学校では教わらない魔術
海から突き出た岩山の斜面。
ポッカリと口を開けた岩礁洞窟は、覗き込んでも中の状況はまるでわからない。
当然ながら、相変わらず真っ暗闇だ。
「シエラ」
「はいはい。――“
シエラを中心として洞窟の内部が明るくなる。
ごく簡単な低位魔術とはいえ、スクロールの節約にはなるな。
「いつ来てもケルピーどもが好みそうな、湿気た場所だ」
「危険度はサラマンダーと同等くらいですよね? あいつらの群れはガンボル火山でぶち殺してますし、余裕すぎるでしょ」
「また増長する。そんな調子だから足をすくわれるのだ、おまえは」
「なんですか足、足って。ホントどんだけアタシの足好きなんですか?」
「……もしかして慣用句もわからんのか?」
衝撃だった。
こんなのが首席とか、魔術学校とやらは魔術以外どうでもいいのか?
弟子を名乗らせるなら、多少は勉学もかじらせないとオレの恥になりそうだ。
「いや~……つか、暗すぎないですかね。師匠先に行ってくださいよ」
「さっきまでの威勢はどこにいった。いいからとっとと進め」
急に内股になるシエラを小突き、足音を反響させて洞窟を奥へ進んでいく。
やはりグールの姿はない。
あのグールどもが元はユディール帝国の兵だったとして、なぜこんな場所に集っていた?
やがて先日見つけた開けた空間に出たところで、例の水を含んだ長靴のようなケルピーの蹄音が聞こえた。
「来たぞシエラ、得意の水魔術で応戦してみろ。中位魔術は使えるか?」
「ハ。ちょっとバカにしないでもらえます? 見せてやりますよアタシの魔術!」
闇からヌッと現れる灰色の馬。
ぶるぶると身を揺らし、縦に裂けたような目玉をぐるりとこっちへ向ける。
「――“ウォーナ・ウォーラ・溢れる天秤、滴るは血肉の代償」
まだ無防備なケルピーに手を向け、シエラの詠唱が響き渡った。
ふむ、これぞ魔術詠唱。
シエラなんぞが唱えても様になるな。
「“邪なる者を浄化せしめんと、我は水塊を放つ」
しっかり片腕を支え、足は肩幅に。
基本の姿勢は出来ているようだ。
「――“
シエラの手から太い水柱が射出される。
並の人間が喰らえば四肢が弾け飛ぶ勢いの水柱。
水柱はケルピーの体表を覆う水の膜と衝突して、呆気なく粉砕され洞窟にザザザと雨を降らした。
「げ。ダメじゃないですか!」
ケルピーがヒレの尻尾をピシャン! と地に叩きつける。
直後に発生した鋭利な水の輪っかが縦に回転し、地面をガリガリ削りながらこっちへ向かってくる。
「ひ!?」
「おいぼさっとするな!」
オレは咄嗟にシエラを抱いて横に飛び、なんとか難を逃れた。
魔獣の魔術。
今のをまともに受ければ真っ二つだ。
シエラは腕の中で軽いパニックを起こしている。
「やっぱ火を使っていいですか!?」
「駄目だ。水魔術で対抗しろ」
「無理ですって!」
「いいか? 詠唱の文言にある“ウォーナ”と“ウォーラ”。これは精霊の名を表す。魔術の威力を高めたければ、より高位の精霊の名を呼べ」
「精霊の名前なんて知らないんですけど!!」
まったく。
とりあえず落ち着かせようとシエラを立たせ、ローブの埃を叩いてやる。
「よく聞けシエラ。精霊の名など、
「はあ!? 意味がわかりません!」
「なんでわからないかなぁ……」
「ぐっ……くっそムカつく!!♡」
再度ケルピーが尾を振るう。
少しは冷静さを取り戻したのか、今度はシエラも余裕を持って水車をかわす。
「もう一度撃ってみろ。ケルピーの弱点はたてがみ付近だ。あそこは水の膜が薄い」
