ざわつく冒険者ギルド

 明くる日、シエラを連れて再度冒険者ギルドを訪れた。


「待ってたよシエラちゃん!」「今日はなんの依頼受けんの!?」「魔術教えてよ受講料払うよー」「ハァ、ハァ、お腹の紋様触らせてくんない?」「ち。どけよエイザーク!」


 中に入ったとたん、これである。

 ブレナの冒険者連中は、もしやすべての冒険者の中でも最底辺なのではないだろうか?


 しかし驚くべきはシエラ人気の高さ。

 オレへの借金返済のためギルドに足しげく通って依頼をこなしているようだが、相応に顔も売れているらしい。


「あは。まぁまぁ皆さん落ち着いて。ちょっとそこ通してください」


 シエラはシエラであからさまに鼻を高くし、群がる下衆どもに手など振っている。


「ち……馬鹿らしい。さっさと依頼を受けるぞ」


「あ、依頼書ありました。ヒヨコちゃん師匠こっちでちゅよ~♡ ほらあんよが上手♡ あんよが上手♡」


 ……こいつ。

 さすがに度が過ぎてるな。


 オレは無言でツカツカとシエラの元へおもむき、後ろからローブを捲り上げる。


「ちょっ……!? なにやって――」


 水着を履いた生尻を衆目に晒され、一瞬でシエラの耳が朱に染まった。


 小ぶりな尻に、構わず平手を打ちつける。


「んいッ!?」


 パァン! と続けざまに、乾いた音がギルド内に響き渡る。


「いッ! もうやめ――」


 パァン! パァン! 白い尻に、赤い手形が浮かび上がってきた。


「み、みなさん!! あう!? これ暴力っ! 許されていいんですかこんな狼藉ッ! ひ!? ちょ、マジやめ――んああ!?」


「暴力だと? 違うな、折檻だ。主従関係も理解できん愚かな弟子には、身体でわからせるしかあるまい! 打つオレだって心も手も痛いのだ」


「どう見たって楽しんでます! ウソつき! 陰険ドS変態やろ――んっくぅッ~~~~~~ッ!?♡」


 紋様の効果と、尻叩きの痛みと屈辱。

 シエラは息も絶え絶えに、その場にずるずるへたり込んだ。


 ふぅ、オレも少し熱が入りすぎてしまったか。


 気づけば、あれほど騒がしかった冒険者どもが静まり返っている。

 誰かがゴクリと喉を鳴らした。


「……容赦ねぇスパンキングだ」「真似できねえ」「完全に二人だけの世界だったぜ?」「ああ……なんて高度なんだ」「ヤベェ奴らだよ」


 膝をガクガクさせて立ち上がったシエラが、光彩の消えた瞳で恨みがましくオレを見る。


「フ……フフ……どうすんですかこれ。アタシがせっかく築き上げた地位が……名声が、めちゃくちゃになっちゃったじゃないですか……師匠のせいで」


「……お互い様だろう。そもそもおまえが調子に乗るのが悪い。それに失った名声など、これからの行動で取り戻せば良いのだ」


 まあ……元々ブレナの冒険者ギルドにおいては、オレに失うものなど無かったように思うがな。


 冒険者連中からとても嫌われている自覚はある。


 ともかく早く用を済ませてしまおうと、受付に依頼書を提出する。


「お客様……ああいったプレイは、今後はご自宅でなさってくださいね?」


 釘を刺してくる受付嬢の目は一切笑っていなかった。

 だから反論せず素直に頷いておく。




 ――ところが、事はこれで終わらなかった。


「ですから、条件は“金鷲”以上の称号です。シエラ様が“金鷲”だったのはあくまで“以前のパーティー”でのお話です。現在ソロでの称号は“銀獅子”となっております」


「あああ!! すっかり忘れちゃってましたっ! たしか前にもそんなこと言われたような……」


「シエラ……おまえあれだけ人を自信満々に煽っておいて、ふざけるなよ」


「なんとかなりませんかね!? このまま帰ったら、この鬼畜♡ に、なにされるかわかんないんですよアタシ!?」


「申し訳ありませんが、規則ですので」


 受付は首を横に振った。


 これでは、わざわざ恥をかくためにギルドへ来たようなものではないか。


 そのときふと、周囲の陰口や失笑が消えていることに気づく。


 オレの隣からスッと手が伸び、受付のテーブルに一枚の依頼書が差し出される。


「……これを」


 低い男の声だった。


 何気なく依頼書に目を向ければ、とある別荘での殺人に関する調査依頼のようだ。


 この別荘は……オレがあの手甲男――ハイマンだったか? 奴を殺した場所で間違いない。


 ハイマンの件は未解決である。

 正当防衛なので火消しをしたつもりもないが、ブレナの衛兵は死因も現状特定できていない。


 そもそも高位魔術を超える魔術が存在するなどつゆ程も考えていないのだ。

 だからいつまでたっても死因を魔術と結びつけられないのだろう。


 ブレナの街に限らず、アラキナ王国全体でみても、魔術師としての本来のオレを知りうる人間などほんの一握り。


 派手に立ち回ることを避けてきたからこそ、今まで平穏にやり過ごせていた。


「……早くしてくれないか」


「は、はい。申し訳ありません、すぐに確認いたします」


 しかしこの依頼書、冒険者ギルドに回されたということは、もはや解決はあきらめたかのようにも受け取れるが――


 男は黒いフードをすっぽり頭からかぶり、目元も暗くてよくわからない。


 ――では、あえてこんな依頼を受領するこの男は何者なのだ?


「おい……“白金蟷螂”だぞあれ」「おれ、初めて見た」「俺もだよ」「なんで“白金蟷螂”がブレナなんかに」


 見ると、男の胸元には、大鎌が描かれた白金のバッジが輝いていた。


「その依頼……よければ私と臨時のパーティーを組むか?」


 男はオレが出した依頼書に目を通したらしい。


 そんなことをして、この男になんのメリットがある?


「それは助かるな。よろしく頼む」


 だが男の申し出を了承した。


 どうにもこの男はきな臭い。

 どんな目的で近づいてきたか、正体を暴き出してやろう。


「……では、そのように手続きをしてもらおうか」


「わ、わかりました。少々お待ちください」


 手続きが終わると、男は明日の合流時刻を告げてすぐにギルドを出ていった。


 オレもシエラと共にギルドを出る。




「よかったですね師匠! あの胡散臭い男もほら、アタシの美貌にヤられたってことですよ。だからアタシのおかげですよね」


「…………」


 こいつ、全然懲りてないな。

 いったいどんな精神構造をしてるんだ。


「でも不思議なんですけど。アイツ、アタシと同じ“銀獅子”なのになんで依頼受けられたんですかね? 銀と銀を足して金、みたいな?」


「……おまえ。もしかして銀と白金の区別もつかんのか?」


「え?」


「シエラ、おまえは今後二度と冒険者について偉そうに語るなよ」


「なんでですかっ!?」


 帰る道すがら、深いため息しか出てこなかった。

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