集まる断片

「“霊子を辿れ、三千大千世界を越えし旅烏。消えぬ残光を発露し、我に指し示せ。さすれば汝の旅路に幸運をもたらさん”」


 地下の書斎。

 机にブレナの地図を広げ、そこへ黒ずくめのローブの一部を握りしめた手を置く。


「――“追跡の陽炎モーシーン”」


 地図上に人型の小さな発光体が出現した。


 例によって、一時間前までの男の行動を辿ることができる。

 効果が切れたらまたかけ直せばいい。


 この“追跡の陽炎モーシーン”は火、土、風と三つの属性を複合させる特殊な高位魔術で、消費する魔力も桁違いに大きい。


 普通の者であれば一日にせいぜい一回使用するのが限度だろう。


 オレには関係のない話だ。


「ふーむ……」


 しかしこの黒ずくめ。

 今日も今日とて甘味屋を往復しているような足跡そくせきだ。


 手にしていたあの金貨といい、何がある?

 どうにも最近オレの周囲がきな臭い気はしているが、考えすぎだろうか。


 まあいい、少し出てみよう。


 書斎から階段下の廊下へ戻ると、ちょうど帰宅したらしいシエラと出くわした。


「おわあっ!? マジびっくりした! てか師匠どっから出てきたんです?」


「地下だ。勝手に入るなよ」


「いや入りませんから。なんか変な儀式とかやってそうだし。その前に地下とかあったの初めて知ったんですが……」


 しかしこいつ、甘味屋の給仕服が普段着になりつつあるな。

 よほど気に入っているのか。


「おまえ、仕事は?」


「今日は早上がりなんですよ。なんか店長、教会の施療院に用があるとかで」


「施療院……? そうか。オレもちょっと出てくる」


「え!? せっかくたまには美味しいもの作ろうと、材料いっぱい買ってきたんですがっ!」


「……たまにではなく毎日作れ。まあ……早めに帰ってきてやる」


 近頃不穏な行動が目につくシエラも、先ほどのように“追跡の陽炎モーシーン”を使えば原因を把握することは容易い。


 だがシエラ相手に、そんなみみっちい真似はどうしてもしたくなかった。


 プライドの話だ。


 シエラは食材が詰まった袋を唐突に床へどさっと落とすと、両手でスカートの裾を太ももの付け根が見える高さまで持ち上げる。


 青い瞳は一点、じっとこちらを見つめ。


「じゃー、早く帰ってくださいね?」


「…………」


 オレは、たまに本気でこいつが何を考えてるのかわからん。



◇◇◇



 まず街外れにある施療院とやらに行ってみた。


 辺りには緑が多く、療養するにはいい場所なのだろう。

 目的の建物は礼拝堂に隣接してるようだ。


 シエラが言っていた通り甘味屋の店主が来ていたため、修道女から適当に神の話を聞く振りをしつつ遠巻きに眺める。


 店主は祭壇に祈りを捧げたあと、一人の修道女に案内されて奥の個室へ消えた。


「……あっちは?」


「あちらでは、ご病気や怪我を負った方々が静養されています」


「そうか。甘味屋の店主とは顔馴染み・・・・でね。たしか……“娘”だったか」


「ええ……ひどい魔障・・でまだ意識が戻られません。ですが祈りはいつかきっと聞き届けられ――」


 当たりか。

 シエラの話じゃ、娘しか菓子のレシピを知らないのだったな。


 魔障とは読んで字のごとく、魔術によるなんらかの障害が人体に影響を及ぼすことを指す。


 ふむ……


 神の賛美が長くなりそうだったので、話を切り上げ施療院をあとにした。




 繁華街へおもむき、足を運んだのは例のアンベロッペという菓子店。

 行列に並び、いつもの冒険者連中に話かける。


 いや、よく見たら先日とは個体が違う奴か?