「ヤドガニと違ってあんなすばしっこいやつ相手に、そんなの狙って当てれるわけ――」
「当てられる。魔術に繊細さが欲しければ詠唱の文言を変えろ。要領はさっき言った通りだ。誰かが作った既存の詠唱は忘れるのだ」
「…………ッ!」
ケルピーに手をかざして、シエラはぎりっと歯を食い縛った。
そしてそれこそが、独自魔術の第一歩でもある。
精霊が応える文言を見つけ出せ。
「――“ウォーナ・うぉ、うぉーらい? えと、溢れる天秤、た、たくさんの力をアタシに与えたまえ!」
なんだそれは。
文言はともかく、まったく魔力が込もってないだろうが。
「――“
シエラの手に発生した水の塊は、パッシャーンと風船が割れたかのごとく地へ落ちる。
「だ、ダメじゃないですかあああ!?」
「そりゃ駄目だろう。どうしていけると思った」
耳をつんざくケルピーのいななきが轟くと同時、たてがみから無数のシャボン玉がふわりふわりと立ち昇った。
シエラは馬鹿みたいに口を開けてシャボン玉を見上げている。
「な……なんですか……あれ?」
「いかん――伏せろ!」
オレはローブでシエラを覆い、シャボン玉に背を向けてその場に屈んだ。
浮かんだシャボン玉が一斉に割れ、刃物と見紛うほどの水撃が辺り一面に降り注ぐ。
「ぐっ!?」
「ちょ、師匠っ!?」
水撃が降り止むと、地面の岩肌にはいくつもの抉られた跡が残っていた。
ケルピーの分際で、なかなか骨のある魔術を使うじゃないか。
「負けてられんぞ、シエラ……もう一発だ……!」
「師匠……血が……」
「もう一発だよ早く撃て!!」
「……わかりましたよッ!!」
オレを押し退けてシエラが立つ。
腕を真っ直ぐケルピーに向けて、シエラは更に人差し指を一本伸ばした。
「――“ウォーーーー! 水の精霊にアタシが命じるッ! オマエの力を全部よこせッ! 一撃ッ! 一撃でズドンと脳天ぶち抜いて見せろッッ!!」
おい……言葉も出らんぞ弟子よ。
いや、だが。
「――“
シエラの指先から矢のごとく水の針が飛び出し、その細い先端は見事ケルピーの頭蓋を貫いた。
馬体はぐらりと傾き、水溜まりの上で派手に横倒れになる。
「ハアッ! ハアッ! ど、どうですかっ!?」
「ああ……やるじゃないか」
本心から呟き、未だ興奮状態のシエラに肩を借りて立ち上がる。
こいつはおそらく、自分が何をやってのけたのかまだ理解してないだろう。
それでいい。
あまり褒めて調子に乗らすこともあるまい。
「ああ~溢れる才能が怖い。アタシやっぱ超一流の魔術師なんですよね」
こいつは褒めなくとも調子に乗る奴だった。
まあ――
暗い洞窟で無邪気に笑うシエラを眺め、オレは初めて他人に魔術を教える喜びを感じていたのかもしれない。
「喜ぶのはまだ早いぞ。今のでコツは掴んだだろう。次の敵にも打ち勝ってみせろ」
「……は? 次?」
新たな蹄の音。
真っ白な馬体――聖獣ユニコーンが、二体のケルピーを引き連れて悠々と姿を現した。
「あの馬、角生えてますよ? ケルピーじゃないですよね……?」
「ユニコーンだ。聖獣だよ。ほら、とっとと魔術を詠唱しろ」
「だから聖獣とか聞いてないんですけど!!」
聖獣。
神聖獣の下位にあたる存在だが、ユニコーンに関してはオレもよくは知らない。
いったいどんな魔術を使うのか、楽しみで思わず口角が上がった。
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