第8話 髪結いのおはなし

人の髪に貴賎はございません。似合っているか、似合っていないか。

整っていないか、整っているか。それだけでございます。

髪結い、今でいう散髪屋と思ってください。

その髪結いを江戸で営んでおります男のお話。はじまり~、はじまり~。


「はい、旦那の番がきやしたよ。はやくこっちに来てくんなせえ」

「親方、ちょっと待ってくれ。もうちょっとで松の野郎を負かせるんだ」

「旦那、将棋も結構ですがね、今日は後がつまってんだ。早く来てくだせえ」

「わかったよ。おい松、俺が見てねえうちに駒を動かすんじゃねえぞ。

ご隠居、そいつが悪さしねえように見張っといてください」

「ち、そんなことしねえよ」

「ふぉつふぉッふぉ。分かった。見張っとくよ」

「旦那、今日もいつもどおりでいですか」

「おう、いつもどおりで頼む」

まずは親方、まげをほどきました。そして月代(まげをゆうために頭のてっぺんから額の辺りまでを剃ったところ)を広げました。

「ちょいと髪を切り揃えます」

チョキチョキチョキッ

「うーん。すまねえ、ちょいと頭のてっぺんがかゆいな」

カリカリ

「あー。かゆかった。ありがとよ」

「へい、おい坊、熱い手拭いもってこい」

「あい、親方」

熱い手拭いを受け取った親方、旦那の月代に手拭いを広げました。

「あ”~。気持ちいいな~」

親方は十分に頭皮がほぐれたと判断したらさっさと手拭いをとります。

「では、剃らせていただきます」

シュッ、シュッ、シュッ…

「おお!あいかわらず、親方の剃刀さばきはぴか一だな!

剃刀がよく研がれてる」

親方は刃物を扱っているからか返事はせず月代を剃っている。

シュッ、シュッ、スッ、

「はい、月代は終わりました。これでいいですか」

「おう。満足だ」

「では、髪を洗わしていただきます。坊!」

「あい、お湯としゃぼんですね。持ってきました」

「おう、ありがとよ」

「おっ、待ちかねたぜ。親方の店にはこれがあるからな。毎度の楽しみだぜ」

親方はたらいからお湯をすくって男の頭にかけました。

「しゃぼんが目に入るといけないのでしばらく目を閉じててください」

「はいよ。しかし、来るたびに思うがこの店は変わった造りだな」

「あっしが長崎で修行した店はこんな造りだったんです。

頭に使うしゃぼんも長崎で手に入れました。

なんでも阿蘭陀あたりではこれが普通だとか」

「へー!親方は長崎帰りかい。医者が長崎帰りしたら先生って呼ばれるんだ。

親方のこともこれから先生って呼ぼうか?」

「冗談はよしてくだせえ。俺は先生なんて呼ばれるたまじゃありません」

当時の長崎は異国との交流がありましたからね。そこで勉強すりゃ立派なものです。

親方の店も現在の散髪屋にかなり近い造りです。

シャカシャカシャカ、シュー、シュー、グッ、グッ、

「あ”~~。気持ちいい。親方は指さばきも一流だな。あんまになっても大丈夫だな。」

「ありがとうございます。そろそろしゃぼんを流します」

「おう」

ジャーー

「水気をふき取ります」

サッサッ

「ふーさっぱりした。ん、なんだいそのくらげみたいなのは?」

「へい、なんでもへあぶらし、というらしくて。

これで髪をすくと髪のつやが増すそうです」

「へっ。そんな女が使うようなものおれはいいよ」

「いえ、それだけじゃなく、抜け毛が減ったり、月代がきれいに見えたりするそうです」

「ほう、俺の男前が上がると聞いちゃだまってられねえ。やってもらおうか」

スー、スー、スー

「ほー、こいつは思ってたより気持ちいいな」

「でしょう。やりすぎてもいけないらしいのでこれで終わります」

「あー気持ちよかった」

「ではまげを結い直します」

シュッシュッキュッ

「はい、これですべて終わりました。お疲れ様です」

「おう、ありがとよ。さぁ、松、決着つけるぞ」


さあさあ、これにて髪結いのお話は終わりでございます。

楽しんでいただけたらこれ幸い。また別のお話でお会いできますことを願っております。

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