足掛かり

「はーい♡ こちら当店自慢のシフォンケーキ! なんかいろんなベリー系のジャムが乗って、アタシの愛情が入ってます♡」


「愛情はいらん。なんかいろんなベリー系とやらの詳細を説明しろ」


 シエラは小さく舌を打つと、わかりやすく眉をひそめた。


「すんません、接客が忙しいんで」


「客などオレ以外いないだろうが」


「テーブル拭いたりとか、いろいろ忙しいんで!」


 ふわりとレースのスカートをひるがえして、シエラは無人のテーブルへ向かう。


 場所は先日訪れた甘味屋。

 シエラは気持ちの悪い笑みを浮かべて、上機嫌に鼻歌なんぞ奏でながら雑に仕事をこなしている。


 オレが経営者なら絶対に雇わない類いの人種だが、物好きな店主もいたものだ。


「なんか~最近師匠ってアタシのお尻ばっか追っかけてません? アタシとそんな四六時中一緒にいたいんですか?」


「ところでおまえ一人か? 店主はどうした」


「…………チ。買い出し行ってます」


 まあ、客もまったく来ないようだし、こんな状況ならシエラ一人でも店は回せるだろう。


 表の看板には、王宮お抱えの店であることを示すマークもあったはずだが、何があればこれほど廃れるものなのか。


「これだけ人のいない店だと、密会などもしやすそうだな」


 布巾を握るシエラの手が、ギクリと止まる。


「密会? あ~……まぁ……そうですね。てか、なんです? 他の女と会うつもりですか?」


「いいや。普段人前に姿を現さないような奴らでも、利用しやすそうだと言ったのだ。たとえば……対魔断罪人だとか」


「対魔断罪人!? たしかにアタシも見たことないですねぇ!」


 動揺はあきらかだが、あくまでシラを切るつもりか。

 まどろっこしいのは性に合わん。


「そういえば、この間冒険者ギルドの仕事を共にした男――あの男とおまえがこの店で会っているのを偶然にも目撃してな」


「へ、へぇ~……ありましたかね、そんなこと」


「何を話していた?」


 シエラは止まっていた手を再び動かし始める。


 こちらを一度も振り返ることはなく。


「たまたまその辺で会ったから、ちょっとお茶しただけですよ。大丈夫、寝取られたりしませんって! カワイイ弟子が取られたりしたら、師匠の脳がぶっ壊れちゃいますから」


 意味のわからん発言は無視するとして。

 こいつが何も話す気がないことはわかった。


 それからはオレも無言でシフォンケーキにスプーンを入れる。

 酸味の効いたジャムに、もっさりと重い生地が胃に落ちていく。


「……あまり旨くないな」


「あ、やっぱり? なんでも店長の娘しかちゃんとしたレシピ知らないらしくて、その娘も今は店にいないらしいですよ」


 どうでもいい情報はべらべらと喋るものだ。



◇◇◇



 繁華街に場所を移してブラついていると、長い行列が目に止まった。

 行列の中には、よく見かける粗暴な冒険者連中の姿もある。


 ここは……たしか前にシエラがお気に入りだと言っていた甘味屋だったか?


 店名は“アンベロッペ”と記されている。


「おまえまた来たのかよ山賊野郎」「山賊じゃねえつってんだろ!」「てめえらみたいのばっか来るから店に女の子減ったんじゃねえの?」「外見のこと言うならさっき入った黒ずくめの方がヤバいだろ」「ていうかシエラちゃんいなくね?」


 相変わらず身のない会話の応酬に嫌気がさすが、気になる単語を耳が拾った。


 黒ずくめというのは、もしや。


 行列に並ぶ振りをして時間を潰していると、しばらくして店内からやはりあの男が出てくる。

 手には、なにやら詰まった革袋を持って。


 甘味屋巡りが趣味というわけでもあるまい。

 ここは一つ、仕掛けてみるか。


「おい、さっきからうるさいぞ」


 前に並ぶゴロツキ冒険者の肩を突き飛ばした。

 談笑をしていた冒険者どもが一斉に振り返る。


「ああ? んだてめえ……って【二枚舌】じゃねえか。今日はシエラちゃんいないのかよ?」


「シエラの話題を出すな、腹立たしい」


「なんだよついにフラれたか!? んな怖え顔すんなって! 酒でも飲みに行くか?」


「ほう。それは喧嘩か? オレに喧嘩を売ってるんだな?」


「いや、そんなんじゃなくて――」


 懐からスクロールの束を取り出すと、冒険者どもはギョッと後ずさりした。


 黒ずくめの男は、こちらに背を向け足早に去っていくところのようだ。


「お、おまえ正気かよ。こんな街中でそんなもん使ったら」


「喧嘩なら買ってやるぞ。――“火弾ファラ”」


 躊躇なくスクロールを放つ。

 悲鳴をあげて屈む冒険者の脇を通り抜け、放った魔術は一直線に黒ずくめの背へ迫る。


 着弾の瞬間――キィンと甲高い音が鳴り響いて火炎はかき消えてしまった。


「あれは……」


 聞き覚えのある音。

 黒ずくめのローブがバサリと風になびいて、男が中に着込んだメイルがあらわになる。


 胸当ても、手甲も、足甲もすべてが漆黒。

 あれ全部がハイマンの手甲と同じく、“土”の術式が施されているという魔力吸収の装具か?


 魔術は消されてしまったが、男が取り落とした革袋から、大量の金貨がこぼれて石畳に散らばっていた。


「これはこれは……悪いな。狙いがそれた」


 男に謝罪をしながら、落ちた金貨を拾い集める。


「貴様……こんなところで魔術を使うなど、粛清対象になるぞ」


「見逃してくれ。少々頭に血がのぼっていたのだ。もっとも――対魔断罪人が直接見ていたなんてことがあれば、なんの言い逃れもできないが」


 男は無言で金貨を拾うオレを見下ろしていた。


 フードが外れ、短く青い髪がまるで怒りで逆立っているようにも見える。


「ずいぶんと羽振りがいいのだな。冒険者以外にはなんの仕事をしているんだ?」


「……さっさと返せ」


 男に革袋を手渡し、なだめるように軽く肩へ触れる。


「いや本当に悪かった。魔術の件も借が一つできたな。いつか必ず返そう」


「……いらん。貴様は、自分の身の心配でもしていろ」


 去っていく男の背を見送り、自身の右手に視線を落とした。

 オレの手の平には、男のほつれたローブの糸くずが乗っている。


「……ふむ」


 これで男の動向は掴んだも同然だ。


 さきほど喧嘩を売った・・・・・・冒険者に金貨を一枚投げ、騒ぎが大きくならない内に繁華街を後にした。

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