甘味を求めて

 憂鬱。


 今日はグール退治の際に同行してきた、あの不気味な男と会わなきゃなんない日です。


 今さらハイマン――あの色情狂について聞かれても、アタシには忘れ去りたい思い出しかありません。


 そもそもハイマンを殺したのはエイザークのはず。

 実力差のある相手をどうやって殺したのかは謎ですが、とにかくアタシは無関係。


 知らぬ存ぜぬで押し通すつもりでいますけど、あの男、気になる言葉を口にしてました。


 ――対魔断罪人。


 どんな一流の魔術師でも、裸足で逃げ出すと噂される対魔術師の専門家。

 パパも常々、対魔断罪人にだけは逆らうなと言ってた覚えがあります。


 普通に生活していてヤツらと遭遇するなんてこと、まずないです。

 素性は国によって完全に秘匿されてますし、それこそ魔術を用いた犯罪でも起こさない限り……


 え? てことは。


 わざわざ脅し文句に対魔断罪人のことを匂わせたあたり、もしかしてアタシにハイマン殺しの容疑がかけられてんでしょうか?


 冗談じゃない!

 殺したいほど憎んでいたのが事実だとしても、手を下したのはアタシじゃない。


「……ハァ」


 とにかく、気分転換がしたい。


 あの男との待ち合わせにはまだ時間があったんで、アタシはここ最近ほぼ日課となっている店へ出かけることにしました。




「シエラか。ちょうどいい、こっちに来い」


 一階に下りると、リビングからお呼びがかかります。


 ソファで足を組むエイザークが、螺旋状にグルグル渦巻いた短剣のようなものを渡してきました。


「……なんです? これ」


「ユニコーンの角だよ。おまえが勝ち取った戦利品だ、くれてやる」


「はぁ……」


 正直いらない。

 こんなもん、なんに使えば。

 わりと長くて邪魔ですし、断面とかちょっと気持ち悪い。


「オレもよくは知らんが、ユニコーンの角は古くから万病に効く霊薬として重宝されていたらしいぞ」


「え!?」


 なるほど……金になりそう。


 思い直して、ユニコーンの角をいそいそとローブの中に仕舞いました。


「ところで、おまえまた出かけるのか?」


「はぁ、まぁ。ちょっと野暮用で」


「オレへの借金返済でギルド通い……というわけでもないのだろう?」


「……なんです。寂しいんですか? アタシがいないと寂しい?」


 エイザークはそっぽを向いたまま、大きな息を吐くと立ち上がります。


「馬の世話も忘れるなよ」


 ローブを脱ぎ、そのまま階段を上がっていくエイザーク。

 たぶん寝室に戻ったんでしょう。


「…………」


 エイザークにも話した方がいいでしょうか。


 いや、でも、あの男は【白金蟷螂】という最高ランクの冒険者。

 アタシはともかく、話したところでエイザークがどうこうできる相手じゃない。


 それにまだアタシに害をなす相手と決まったわけじゃないですし。


 キッチンで、細長く赤いコリコリした食感が特徴の野菜“ニンボー”を手に庭へ出ました。




 庭で腹這いになっていたユニコーンが、アタシの姿を見るとすぐに起き上がって寄ってきます。


「おわっ、ちょ――」


 ブルンブルン鼻を鳴らしながら、尻尾もブンブン振って、頭は低く額をアタシに擦りつけてくる白馬。


 たまらずニンボーを差し出すと、興味が移ったのかボリボリ貪ってます。


「そういえば、名前つけてやんなきゃですね」


 コイツのおかげでアタシの名誉は回復しましたが、誰もまだユニコーンだとは気づいてません。

 角は折れたし、折れた断面は前髪で隠れちゃってるんで当然ですが。


 コイツにはやたらと懐かれてます。

 アタシの溢れ出る人間的魅力は、動物をも魅了してしまうんですかね。


「ふむ……散歩がてら、オマエも行きますか?」


 ふむ、とか無意識にエイザークっぽい言葉遣いしちゃったじゃないですか。


 あー、やだやだ。


 頭絡の内側の頬を撫で、鞍がつけられた背へ飛び乗ります。

 高くなった視点からは、どこまでも広がる海がよく見えました。


 庭を出て、軽くユニコーンを走らせます。


「――……あは」


 青空の下、めいっぱい浴びる潮風は気持ちがよくて。


 鬱々とした気分も少しは晴れました。



◇◇◇



「……最悪」


 ユニコーンに跨がって、やってきたのは繁華街の中心。

 ここにアタシ行きつけの甘味屋があるんですが。


 めっちゃ行列ができてました。


 なぜ急に?

 たしかにお気に入りですけど、ここまで繁盛はしてなかったはず。


「ここだよな? シエラちゃんが出入りしてんの」「お前そのツラで甘味はねえだろ」「女の子の客なんか怯えてね?」「てめえが山賊みてえな格好してるからだろ!」「山賊が甘いもん食って何が悪い!? 山賊じゃねえけど!」


 遠巻きに窺ってみると、どうやら原因はアタシにあるみたいです。


 はあ、せっかく開拓した店なのに。

 有名になるってのも困りもんですね。


 アイツらなら頼めば先に通してくれそうですが、代わりに相席とか要求されそうでメンドクサイ。


 他を当たることにします。




 手綱を引いて、ユニコーンと一緒に、大通りを外れて石畳をパカパカと歩く。


 たまに小さな子供が寄ってきてユニコーンに触れますが、撫でられるままに大人しくしてます。


 高級そうな衣服や、宝飾の店が軒を連ねる通りで、ふとアラキナ王宮のマークを掲げた店が目に入りました。


「見つけた」


 甘味屋のようです。

 しかも王宮のマーク入りということは、王宮御用達の店だって証。


 ですが辺りを見渡しても、あまり繁盛はしてないみたいです。

 値段がバカ高いとかでしょうか?


 まあ、先日の依頼で懐も多少は潤ってるんで気にせず入ることにします。


 たまの贅沢でもないと女の子は死ぬんです。


「――あ」


 ピタと足が止まりました。


 真っ黒いマントの男が、先に入店するのを見たからです。


 あの男は、この前の白金蟷螂で間違いない。


 アタシに気づいた様子はなかった。

 なら、ただ甘味を食べに?


 さっきの山賊紛いの男じゃないですが、それはあまりにも似合わない気がします。


 ユニコーンを通りに待たせ、アタシは直感に従いコソコソと甘味屋に忍び寄りました。

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