生意気女の最悪な一日

 まだ夜も明けきらない早朝、ベッドに身を起こして伸びをします。


「ふあぁ……痛っ!」


 お尻がシーツに擦れて痛い。

 ヒリヒリ痛い。


 簡素なベッドから下りて、お尻を突き出して窓に反射させてみます。


 赤く、エイザークの手形がくっきり残ってました。


 最悪……!

 あの変態、加減というものを知らないんでしょうか?


 人類の宝に傷がついたも同然ですよ。

 お腹のみならずお尻にまでエイザークの痕跡を刻まれてしまいました。


 ハッ!? ……もしやそれが目的?

 アタシを自分のものだと示すため、他の男が寄り付かないようマーキングした……?


 なるほど、嫉妬というわけですね。

 アタシを独占したい気持ちは理解できますが、アイツの嗜虐癖に付き合っていたら身体が持ちません。


 このままじゃ、いずれ暴走したアイツから全身に落書き紛いのマーキングされてもおかしくない。

 そうなったらこの家から出られなくなっちゃいます。


 ……――あれ? なんか背中がゾクゾクした。


 そっとお尻をさすります。

 我ながらスベスベして気持ちがいい。


「…………」


 なんか、こうしていると、アレですね。

 エイザークの手形とアタシの手が重なって、まるでアイツに触られてるような……


 ああ、なんかお尻が痛痒くて手が止まらない。

 それどころか、下腹までなぜか熱をもって――


「おいシエラ! 何時だと思ってるんだ? とっとと準備して下りてこい!」


「いっ、今いきます!」


 チ。

 いいところだったのに、偉そうに。


 なんでアタシがこんな早起きして、グール退治なんか行かなきゃなんないんでしょうか。


 準備と言われても特に思いつかなかったんで、水着の上からいつものローブを羽織って階段を下りました。




「今日は朝食の準備はいい。グールどもは宵闇に洞窟近くで目撃されている」


「洞窟?」


「ここから馬車で一時間もかからん、海岸近くの場所だ。もう馬車もきている。早く乗れ」


「……はいはい。わかりましたよ」


 強引だけが取り柄のエイザークは、なぜかやたらと目を輝かせています。


 急かされるように外へ出ると、最悪なことに雨が降りしきってました。

 元々なかったヤル気もだだ下がり。


「……なあ、シエラ? どんなグールだと思う? ふふ……なかなかに楽しみだな」


「は?」


 え? なに、怖。

 つーか笑っちゃってますよマジで怖い。


 グールなんて腐りかけの死体が好きなんでしょうか?

 ヤバい男だとは思ってましたが、ちょっとその性癖には付いていけません。


 ……一度教会とか連れていって、聖水でもぶっかけてみますか。

 鬼畜っぷりも浄化されるといいんですが。




 馬車に揺られること約一時間。

 あくびを噛み殺して雨が降り注ぐ海を眺めていたら、馬車が停まりました。


 下りると、ぬかるんだ地面にブーツがグチャッと埋まります。


 最悪。

 髪も濡れるし。


「む……奴め。すでに来ているとはな」


 エイザークの視線を追いかけると、男が一人、大木によりかかって腕を組んでいました。

 昨日冒険者ギルドで会った男みたいです。


「おい、グールはどこだ?」


 エイザークが問うと、男は黙って指をさします。


 そこには海面からかなり盛り上がった岩礁があって、岩礁にはポッカリと空洞ができてました。

 あれが洞窟みたいです。


 岩礁洞窟の前を、一匹のグールがウロウロと右往左往してます。


「あれか。……ところで、オレ達は依頼が受けられればそれでよかった。こんなところにまで付き合わなくてよかったんだが? そっちの依頼もあるんだろう?」


「……魔術が見たくてな」


 魔術?

 この男もパパやエイザークみたいな魔術キチなんでしょうか。

 なんとなく、あまりそうは見えません。


 というかフードかぶってるから顔が見えない。


 エイザークは考えるそぶりをみせたあと、アタシに向かって顎をしゃくります。


「よかろう。シエラ、やれ。ちゃんと詠唱しろよ」


「なんでアタシが……」


 ああメンドクサイ。

 あんなグールさっさと吹き飛ばして帰りましょう。


 えっと、グールだから……火でいいですね。


「――“炎熱を、この手に、我が敵を燃やせ”」


 火葬したげます。


「“火弾ファラ”」


 岩礁洞窟に向かって飛んでいった火球は、雨に当たってシューシュー煙が尾を引いてます。

 それでもグールに見事着弾しました。


「グルルアアアアアアア――」


 燃えたグールがのたうち回り、岩礁洞窟をオレンジに照らします。


 まあ、こんな美少女に火葬されたんだから、この世に未練も残らないでしょう。


「終わりましたよ師匠。もう帰り――」


「なにをしている、早く次を撃て」


「は? なんで……」


 岩礁に目を向けると、洞窟からワラワラと新たなグールが現れてきました。


 ああもう!

