疾走する雷

 深夜。

 街道に待たせている馬車へ向かう道中。

 麦畑に身を隠しつつ、オレとシエラは息を潜めていた。


 そんなオレ達の様子が気になるのか、背後に立つユニコーンがぶるぶる鼻を鳴らしてせっついてくる。


「おいシエラ、馬をなだめておけ」


「はぁ、わかりましたよ。はーい、どうどう」


 街外れだというのに、街道はたくさんの松明の炎が慌ただしく往復していた。


「なんか今日、兵士の数多くないですか? 夜中なのに」


「し。黙っていろ」


「てかなんでこんな時間から旅行に出発すんです? 馬車に積んでた荷物も多すぎるような……あとユニコーンまで連れていく必要あります?」


「黙っていろと言っている!」


 こいつはまだ、これから旅行などに向かうと思っているのか。

 深夜にこそこそ身を隠し、どこをどう見ればこれが旅行に思える。


 しかしこれほどの兵が駆り出されたということは、発見されたのだろうな。


 ゲペルトの遺体が。


 少し悩んだのは事実だが、結局オレは雪に埋もれた遺体を動かしはしなかった。


「え……もしかして夜逃げ? アタシ、やっぱ対魔断罪人ぶっ殺しちゃったのマズかったですか? そっか……そりゃマズいに決まってますよね……アタシが強すぎるせいで、こんなことに……」


 シエラが気を失ったあと、ゲペルトとなにがあったのかまでは話していない。


 だからシエラはこの街の対魔断罪人をいまだあの男だと認識しているし、奴に雷撃を浴びせたあの瞬間に決着はついたものと思っている。


 そこは別にいい。

 真の対魔断罪人がゲペルトだと知っている人物など、おそらく王と極一部の人間だけだろう。

 オレもゲペルトとの確執を語るつもりはない。


「ごめんなさい師匠、不便な思いさせちゃって。アタシという弟子が優秀過ぎたばっかりに、家を捨てて逃げなきゃならないとかホントかわいそう」


 だが――


「師より出来た弟子を持つと、苦労しますねっ♡」


 めちゃくちゃに腹が立つ。


 ゲペルトとの死闘で、なまじ師の思い出に触れたものだから余計に苛立つ。

 オレはこんな奴のために信念をねじ曲げ、無詠唱魔術まで使ったのか。


 だいたいなんだその物言いは。

 片目をつぶって舌を出すな。

 引っこ抜かれたいのかッ!?


「……逃げる……だと……?」


「ちがうんですか?」


「違う。当然だろ。これはただの旅行だよ。海も少々見飽きたからな。とりあえず北の方でも行ってみるか。バモアで実家に寄ったらどうだ。ユディールを観光してみるのもいいな。ディオネの奴は元気にしているだろうか。なにをしてるシエラ、ほら、早くユニコーンに跨がれ」


