街を背にして

「熱っつ! アイツも魔術師ですか!?」


「いや、あれは……」


 付与魔術か?

 炎……それも最上位の。


 待てよ、あの男どこかで――


「……いくぞ」


 炎を纏った剣を手に、男が突っ込んできた。


「ち、応戦しろシエラ!」


「“火弾ファラ”! “風弾シリク”! “風弾シリク”! “水弾ウォル”!」


 シエラが両手を交互に使い無詠唱魔術を放つも、男は軽い身のこなしで避けつつ前進する。


 どんな反応速度だ。

 数メートルに満たない距離でこの芸当――魔術の軌道を読んでいる?


「あ、当たらないんですがッ!?」


「下がれ!」


 シエラの腕を掴んで後方に跳ぶ。

 直後、オレ達の眼前を炎の剣が薙いだ。


「くっ!」


 暴力的な熱風に襲われ、思わず腕で顔を覆う。


「熱っちち――ぎゃー!? アタシのローブがっ!?」


 見ると、裾から燃え上がったローブを、シエラが慌てて脱ぎ捨てている。


 まだ地上に残る雪のせいか外気は冷たい。

 シエラは水着に包まれた胸を片手で隠しながら、オレのローブの端をがっしり握った。


「おい、ローブを離せ!」


「師匠っ! そのローブアタシにください!」


「ふざけるな! 状況を考えろ馬鹿が! こんなことしている暇など――」


「いいんですか!? カワイイ弟子のエッロい姿が男どもに見られちゃってんですよ!?」


「話にならん!」


 食い下がるシエラをなんとか払いのけて敵に備えるが、大男は攻撃を仕掛けてくることなくオレをじっと見ている。


「ずいぶんと余裕だな。それとも舐めているのか?」


 シエラのせいで、舐められても仕方ないとは思う。


 そしてオレは男のことを完全に思い出していた。


「それで? ……奪われたものとやらは、取り返せたのか?」


 シエラの実家に向かう際、馬車に乗り合わせた男で間違いない。

 男が扱う炎の剣も、あの時オレが付与してやった魔術だ。


 ただ解せないのは効果時間。

 シエラに付与した雷もとっくに消失してるというのに、こいつに付与した炎は何日前だ。


「おかげで。……本当に世話になった。なんとか会えないかとずっと探していた」


「世話になった礼がこの仕打ちとはな」


 大男が後ろを気にするように少しだけ振り返る。

 先ほどの兵士が、今の膠着状態を怪訝な表情で見守っていた。


「エイザーク、剣は?」


「剣だと? 魔術に身も心も捧げたオレが、剣など持ってるわけがないだろう」


 たとえ持っていたとして、この男相手に抜いたところで勝ち目が見えん。

 しかし、どうも敵意があるわけではないらしい。


 男はシエラに目線を移して。


「ではそこの護衛の女。俺に魔術を撃て」


「ハァ!? 護衛の女って誰がっ! アタシはシエラ! 偉大なる【雷光】にして――」


「いいから言う通りにしておけ」


 怪しんだ兵士達が、徐々に包囲の輪を縮めてきている。

 男に敵意がなく、考えがあるのなら試してみてもいい。


 怒りを隠そうともせずシエラは地団駄を踏むと、胸を隠していた手を男へ向けた。


「死ね……! オマエの罪は数あれど、もっとも重い罪はアタシのおっぱいをタダで見たこと――“風弾シリク”ッ!」


 射出された風弾を男は円盾で受け止める。

 男の腕が大きく弾かれ、跳ね上がった盾は不自然にオレの足もとへ落下した。


 男が静かに頷く。

 これを使えということか?


