ありふれた光景
「お会計は全部でこうなりますけど……たくさん買ってもらったんでサービスしときますよ。でも、なんか慌ただしいですね。また遠出でもするんですかエイザークさん?」
大量に購入したスクロールや薬瓶、保存食などを荷車に運びながら、不思議そうにたずねてくるボッカへ頷きを返す。
「ちょっとな。今度は長く戻らないかもしれん」
「は!? アタシとの爛れた旅行を何連泊期待してんですか!? 絶倫ぶって!」
「……いいから手を動かせシエラ」
オレはたまに、こいつの脳内を本当にうらやましく感じることがある。
大方積み終わったところで、ひと息つくと汗が急速に冷えてきた。
寒さが傷にしみる。
追加で防寒着のひとつでも買っておくか。
「はぁ~。なんでこんな時期に雪なんか。おかげで海で遊ぶ水着のお姉さん方を見ることができない……」
頬杖をつき、店番のボッカは心底残念そうに呟いた。
「この際、シエラさんのでもかまわないんでローブ脱いでくださいよ」
「いい度胸してますねクソガキ。とりあえず歯を食い縛れ。アタシに対して敬意も金ももたないブタにはふさわしい拳骨をくれてやりますよ」
「おい、子供相手にむきになるな」
「だってこのガキが!」
怒りに打ち震えるシエラを、舌を伸ばして挑発するボッカ。
呆れた奴らだ。
面倒だから、互いに気心が許せる相手となったのだと思い込むことにした。
「そうか……今日で店を。割られた皿の枚数を考えると頭が痛くなるし、色々と、本当に色々と大変だった記憶もあるけど、辞めると言われれば寂しいものだね」
王宮御用達の甘味屋にて、店主の男はしみじみと息を吐いて目尻を拭う。
言葉通り、寂しさだけの涙ではないのだろう。
その所作だけでも店主の苦労が窺い知れる。
結局、壊した店の修復に足りない分の金はオレが立て替えた。
忘れずにシエラの借金に上乗せはしたが。
「あは。そ~んなに泣かれると気が引けちゃうじゃないですか! しゃーない。戻ってきたらヒマなときまた手伝ったげますよ!」
「い、いやいや大丈夫! その気持ちだけでおじさん十分嬉しいよ!」
「いやいや、遠慮しないでください! アタシこう見えて情に厚い女なんで!」
「いやいやいや! いやもう本当に……わはは」
「いやいやいやいや! あはは」
「シエラ、もうやめておけ」
店主が不憫で見てられん。
別れを済ませ、店を出る間際。
店主に背を向けたまま、シエラが意味深に人差し指を立てる。
「……ま。アタシがいなくても、近いうちに助っ人が戻ってくるかもしれませんよ?」
「え? シエラちゃん、それはどういう――」
扉を閉めて、いつになくキザったらしい笑みを浮かべるシエラ。
「……おまえ、なにを格好つけているのだ」
「は!? は!? 別に格好つけてませんけどっ!? てかよくないですか別に!? そーいうこといちいち言わないでもらえますか!」
「赤くなるな。こっちまで恥ずかしくなってくるだろ」
かつてはこの王宮御用達の甘味屋も繁盛していた。
しかし人気作を生み出していた店主の一人娘が突然倒れて意識不明となった。
あの対魔断罪人を名乗っていた男が、娘に魔吸虫とやらを盛ったのだ。
なぜか?
男が頻繁に足を運んでいた菓子店“アンベロッペ”の従業員を問い詰めたら、すぐに口を割った。
男は娘が考案した菓子のレシピを奪い、アンベロッペに取り引きを持ちかけたらしい。
要求は金。
“王宮御用達”の人気レシピの数々を前に『いずれはこの店を王宮のお墨付きに取り立ててやる』との男の後押しは、たいそう魅力的に思えたのだろう。
実にくだらん。
ただの小悪党風情が、やはりオレの前に立つ器ではなかった。
「じゃあ師匠、アタシちょっと用がありますんで」
「用だと? どこに行くつもりだ」
「まぁまぁ。アタシと離れるのがイヤなのはわかりますが、すぐ帰るんで師匠はお家で待っててくだちゃいね~♡」
「どうやら尻への折檻がまだ足りないようだな」
「ひっ!? すぐ! すぐ帰りますんでっ!」
シエラは尻を押さえながら走り去っていった。
「……ふむ」
つゆほども警戒心のないシエラを尾行するのは、スクロールを投げるより簡単なことだった。
気が触れているあいつは、なにをしでかすかわからん。
そう考えての行動だったが、やってきたのは教会の施療院だ。
シエラに遅れること数分が経過してから、中へ入る。
修道女の案内を断り奥の個室へ向かうと、甘味屋の一人娘の傍らに立つシエラを見つけた。
きらりと光る得物を掲げ、さんざんにためらったあと娘の腹に勢いよく突き立てる。
「……うっわ……グロ……。……あ、いたいたっ。うへぇー……き、気色わる……」
ぶつぶつとぼやきながら狂気の沙汰にも見えるが、なるほど……。
わずかに残ったユニコーンの角の欠片をここで使うか。
他人のために金にもならんことをするなど、シエラらしくもない。
少し感心して眺めている間に、無事に処理も終わったようだ。
満面の笑顔でシエラは額の汗を拭っている。
娘を助け、ひっそりと立ち去るつもりか。
ずいぶんと粋なことをする。
シエラに限って善性など存在しないと思っていたのだが――ん?
だがシエラに立ち去るそぶりはなく、部屋の隅から椅子を運んでくるとそれに腰かけた。
さらに隣の部屋にいた修道女を呼びつけると、茶を要求した。
娘が眠るベッド脇で優雅に足を組み、茶をずるずるとすするシエラ。
あいつ……もしかして娘が目覚めるのを待つつもりか?
やがて、娘が微かに身じろぎをする。
「……ん……ぁ……」
「あっ、起きました? アタシはシエラ、アナタを助けた【雷光】シエラです。絶対覚えてくださいね!」
「ここ……は……雷、光……?」
「残念ながら一から説明してるヒマがありません! クソザコな師匠♡ が、アタシを急かしてますんで! いーですか? アタシはアナタの命の恩人ですが、心優しいので金銭なんか要求しません。ですが、今後アタシが店に来たらメニューにあるものぜーんぶ無料にしてください」
「え……? あの、なにが……なんだか」
「そんで周りの友達やパパに【雷光】シエラが助けてくれたことをちゃんと広めること! もう一度言いますね。アナタを助けたのは【雷光】シエラ! 店の甘味はぜんぶ無料! はい、復唱!」
「え? え?」
目覚めたばかりで戸惑う娘に詰め寄り、シエラはしっかりと復唱させていた。
満足したのか大きく頷くと、別れの挨拶もそこそこに個室を飛び出すシエラ。
弟子の所業にしばらく言葉もなく立ち尽くし、オレは近くの修道女を呼び出すと見舞金を握らせる。
娘へ渡してやってくれと伝えた。
施療院を出て深く息を吐く。
スマートさの欠片もない弟子の行動に、いつか大恥をかかされそうな予感がする。
まあ、しかし。
「…………ふ」
やはりいつものシエラだな、とどこか安堵を覚えたのも確かだった。
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