セイレーン
仮眠を取っていたのだが、妙な声を聞いた気がして目を覚ます。
「……なんだ……歌……?」
幌のすき間から月明かりがわずかに差し込み、荷台の暗闇をうっすら紛れさせている。
やたらと体を圧迫する重みがうとましく、視線を下げるとオレの胸にシエラの頭が乗っていた。
こいつ……見張りはどうした。
この歌声はなんだ? なんとなく嫌な感じがする。
「スゥ……スゥ……んが……んんぅ~~……」
肩を揺すっても頬を叩いても起きそうになかったので、シエラの枕と化していた己の体を強引に引き抜いた。
「あがッ!」
ごんっと頭をぶつける結構な音が響いたのだが、シエラが顔を歪めたのも一瞬。
またすぐに寝息を立てはじめ、剥き出しの腹をぽりぽり掻いている。
……もうシエラは放っておく。
それよりも馬車の揺れが激しくなっていることの方が気になった。
「ずいぶんと悪路を走っているようだが、大丈夫なのだろうな?」
荷台の中から御者台へ向けて声をかけると、慌てたような返答がある。
「い、いえそれが、さっきから馬の様子がおかしくて。霧が出てきたあたりからですかね」
「霧だと」
幌をめくり外を見た。
たしかに、森には白い霧が立ち込めている。
そしてやはり微かな歌声も聞こえる。
「馬車を一度止めてくれ」
「いやしかし……この辺りに最近、大規模な盗賊団が棲み着いたなんて噂もありまして」
大規模な盗賊団、どこかで聞いた話だ。
だが記憶が正しければ、あのときギルベルドが下車した森はここではない。
「おい、それはまだまだ先にある森の話ではないか?」
「ええ、その盗賊団です。“宵の群れ”というんですが、そいつらが縄張りを広げたのか近頃ここらでよく活動してるらしいんですよ」
迷惑な話だな。
こんな街の近くで活動してるとなれば、いずれブレナの兵が大掛かりな盗賊狩りでも行うだろう。
それはそれとして、こちらも当面の問題を解決しなければならんのだが。
「かまわん、止めてくれ。馬がおかしいなら様子を見てやるといい」
「わ、わかりました」
停車した馬車から下りると、荷台にいたときよりも歌声がよりはっきりと鼓膜を震わせる。
夜明けが近いのだとしても、ひと気のない森なんぞで歌う人間がまともなはずはない。
「歌が聞こえないか?」
「歌、ですか? ……うーん、言われてみれば聞こえる気も……。盗賊団が宴でも開いてるんですかね」
賊の宴か。
たしかにそういう線もあり得るのかもしれんが、オレは違うと直感した。
なぜなら魔力の残滓を感じる。
「少しその辺を見てくる。もしこっちに賊や兵が現れたら、荷台で寝てる馬鹿を叩き起こすといい」
御者に言い残し、森の奥へと進もうとしたところ、音もなく白い馬体が後ろに続く。
シエラのユニコーンだ。
「おまえ主人の側にいなくていいのか? まあ好きにしたらいい」
オレには懐く気がないようで、ユニコーンはついと顔をそらしてパカパカ歩いていく。
可愛げのない。
シエラの悪い部分だけ受け継いでいるな。
いや……そもそもシエラに良い部分など無かったかもしれん。
ともかくユニコーンと連れ立って森の深くへ入り込んだ。
歌に導かれるように進んでいくと、うらぶれた廃墟に炎の揺らぎを捉える。
どうもあの廃墟から歌が聞こえてくるようだ。
周辺の木々や地面には明らかに人の手が入っていて、盗賊の宴という可能性もあながち否定できなくなってきた。
「ふむ。元は貴族の別荘としてでも使われていたのかな」
廃墟はところどころ壁がひび割れ、崩壊し、植物の蔓が巻きついている。
それでもかつては豪邸だったであろうことが容易に想像できる。
近づくにつれ、廃墟の周りをうろつく人影が複数確認できた。
