暗夜に響く歌
まったくもって意味がわかりません。
さっきのアレはなんだったのか?
兵士どもはアタシよりエイザークに執着してるみたいでした。
あとあの赤髪の男は誰なのか?
エイザークは男になにを渡したのか?
それでなんで兵士どもが引いていったのか?
ゲペルト? だれ?
まったくもってわからない。
……アタシもしかしてバカなんでしょうか?
いやいや、自分を卑下するのはよくない。
そもそも魔術学校を主席で卒業したアタシが、バカであるはずがないんです。
「……つーか、夜明けはまだですかね」
エイザークは警戒しろと言いましたが、こんな視界の効かない真夜中にどこを見てればいいのかと。
幸い、ユニコーンがスイスイ走ってくれるんで、騎乗においてとくに難しい技術を迫られることもありません。
「オマエは優秀ですね。名前はなんにしましょうか? シエラちゃんが特別にとびきりカワイイ名前つけたげます」
駆けながら鼻をブルブル震わせるユニコーン。
きっと嬉しいんでしょう。
アタシに似て素直なヤツです。
褒美にたてがみを手でワシャワシャしてやると、ユニコーンはまた鼻を鳴らしました。
「…………」
なんというかこう、好意をダイレクトに返されると悪い気はしませんね。
どっかのだれかにも見習ってほしいもんです。
「それにしても……」
少し前を走る馬車は、森の奥へ奥へと進んでいるようでした。
羽織っていた毛布の前を、ローブのようにキュッと閉じます。
暗い。
寒い。
つまらない。
アタシはたまらず声をあげます。
「ねぇ! どこまで行くんです!? あとどんくらいかかりますかね!」
御者からの返事がありません。
位置的に御者の姿は見えませんが、いくらなんでも声くらい聞こえたはず。
「ちょっと! 無視しないでくださいっ!」
しかし待てど暮らせど御者は応答しやがりませんでした。
もしかして寝てるんですかね。
「チッ」
イラついて舌を鳴らし、馬車と横並びに並走します。
「師匠! そろそろ交代してくださいよ! アタシもう疲れたんですが!」
――無言。
エイザークすら、アタシという美少女の訴えを無視。
この時点で、アタシの怒りが限界を超えました。
「オマエは馬車を追ってちゃんと走ること。わかりましたか?」
ユニコーンに言い聞かせ、深呼吸をひとつ。
次の瞬間には荷台めがけて跳躍します。
「ヤバ――!?“
誤った目測を修正するため魔術で加速し、荷台の幌に頭から突っ込みました。
「あ
無事に荷台へ着地できたようです。
したたかに打ち付けた鼻をさすりつつ、身を起こすと――
「……すぅ……すぅ」
大方の予想通り、エイザークは荷台で横になって寝息を立ててました。
コイツ……弟子であるアタシを働かせて、自分は優雅に居眠りとは。
許せない。
師弟の在り方としては正しいのかもしれませんが、アタシという特別な存在を前にそんな一般論は無きに等しい。
コッソリと忍び寄り、とりあえず受けた痛みを味わわせようと指でエイザークの鼻を弾きます。
「――ふがっ!」
「――――~~~~ッッ♡♡」
忘れてました。
下腹部の刺激に耐えきれず、アタシの膝が崩れました。
でも声を漏らすのは耐えた。
「……ハァっ、ハァっ、ハァ……」
エイザークの眉間にシワが寄りましたが、起きる気配はありません。
なるほど、眠りは深いようですね。
アタシの悪戯心はおさまりそうにないですけど、罵声を浴びせたり攻撃的な行動はできない。
考えに考えた結果、ともかくエイザークのローブをエイッとはだけさせました。
「……ふぅん」
変な意味はありません。
ただコイツは日々アタシの肌を見て楽しんでるんで、お返しに裸を見てやったまでです。
要は辱しめているんです。
「……へぇ……ハァ……ハァ……」
別に見たところでアタシにはなんの感情もわきませんし、エイザークの生身の胸が呼吸に合わせて上下してるなぁって単純に思っただけであり、唾とか飲み込んだりもしてない一切。
「……あ。これ……」
エイザークの腹部に残っていた傷あとに、指先で触れてみます。
ユニコーンの角で刺した傷。
アタシがつけた、傷あと。
なんでエイザークはあのとき、なにも抵抗しなかったんでしょうか。
避けることも、反撃も、怒りもせず。
身体ごとアタシを受け止めた。
「なんで……?」
気づくとエイザークのお腹が間近にあって、アタシは無意識に舌を伸ばす。
角の治癒効果で傷は当然ふさがってます。
だけど傷に沿って、あとあと考えればまるで許しを乞うみたいに、アタシは舌を這わせました。
「……なんかしょっぱ」
エイザークの胸に頬を乗せて、毛布を頭からかぶります。
暖かさと心音の心地よさで、間もなくアタシは眠りに落ちていきました。
◇◇◇
――ふと、歌声が響いた気がして目覚めました。
幌で覆われた荷台の中はまだ暗かったですが、エイザークの姿がありません。
「……師匠……?」
振動もぜんぜん感じなくて、どうも馬車は止まっているようです。
アタシは温もりの残った毛布をローブ代わりに、荷台から外へ出ます。
ユニコーンもいません。
御者台に回り込んでみましたが、御者の姿も見当たりません。
馬車を引いていた二頭の馬が、ぐったりと伏せているだけでした。
深い森の中でひとり、途方に暮れてしばらく突っ立ってました。
歌声は、やっぱり遠くから微かに聞こえてきます。
「いったい、なにが」
孤独感が、少しずつ恐怖へ変わっていったそのときでした。
「だれですッ!?」
枯れ枝を踏んだような音がした方へ、とっさに手を向けます。
いつでも無詠唱魔術を放つ心づもりで。
「ヒ、ひ……久しぶりだなぁ、シエラ」
現れた人物に、知らず息を飲みました。
「な……なんで……ディン……?」
見慣れた大剣を背負った男。
それは紛れもなく、かつての冒険者仲間の姿だったんです。
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