「え、ちょ、なんです師匠? 急に早口でまくしたてて――ってちょっ、お尻押さないでください!」


 シエラの尻を肩で押し上げるようにして、強引にユニコーンへと乗せてやる。


「旅行だよ、ああ楽しみだ。馬車を待たせている場所はまだ先だからな。遠慮せず堂々と、優雅に騎乗して向かうといいぞ」


「ほ、ホントに? マジで大丈夫なんですか? アタシおたずね者になってたりしません!?」


「とっとと行け」


 毛並みの良い尻をぺしんと叩いてやると、シエラを乗せたユニコーンは蹄の音を響かせて街道の真ん中へと躍り出た。


 シエラの態度が悪いのはいつものことだとして。

 オレが夜逃げするつもりでいるだなど、思い込んでいるのが許せん。


 ブレナの兵士ごときがなんだと言うのだ。


「……ん? あー失礼そこの方。明朝まで外出禁止令が出ているはずですが、届け出はされてます?」


 案の定あっさり兵士に発見されたシエラが、松明に顔を照らされ素性を確認されている。

 シエラは助けを求めるようにおろおろと振り返り、すっかり姿を隠したオレを探してるようだ。


「貴様……シエラ・ウィンスダムだな? 王宮までご同行願おうか。大人しく従えば拘束はしない」


「えっと、待って、待ってください! し、師匠! 話がちがうんですがっ!? クッソあの外道どこ行って――あッ♡ ん~~……――ッ♡」


「な、なんだいきなり、変な声を出すな!」


「ちがうんですちがうんですっ! これはド変態の師匠♡ のせいで、アタシの意志とはカンケーないっていうかぁ♡」


 ふん。やはり捕縛の命が出ていたらしい。

 国が【至宝】ともてはやした魔術師が死んだのだから、躍起になるのも当然だろう。


 焦って発言してるせいか、媚びを売る箇所もてきとうなシエラは放っておいて、オレは静かに詠唱する。


「――“金色の僕、汝が為に氷嵐の舞を披露せん、ルル・トルシェーラ・ルェール」


 しかしその、国一番の魔術師を殺した魔術師を、いったいどうやって捕らえる気でいたのか聞かせてほしいものだ。


「――“汝、主に願い、請え、誓え、閃光瞬烈の金雷、我が体躯に宿るることを」


 とんだ笑い話だな。


「――“金雷の付与ルェラ・リーヴ”」


 指先から発生した黄金の帯が空気を伝い、シエラの背中をバリバリと撃つ。


「痛ったあッ!?」


 馬上でビクンとのけぞったシエラが、わずかに発光する自身に気づいてゆっくり両手を見下ろした。


「なに……これ? アタシ、オーラ出ちゃってる。こないだから薄々思ってましたが、最近のアタシ【雷光】として覚醒しちゃってる……!」


 言っておくが、おまえから何かしらのオーラを感じたことは一度もないぞ、シエラよ。


 とはいえ最上位の付与魔術だ。

 今だけは雷の万能感に酔うがいい。


「シエラ・ウィンスダム! 貴様魔術を行使する気か! それにその馬……ゆ、ユニコーン……?」


 付与魔術が恩恵を与えたのはシエラだけでなく、ユニコーンの額にも渦巻く雷を備えさせていた。


 折れた角の代わりに伸びる、まるで黄金の突撃槍を見上げた兵士が警笛を吹き鳴らす。


「絶体絶命、なのに、なんか――ゾクゾクしてきました! あっは。薙ぎ払っちゃいますかっ!」


 警笛を聴きつけ群がってきた兵士は二十数名といったところ。

 殺気立って剣を抜く兵士達を、ユニコーンが首を振って文字通り雷で薙ぎ払う。


「うわああああ!?」「囲め! 隊列を崩すな!」「な、なんだこの馬!? 速い!」「応援を! 応援を呼べっ!」


 阿鼻叫喚の中、シエラは馬上でそれはそれは楽しそうに笑っていた。

 日頃溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように。


「あははー! イけイけー! アタシの邪魔するヤツはみーんな雷撃バリバリの刑です!」


 どうでもいいが、シエラ自身は魔術も放たず偉そうにふんぞり返っているだけだ。

 しかしユニコーンの雷撃だけで、兵士達はものの数分で全員が地に伏せてしまった。


 オレは麦畑から街道に身をさらし、ローブを払って悠々と足を進める。


「……ふむ、進路の確保はできたようだな。ご苦労」


「あっ、どこ隠れてたんですか師匠!? まぁ怖いからってビクビクしなくても、カワイくて優秀なアタシがこうして守ったげますよ!」


「オレが労ったのはユニコーンに対してだ。勘違いするなよ」


 第一おまえは何もしてないだろうが。


「……待……て……シエ、ラ……」


 兵士の呻きが耳に届いた。

 どうやら全員息はあるようだ。


「ほらほら! 行きますよ師匠!」


 ご機嫌に馬を駆るシエラ。

 自ら悪名を背負っておきながら、朗らかに笑う姿にオレは神経を疑う他なかった。


 もしかすると大物になるかもしれん。


「いや……馬鹿馬鹿しい」


 単に何も考えてないだけだろう。

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