「盗賊……にしては、様子がおかしい。目的もなくふらふらと、あれではまるで……」
まだ独り言で状況整理をしているというのに、ユニコーンが勝手に前へ出る。
「おい、少しは空気を読め!」
人語を理解しろというのも酷な話だろうが、思わず舌打ちしてしまう。
そんなところまで飼い主に似なくてよいのだ。
手綱を掴まえようと駆け寄るも、すでに集団に気づかれてしまった。
「グるるルあアアー!」
集団の一人――いや、
想像した通り、人間ではなかった。
でもなぜ、海岸の洞窟といい、こんな森の中にグールが。
「――“
引っ張り出したスクロールを投げ、最も手前にいたグールを炎上させる。
数は多いが、この程度ならスクロールで問題なく片がつく。
と、グールの一体がこちらに手を掲げ、なにやらグルグルと文言のようなものを呟きはじめた。
「まさか、魔術を扱う新種の奴なのか?」
「――“
グールの手から風の刃が放たれる。
白い馬体が跳躍しながら首を振り、発した雷が風刃に激しく衝突して互いに弾け飛んだ。
ユニコーンはそのまま敵陣に突っ込み、落雷を撒き散らしてグールどもを蹂躙していく。
腐っても聖獣、圧倒的だ。
シエラより頼りになる。
この場はユニコーンに任せても平気だろう。
グールの魔術はやはり気になるが、今は歌声を突き止めるのが先決だと思い直して廃墟へ侵入する。
幸い屋内にグールの姿はなく、オレは歌声のする二階へ一気に駆け上がった。
正面の扉。
歌が漏れ聞こえてくるその扉を蹴破ると、ぴたりと声が止んだ。
中には一人の女がいる。
女の両目は縫いつけられ、手足は縛られ、口は耳もとまで裂かれていた。
「『こうして話すのは初めてね、エイザーク』」
女の口から吐き出される言葉には、まるで本人のものではないような違和感がある。
「オレを知っているのか。何者だ」
「『エイザーク。いえ――【蛇】。あなたは孤高ゆえ強かった。強いからこそ我が儘も許された。でも、もうそれも終わりということよ』」
女の裂けた口が、笑うかの如くカタカタと震えている。
オレを【蛇】と呼ぶ連中はわずかしかいない。
「九楼門か……なんの真似だこれは?」
「『あたしは【セイレーン】。弱い人には興味がないの。ふふ……だからあなたを“孤独”に戻してあげるわ』」
女の口がミチミチと肉を裂きながら開ききり、首がガクンと後ろに折れる。
呼びかけても、もうなんの反応も返さない。
近づき、冷やりとした首すじに触れ、女がとっくに死んでいたのだということを理解した。
オレを孤独に戻すだと?
そうか、奴らの狙いは最初からオレではなく――
「…………」
要するに、オレは九楼門に喧嘩を売られたわけだ。
最初に【羊飼い】を騙ってユディールの兵士をけしかけたのはオレかもしれんが、そんなことはどうでもいい。
「よかろう。買ってやる」
廃墟から出て、グールどもの屍を踏み越えて森を戻っていく。
ユニコーンに跨がろうと試みたが、オレを乗せる気はまったく無いようだ。
心配などしていない。
シエラの図太く生き残る力は、そこらの魔物よりよっぽど強い。
だが思いとは裏腹に自然、足早になる。
ムカムカとした焦燥感を唾と一緒に吐き捨てた。
クソみたいな罠をしかけやがって。
あの対魔断罪人もどきも、ゲペルトの爺さんもそうだが、なぜ回りくどくシエラを狙うのだ。
あいつを人質にすれば、オレをどうにかできると本気で思ってるのか?
苛々する。
どいつもこいつも、骨も残さず灰にしてやる。
【一章終了】伝説の魔術師、クソザコナマイキ過ぎる弟子を伝説の領域まで育成する シン・タロー @shin_taro
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