第7話 耳垢とりのおはなし
昔々あるところに耳垢とりを営んでいる男がいました。営んでいる、というと大仰に聞こえますが藁の敷物と「耳垢とります」と書かれた看板、それに耳かき数本を持って働きに行くいたって身軽な商売です。今日も男は働きに出かけました。
「貧乏暇なし、稼ぎに追いつく貧乏なしってね」
敷物をしいて、看板を通りがかる人によく見えるようにおく。準備はこれで終わり。あとはお客が来るまで暇なもんです。
「さてさて、あとは客が来るまで絵草子でも読んでるかな」
しかしどうしたことでしょう。ほどなくして客がきました。
「おう、やってもらえるかい?」
「はいはい、承りますよ。まずは左右どちらから。それとも片方でけで?」
「どちらもやってもらいたいがまずは右から頼まあ」
「へい。それとうちでは松竹梅とありますが、どうなさいます?」
「早くやってもらいてぇんだがな…。どう違うんだ」
「松は純金の耳かき、竹は煤竹の耳かき、梅は釘です」
「釘なんぞ使ったら耳んなか血だらけになっちまうじゃねえか。純金でやられてもいくら取られるかわかったもんじゃねえ」
「では松でやりますよ。ではお耳を拝借」
「ちゃんと返してくれよ」
「おやおや、ずいぶんと中途半端ですな。自分で途中までやったんですか?」
「いや、さっき髪結いにやってもらおうとしたんだがそいつが不器用でな。痛いことこの上ねえ。髪結いの代金だけ払ってでてきたんだ」
「もしかしてすぐそこの通りのいつも松を飾っている髪結いどころで?」
「おう、よくわかったな」
「だめですよダンナ。あそこはやぶですから。やぶの中のやぶ。松を飾っているのにやぶ。あそこの前を通ると女でもひげが生えるって噂だから」
「聞いちゃいたんだがな。なじみのところがいっぱいでな。つい怖いもの見たさで魔が差しちまった」
「とんだ災難ですな。はい、これで右は終わりましたよ」
「ふう、やっぱ本職はちげえな。左も頼むぜ」
「はい。しかし、髪結いの後だけあって細かい毛がたくさんありますね」
「そうなんだよ。うまい髪結いは耳の穴の中に切った毛なんぞ入れねえもんなのに。それも腹立つんだよ」
「見習いもぼんくらなら、親方もぼんくらってことですね。はい、左も終わりましたよ」
「ふう、さっぱりしたありがとよ」
「いえいえ。で、お勘定なんですが。このくらいで」
「え、そんなもんでいいのかい」
「ええ、今日食べる分いただければ」
「へ、悟ったようなこと言いやがる。ほらよ」
「ありがとうございます」
「じゃあな。またよらせてもらうよ」
「またのおこしを」
日の暮れるころ 松を飾っている髪結いどころにて
「そううじゃねえ。もっとしっかり耳垢をとるだよ」
「しかし師匠。今日の客には痛いといわれたんですが」
「それはお前の修業不足だ。もっと精進しな。今日はこれで終わりだ」
「ありがとうございました。こちらはお月謝です」
お金を受け取っていたのはあの耳垢とりの男でした。
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