 まあどうでもいいか。


「ここの菓子店は何がそんなに人気なんだ?」


「え? そりゃお前、やっぱ味じゃね? 定期的に発表される新作がことごとく美味いんだよ」


「そうか。……ところで知ってるか? シエラは今路地裏にある菓子店の方で働いているからここには来ないぞ」


「マジかよ!? 早く教えろよ!」「こうしちゃいらんねえな!」「菓子の美味さよりそっちだろ!」「もはやシエラちゃんが俺らの菓子なんだよ!」「……は?」


 ブレナの冒険者連中は馬鹿だが、扱いやすい点だけは唯一評価できる。

 行列が途絶えたので楽に入店した。


 店内は洒落た……というほどではないが、路地裏の落ち着いたあの店とは明るさが違う。

 客層や雰囲気によるものだろう。


 とりあえずシフォンケーキを注文してみるが、テーブルに届いたものは赤や青、紫のベリーソースが乗った記憶に新しい菓子によく似ている。


 味は断然こちらの店の方が美味かった。


 ふむ。




 どうにも引っかかりを覚えながら、家へ帰る前にボッカの骨董屋を訪れる。

 今日の店番はボッカではなく、奴の祖父が頬杖をついて椅子に腰かけていた。


「……おぉ、エイザークかい。なんだ、先日見せびらかしにきたユニコーンの角。わしに売ってくれる気になったんか?」


「アレは人に譲った」


「なんと!? おま……治療薬のみならず、魔力増幅の触媒、武器に加工すれば雷を帯びると用途も多岐に渡るあれを……コレクターも高値で取り引きしとるあれを、譲った! 正気か? わしに譲れ!」


「そんなことより、だ」


「そ、そんなこと!?」


 ボッカの爺さんは年寄りだが、物欲旺盛でそこらの若い奴より行動的だ。

 こうして店番にいるのはめずらしい。


「そのユニコーンなのだが、聖獣が魔獣と行動を共にするなどという話、聞いたことはないか?」


「魔獣と? ……いや、ないのー。魔獣や聖獣の生態を研究しとるとこにでも聞いてこい」


「どこだそれは」


「噂程度なら、ユディールにそんな研究機関があるらしいぞ。なんでも神聖獣を造り出すのが目的だとかな。ま、そんな国家規模の研究が外部に漏れるわけないがな! わはは!」


 ユディール帝国。

 そういえば、ウィンスダムの邸宅の地下で怪しげな“犬”と遭遇したのだったか。


 ふぅむ。

 何かが繋がりそうで、もどかしい。




「おかえりなさいませ♡ お師匠様♡」


「…………」


 気味が悪いシエラの態度に眉をひそめ、食卓についた。


 肉や魚、果実などたしかに食材だけは豪気に用意したようで、皿を空にする頃には腹がはち切れそうになっていた。


「味は三十点といったところだ。精進しろ」


「くっ……ぐぬ。……と、ところで師匠。ご飯食べたあとはデザート食べたくないですか? とびっきり甘~いや・つ♡」


 オレから意味深に距離を取ったシエラは、少しためらいを見せたのち、給仕服のスカートをたくし上げる。

 中の水着に手をかけると、それを太ももの位置までゆっくり下げた。


 上目を遣い。


「師匠……食べないんですか?」


「年中発情期なのか、痴女なのか――」


 オレは立ち上がり、シエラとの距離を詰める。

 シエラはびくっと金髪の影に顔を伏せる。


「そう考えもしたが……違う。おまえは何か、オレに対する負い目から逃れようとしている。後ろめたさを誤魔化そうとしている」


「べ、べつにそんなんじゃ……っ」


 片手をシエラの眼前に掲げ、引き絞った中指を、丸い額に向け思いきり弾いた。


「痛ッたああああああああ!? ヒビッ!! ぜったい骨にヒビ入りましたよ今ッ!?」


 たしかにバッシーンとものすごい音はした。

 我ながら会心の当たりだ。


「これだけは覚えておけ。オレの弟子ならば、動じるな。堂々としていろ。卑屈になるな。誰に対してもだ」


 シエラをリビングに置いて、背を向ける。


「オレはこの世で最高の魔術を求めている。すなわち、世界の頂点に立つ魔術師となる。弟子であるおまえは相応に胸を張っていなければならない」


「…………でも、ちょっと興奮してましたよね?」


 黙って階段を上る背後で、シエラの怒声が響く。


「こっち向いて確認させてくださいよ! ねえってば!!」


 本当にうるさい奴だ。

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