 ホント面倒くさい!


 ここは無詠唱でぶっ放したいところですが、鬼畜エイザークに逆らうのは後が怖いんで素直に言いつけを守ります。


「“炎熱を、この手に、我が敵を燃やせ――火弾ファラ”」


「ギィイイアアアアアアアア――」


「“炎熱を、この手に、我が敵を燃やせ――火弾ファラ”!」


「ゲビィアアアアアアアアア――」


「“炎熱を、この手に、我が敵を燃やせ――火弾ファラ”っ!!」


「ガッブィアアアアアアアア――」


「ハァっ、ハァっ、ハァ」


 つーか、なんで男二人は何もしないんですか!?

 何しにきたんですかコイツらッ!


 エイザークは岩礁のグールどもを固唾を飲んで見守り、男は格好つけてずっと腕組んでます。


 死ねばいいのに……っ。


 ふと、グールの一匹が、なにやらこっちに片手を向けてきます。


「――“グル、グルール、グル、グルルア”」


「……は?」


 なんの真似でしょうか?

 もしかして、アタシの魔術をマネッコしてんですかね?


 思わず吹き出しそうになった直後――


「“グルアッググルアッグ”」


 グールの手のひらから岩弾が勢いよく射出されます。


「な――ッ!?」


 岩弾はアタシのすぐ近くに突き刺さり、飛び散った泥をモロに頭からかぶりました。


「さ……最っ悪……ッ!」


 頭を振ったら、髪にこびりついた泥がボトボト落ちます。


 アタシの美しい金髪に、なんてことを……!


「おお……まさか本当にグールが魔術を使うとは」


「そんな話、アタシ一言も聞いてないんですがッ!!」


「ほらシエラ、応戦しないとどんどん撃ってくるぞ?」


「え? ――ぶばッ!?」


 跳ねた泥が思いきり口の中に入りました。

 ぶえッと唾を吐き出し、怒りに震える手をグールどもに向けます。


「全部……燃やし尽くす……ッ! ――“炎熱を、この手に、我が敵を燃やせ――火弾ファラ”!!」


 無我夢中でグールどもを焼き払っていると、男がいつの間にか大木から離れてこっちに来ています。


「……帰るのか?」


「……ああ。ときに、エイザークと言ったな。貴様は魔術で人を殺めたことがあるか?」


「いや、ないな。オレの魔術は人殺しの道具ではない」


「……そうか」


 信じられません。

 コイツら人が一生懸命グールを燃やしているときに、のんきにお喋りしてます。

 アタシだけに戦わせて。


 何様なんでしょうか。


 しかもエイザークなんか平気でウソついてますし。

 ウソつく人間は地獄に落ちるって、小さい頃ママに教わらなかったんですかね?


 ふいに、頭上に影が差したのでゆっくり見上げます。


 漆黒のローブの胸の辺り、銀のバッジが視界に入って――あれ? これアタシの“銀獅子”とはデザインが違うような……

 というか、色も違う?


 顎を上げきると、男が覗き込むようにアタシを見下ろしてました。


「……お前は“ハイマン”という男を知っているな?」


「は……ハイマ――!? いっ……いえ、そんな人、聞いたこともないですけど!」


 アタシは魔術の詠唱を中断して、とっさにウソを吐きました。


 真実を話してはいけない――

 そんな直感に従ってのウソですんで、きっと神様も許してくれるはず。


「……そうか。魔術師は個人でも強大な力を持つ。国家間の戦争においても、原則魔術師の投入は禁止されているほどだ」


「そ、それが何か!?」


「……では、そんな並の衛兵では手に負えぬ魔術師が罪を犯した場合、誰が裁くのか知っているか?」


「そ、そ、それは……」


「――“対魔断罪人”。お前がもしハイマンについて心当たりがあるのなら、一週間後に指定する場所へ一人で来い」


 降りしきる雨の中、男がフードを持ち上げます。

 人を見る目ではありませんでした。


 まるで虫ケラでも見下ろすような……

 威圧されたアタシは、雨に濡れた背筋が凍りつく思いです。


 ホント、最悪。

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