炎剣
街道脇の獣道へ入り込み、少し進むと開けた場所に出る。
待ち合わせに選んだそこは、荷車と繋がれた馬のみが佇んでいて御者の姿は見えなかった。
「妙だな。約束の時間はとっくに迎えてるというのに」
「客を待たせるとかありえないんですが!」
近くに潜んでる様子もなかったのだが、シエラは憤慨して藪や茂みを掻き分けている。
「なにをしている。そんなところにいるわけないだろう」
「だって
「馬鹿め。馬のサイズから考えろ」
ほとほと呆れた女だ。
そもそも
魔術に長けた種族だという噂だが、オレは出会ったことがない。
……一度会ってみたいな。
「御者はボッカの紹介。つまり信頼に足る人物をよこしたはずだ」
ニィナもそうだが、奴ら商売人は信用を第一に考えている。
それが積み荷や馬を放置して姿を消したとなれば。
「師匠はあのガキ信用しすぎなんですよ! ホントに信じられるのは弟子のアタシ! アタシだけ。ね? そうですよね? こっち見て!」
「出会ってすぐに人を裏切ったおまえを、一体誰が信じ――む」
後方から足音が聞こえた直後、複数の人影が茂みから現れる。
警戒する間もなく包囲されてしまい、その手際の良さには舌を巻く他なかった。
「え? え? ヤバ――師匠っ!?」
「……さっきの兵士達とは違って、ずいぶん軽装だな」
「うちは機動力を売りにしてますんで。魔術師相手に鎧着込むやつぁ馬鹿ですよ」
そこらの住人と変わらないような出で立ちで、目つきだけは一般人とかけ離れた男が返答した。
こいつがリーダー格か?
男は極短いナイフを片手で器用に回転させ、扱い慣れてる様を見せつけているのだろう。
しかしこの男の顔、どこかで……
「十人にも満たない数で、オレを止められると思っているならおめでたい」
「体捌きを見た限りじゃ、近接戦闘には慣れてないように思いましたがね。こう見えてそこらの魔術より速い自信ありますよ、投げナイフ」
「ならば試してみるか?」
大口を叩いてみたものの、オレに格闘戦など出来るわけがない。
当然魔術師の武器たる魔術を使うしかないのだが、高位魔術の詠唱速度では話になるまい。
スクロールもあるにはあるが、投げナイフに長けた者に速さで勝るとは思えない。
先日のゲペルト戦で思うところがあり、
と、なると――
「ん? なんです師匠? ヤっちゃいます?」
シエラの無詠唱魔術が、唯一の対抗手段となってしまう。
また増長したシエラの顔を拝むのは非常に癪だが、背に腹はかえられんか。
格好つけて一丁前にローブをひるがえし、金髪をかき上げるシエラに内心苛つきながら許可を出す。
「よし、詠唱の破棄を許可す――」
「まあ、まずは話をしませんかね? 暴力に頼るのはお互い最終手段でしょう」
「話、だと?」
「ゲペルト様が亡くなられたことについてです。親しくしていたあなたなら、ご存じでしょう? エイザークさん」
こいつ……そうか、思い出した。
オレが王宮の若い門衛と揉めていたとき、通りがかった兵士か。
「ゲペルト――っ。……だれ?」
シエラはひとり理解してないようだが、面倒だから放っておこう。
「あの方は生前、遺言のようなものを遺してまして。その遺言に従ってエイザークさん、あなたを王宮へ連れてくるよう王より命が下りました」
「遺言の内容は?」
「さあ……。それは王よりお聞きになってください。こちらとしては、理由がわからなくとも命令に従う他はないのでね」
身辺の兵士にも明かされていない内容だ。
常々言っていたように、まず間違いなくゲペルトは次の対魔断罪人にオレを指名したのだろう。
対魔断罪人の不在を民衆や他国に知られる前に、急ぎこうして接触をはかってきたわけだ。
疎ましい存在ではあるが、いなければいないで魔術犯罪が増加するのは想像に難しくない。
それに他国――……
そういえばユディール帝国の【帝魔】が、アラキナ領土の宿になど来ていたことも関係があるのだろうか。
「断ると言ったらどうする」
だがそれもこれもすべて、いち魔術師のオレには関係のない話だ。
国に飼われるなど真っ平だった。
「それは困りますね。実力行使するしか道がなくなる」
「悪いが、これから弟子と旅に出るんでな。王宮に寄る時間はない」
「し、師匠……どんだけアタシとの旅行を楽しみにして……」
「黙っていろ」
オレの望みはただ一つ。
この世でもっとも強大な魔術を手にすること。
それ以外に興味はない。
顎で指し示してやると、促されたシエラが意気揚々と男へ手を向けた。
「……俺も馬鹿じゃない。ゲペルト様に何があったのか、薄々はわかっているつもりです。あの方をあんな目に合わせた魔術師に、この面子じゃ心許ないことくらい理解してる」
「ほう……? ならばオレは、おまえ達の逃げる時間でも与えてやればいいのか?」
「そんな心遣いは必要ありませんよ。こんな時に、巷で噂の剣士が協力を申し出てくれたのは、我々にとって僥倖でした」
噂の剣士?
助っ人でも呼んでいたか。
男がせせら笑いながら続ける。
「なんでもどうしても返したい恨みがあるとか。さすが【二枚舌】の魔術師。どこで恨みを買ってるかわからないな。――じゃあ頼みます、先生。できれば殺さない程度で」
兵士達が道を開けると、背後の暗闇からぬっと背丈の高い人影が現れた。
赤みがかった髪は長く、体躯は筋骨隆々。
男の右手には丸い円盾が装着され、左手は背負った直剣の柄を握りしめている。
迫力ある歩法は、ずしりと地を揺らすかの如き錯覚を巻き起こす。
おそらく、ただ者ではない。
「シエラ、雷だ。あの大男をすぐに撃て」
無詠唱、さらに雷とくれば常人に回避は不可能。
オレの要望通り、シエラはすぐに標的を大男に定める。
「“
ユニコーンをも仕留めた雷を、だが大男は体躯からは想像もできない俊敏さとしなやかさで上体をそらし、かわした。
大男がゆっくりと背中の直剣を抜く。
「会いたかったぞ……エイザーク」
直後。
大男が持つ直剣の刃は真っ赤に熱され、激しい炎が燃え盛った。
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