 ずしりと重みのある盾を拾った瞬間、男が最上段から直剣を振り下ろす。


「ぐおっ!?」


 金属の衝突が重低音を響かせ、オレは足が地に埋まるほどの感覚にとらわれた。


 必死に剣を押し返そうとするオレを見て、男が小さく笑みをこぼす。


「子供でも受けられるほど力を抜いているのに、流石の演技だなエイザーク」


 力を、抜いている……だと。


「ふ、ふふ……当然、だ。オレは【二枚舌】だぞ。人を謀る、など、造作もない……!」


 腕の筋肉が悲鳴をあげ、膝はがくがくと震えて立っているのもままならない。

 己の非力さには思うところもあるが、その甲斐あって兵士達は抜きかけの剣を収めたようだ。


 男がそっと顔を寄せ、耳へ囁く。


「……この街から脱出したいのだろう。御者は解放してある。こうして戦闘を行っている間に、すでに裏から馬車へ回り込んでいるはずだ」


 兵達に勘付かれないよう馬車を見やると、たしかにそれらしき影を確認できた。


「だが気をつけろ。この先の街道、アラキナだけでなくユディールの軍勢も陣を敷いている」


「なんだと?」


 なぜユディール帝国が。

 理由はわからないと、男は首を左右に振る。


 あの男――【帝魔】グスターヴとかいったか。

 やはりオレの正体を掴んで、復讐に来たと考えるのが妥当か。

 シエラへの執着もあるのかもしれん。


 それよりも、アラキナの領内にユディール兵が展開しているとはどういった了見なのだ。

 あんな好戦的な国と手を結んだとは考えにくいのだが。


 よもや騙されているのではあるまいな。

 この街がユディールに蹂躙されようが、オレには関係ない。


 ……と言いたいところだが、ここにはボッカの店もある。

 信用できる商人は貴重だ。


「御者には別のルートを教えている。そこで協力者と落ち合う手はずにした。俺の紹介だと説明してくれ」


「協力者……おまえの名は?」


「ギルベルド。ギルベルド・オランだ。エイザーク、最後にもう一度礼を言わせてくれ。ありがとう、お前のおかげで俺は大切なものを取り返すことができた」


 馬車で見た時と同じ、どこか悲壮な決意を感じさせる顔だった。


「さあ、もう行ってくれ」


 ギルベルドは残り、兵士を足止めするつもりなのだろう。

 からくりはわからんが、オレの付与魔術がまだ有効であり、剣の腕も相当なもの。


 だとしても多勢に無勢。

 すぐに援軍が駆けつけ、捕らえられるならまだいいが、殺されてもおかしくない。


「……はあ」


 積み荷から羊皮紙と跳ねペンを持ってくるよう、シエラに要求した。


 ギルベルドも、兵士達もオレの不可解な行動に動揺するが、シエラに威嚇の魔術を適当に撃たせ黙らせる。


「ハァ、ハァ、人使い荒くないですか!」


「弟子は師のために働くのが仕事だろうが。きっちり足止めしておけ」


 羊皮紙にさらさらと文字を走らせ、しっかりと封をしたそれをギルベルドに握らせた。


「よし。シエラ、おまえはユニコーンに乗れ。移動中警戒を怠るなよ」


「ちょ、その前に着るものくれませんっ!?」


 ギルベルドに背を向け、馬車へ乗り込もうとしたところ、兵士の怒声が届く。


「待てエイザークっ! 勝手な真似を――」


 追ってくる兵士の前に立ち塞がったギルベルドが、剣に炎を迸らせる。


 兵士が悔しげに歯噛みした。


「……裏切るんですかぃ? いかに【炎剣】といえど、あんた馬鹿だ。あんな男についても無駄死にするだけだと、どうしてわからんのです」


「悪いが恩人なんだ。返せるものが俺には命くらいしかない」


「命なぞいらん。どうしても返したいなら、おまえもオレのために働いてもらうぞギルベルド」


 どうせ捨てるというのなら、せいぜい命がけでオレの家でも守ってもらおう。

 わりと愛着もあるんでな。


「そこの兵士、おまえ達にも面子があるのはわかる。だから土産を用意してやったのだ。そこの男――ギルベルドを王宮に連れていけ。そして王にその書状を渡すがいい」


 王は、ゲペルトからオレの正体を聞いているはずだ。

 対魔断罪人なんぞに指名するつもりだったとしたら、だが。


 だから代わり・・・を用意してやったのだ。


 後方では未だ兵士達が声を荒げているようだが、無視して馬車に乗り込むと、すぐに走らせるよう御者へ指示をする。


 しばらく走ると喧騒もすっかり消え、ガタガタと車輪の回る音だけが心地よく響く。


 幌をめくり、見上げれば、雲の晴れた夜空に月が浮かんでいた。


「師匠、さっきの! アタシ意味がよくわかんなかったんですけど、説明してくださいよ!」


 疾駆するユニコーンを寄せてきて、シエラが大声を上げた。


 ようやく静かになったというのに。

 オレはうんざりして幌を閉じる。


「あっ!? ちょっと! あとマジでなんか着るものください! こんな格好、アタシバカみたいじゃないですか! あとめちゃくちゃ寒い!」


 とにかくうるさいので、掴み取った毛布を幌から外へ思いきり投げつけた。

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