。捨てられて、放たれて、どこで死んでも誰も気が付かない。そんな路傍の石のような存在が、鷽月小戌なんだ。
でも、俺だけは。せめて俺自身だけは、俺の事を本気で考えてやってもいいと思ったんだ。変異人類だからといって目立とうとせずに、その能力を活かさない場所で静かに暮らしてもいいと思ったんだ。もう、暗い夜の街を彷徨って残飯を漁ったり、橋の下でうなされながら眠らなくてもいいようにしてやりたいって、そう思ったんだ。
だから、3年間。この3年間だけを、生涯最期の変異人類の俺として生きる。必死に勉強して、もう二度と変異技能を使わなくても済む生活を手に入れる為の知識を学ぶんだ。あの生活を恐れて努力すれば、こんな狂気の
俺は、絶対にやり遂げて見せる。誰に何を言われても、俺は俺の生き方を探すんだ。
絶対に。
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