影を追う
甘味屋の前でこそこそと不審な挙動をみせたのち、シエラはふいに体を大袈裟にのけぞらせ、やがて観念したように店内へ入っていった。
「ふむ……」
建物の角から身をさらけ出して、しばし考える。
シエラは元々頭のおかしい奴だ。
しかし最近いつにも増して様子がおかしかったので後をつけてみたが、あいつは一体何をやっている?
甘味屋まで誰かを尾行するも、逆にその誰かから尾行を勘づかれてしまった。
そんなところだろうか。
オレに隠れての行動とは、何か後ろめたい理由でもあるのかもしれんな。
さっきからオレに対して伝えたいことでもあるのか、通りの柱に繋がれたユニコーンが、ぶるんぶるんとやけにやかましく鼻を鳴らす。
どうせシエラが縄をきつく結び過ぎたのだろう。
ユニコーンに近寄って拘束を少し緩めてやった。
まあシエラがどんな悪巧みをしてようと気にも止めないのだが、もしあいつが何かしら不祥事を起こせば師であるオレにも責任が回ってくる。
状況は把握しておくべきだ。
オレは甘味屋の入り口付近に移動すると、さっきのシエラよろしく中を窺った。
がらがらの店内の奥、テーブルを挟んで向かい合うシエラと黒尽くめの男がいる。
他に客は見当たらない。
あの男は、先日冒険者ギルドで出会った男に間違いはなさそうだ。
オレではなく、シエラに接触を図る理由。
御しやすいと踏んだのか、いずれにしても男が語っていたハイマンの件と関係があるのだろう。
岩礁洞窟では
……少し思い当たる節を訪ねてみるか。
というか、なんとはなく生ぬるい風を何度も頬に浴びて気持ちが悪い。
まるで鼻息のような――
横を向いたオレは、間近に迫ったユニコーンのつぶらな瞳と数秒ほど視線を絡ませた。
ユニコーンはモチャモチャと口を動かし、甘味屋の店内にシエラの姿を見つけると、尻尾を揺らして中へ駆け込んだ。
「あ――」
主人に会えて興奮しているのか、暴れるユニコーンは店内のテーブルやイスを薙ぎ倒し、食器類の割れる音が通りまで派手に響く。
「な、なんでオマエが!? どうやって! ちゃんとアタシ繋いでおいたはずなのに!」
「うわあああ王宮から賜った食器が!? この馬お客さんの!? ちょ、早くなんとかしてください!」
…………。
ユニコーンは腐っても聖獣だからな。
縄なんぞで繋ぎ止められると思い上がった、シエラが悪い。
甘味屋の店主とシエラがパニックを起こしている間に、男はいつの間にか店を抜け出したらしい。
「もうめちゃくちゃだ!! 弁償っ! 被害を受けた分きっちり弁償してもらいますよ!」
「そんなバカなッ!? マジでアタシのせいじゃ――」
…………。
野次馬も増えてきた。
喧騒を背後に、オレも足早に甘味屋から遠ざかった。
先ほどのゴタゴタは忘れることにして、王宮まで足を運んだ。
丸みを帯びたフォルムの、この本殿こそアラキナ王国の中枢。
周囲には青い海が広がり、書庫や食堂など一般に解放されている場所も多く、懐の広い宮殿だ。
素人目にも侵入など容易く思える。
裏を返せば、宮殿を巡回する軽装の兵達と、周辺諸国にまで名の知れた魔術師の存在がそれだけ大きいということなのだろう。
アラキナ王国――特にブレナの兵は精強だ。
戦争は小競り合い程度しか経験はないだろうが、主に対魔物においてその評判を広めた。
身軽さを売りに次々と陣形を変える集団戦法は、街の冒険者なんぞ比較にならんほどの戦果を上げている。
だが、オレが用があるのは魔術師の方だ。
「おい。ゲペルトの爺さんに取り次いでくれないか? エイザークが来たと伝えてくれればいい」
王宮正面に立っている若い門衛は、あからさまに怪訝な目をこちらへ向けた。
「……いや、兄さん。ここは仮にも王宮なんだからさ、そんな軽い感じで面会とか出来ないよ」
「エイザークの名を出せば大丈夫だ。取り次いでくれ」
「いやいや、約束とかそういうのある? ないでしょ? ちゃんと手続きってのがいるのよ。観光ならほら、海行きなよ海」
「いいから呼んでこいと言っている」
「海はいいよー。最近は水着ってのが流行ってるおかげで、女の子眺めてるだけで楽しめるよー。おっぱい好きだろあんた? おっぱい。好きそうな顔してる」
「おいおまえ、侮辱してるのか?」
「俺は尻派なんだけどさ」
…………。
だめだこいつ、話にならん。
ブレナの兵士を散々持ち上げてやったが、冒険者どもと大差ないかもしれんな。
ちょうど通りがかった、もう少し歳のいった兵に同じ内容を伝えた。
宮殿の中へと消えた兵が、しばらくすると小走りで出てくる。
「お待たせしました、エイザークさん。これからお会いになるそうです。どうぞ中へ」
一言礼を述べ、二人の兵の間を通り抜ける。
「……え? ゲペルト様がお会いになるとか、あの人もしかして有名な魔術師っすか?」
「有名といえば有名だな。巷じゃ【二枚舌】と呼ばれてる胡散臭い魔術師だよ。なんでもゲペルト様の古い馴染みらしい。……ほら、もう仕事に戻れ」
「うぃす」
全部聞こえてるんだよ。
だからここにはあまり来たくないのだ。
もっと格式を大事にしろ、まったく。
吹き抜けの開放的な王宮から空を見上げて、オレはうんざりと息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます