第二章:世界へ轟く(誇張)雷光

金鷲と銅雛

 鮮やかな群青のローブ。


 ローブの胸元に燦然と輝く金鷲のバッジ。


 有象無象がひしめく冒険者界隈において、彼女は異彩を放っていた。


 四大属性すべての魔術を意のままに操り、得意の“風”と“水”を混成した“雷”の魔術は、彼女の代名詞として人々に広く知れ渡った。


 いつしか付けられた二つ名は【雷光】――


【雷光】シエラは全冒険者の憧れとして、今も世界で語り継がれている。




「――と、まぁ、こんな感じですかね!」


 リビングのソファで偉そうに足を組み、シエラはふふんと鼻を鳴らした。


 二階からはガンゴンガン! と騒音が絶え間なく響いている。


「……おまえ、いつもそんな妄想で自分を慰めてるのか?」


「な!? アタシの冒険者時代の話が聞きたいつったの師匠でしょうが!」


「読書中なのにおまえがまとわりついてきて鬱陶しいから、適当に話を振っただけだ。大体その語りは誰目線なのだ」


 ふんわりと盛った話をしやがって。


 オレは息を吐いて読みかけの本を閉じた。


「そもそも、おまえが度々自慢する“金鷲”の称号についてもそうだ。冒険者の最高ランクは“白金蟷螂”なのだろう? 金など自慢になるか」


「ぐ……白金なんて、ホントにほんの一握りしかいないですし……!」


「そうか。その一握りになれないおまえは、要するに有象無象でしかないわけだな。お疲れ様」


「……ぅ、ぅうう……っ」


 シエラを完全に論破してやった直後、二階の騒音が止み、施工屋が階段を下りてくる。


「――エイザークさん。二階部分の修繕と改築、すべて完了しやし――」


「ぅああああああああああああああッッ!!」


「うおあ!?」


 突然の絶叫に施工屋が腰を抜かしそうになっている。

 オレは急いで発狂したシエラの口を塞いだ。


「もがっ……フーッ、フーッ、いつもいつも……アタシを、バカにして……ッ!」


「ああ、気にしないでくれ。着手金と中間金は受け取っているな? 完了分もボッカの骨董屋に預けておく」


「りょ、了解、しやした」


 そそくさと退散する施工屋を見送って、シエラの口から手を離してやる。


 涎でびちゃりと濡れた手のひらを見下ろし、眉をひそめながらシエラのローブになすりつけた。


「ちょ、なにすんですか!?」


「いや、汚いからな」


「アタシの体液とか聖水みたいなもんでしょ!? ありがたく舐めときゃいいんですよ! バーカ!! ――くふぅッ――……~~ッ♡」


 施工工事より、よほどやかましいなこいつ。




 ともかく我が家の二階部分にロフトができた。


 寝室の向かいの破壊された壁に出っ張りを作り、新たに一部屋設けたのだ。


 やはりボッカに任せて正解だったな。

 腕の立つ職人を見つけてくる。


 とりあえずニィナの荷物を運び込み、残りのスペースをシエラの私室としてやった。


「わあ……! ホントにアタシの好きに使っちゃっていいんですか!?」


「ああ、好きにしろ」


 普段はオレに、絶対逆らうことのできない立場であるシエラだ。

 たまには飴も与えておくべきだろう。


 がちがちに縛りつけるより、ほどよく緩めてやった方が逆らう気も失せるに違いない。


 シエラは四つん這いになって、部屋を隅々まで指で測りながら、家具の配置などをあれこれ考えているようである。


 ちなみに当然の如く水着を着用させているため、こっちに向いた白い小尻がぷるぷる揺れていた。


「あっ、なに見てんですか師匠。すーぐアタシの水着に欲情しちゃうんですね、この変態♡」


 四つん這いの姿勢はそのままに、背中をしならせてこっちをチラ見するシエラは、煽るようにニヤニヤしている。

 さっきまでの不機嫌も直ったらしい。


 しかしまるで尻が喋っているようだな。


「……家具を買うのは勝手だが、オレへの借金返済も忘れるなよ」


 尻を置いて、オレはリビングに戻る。


 ソファに腰かけると、ギルドでもらってきた壁新聞の写しに目を通していく。

 もう何度も読んだものだが、やはり興味深い。


【ユディール帝国の魔術兵団、壊滅か!?】と見出しには書かれていた。


 壊滅とは物騒な話だが、グリフェン城に赴いた兵士や貴族の死亡が確認されたわけではない。

 九楼門の討伐を宣言して出発した、1000名弱の魔術兵団とやらは、全員が未帰還・・・・・・


 つまり行方不明となっているらしいのだ。


 この内容を信じるならば、九楼門とはオレが思う以上に奇怪な魔術師を有しているのかもしれん。


 痕跡すら残さず消し去ったのか。

 それとも別の魔術なのか。


 警戒すべきなのはわかっているが、それよりもわくわくと気持ちが昂ってしまった。


 オレは新聞を放ってソファから立ち上がり、二階へ向けて声を張る。


「冒険者ギルドへ出かける。夕食の準備を忘れるなよ」


「は~い」


 間の抜けた返事を背に、家を出る。

 続報でも出てやしないかと期待していた。




「お、二枚舌じゃねえか。今日は淫紋ちゃん一緒じゃねえのか?」「ちっぱいちゃんだろ!」「羨ましいね色男さんよぉ!」「ち。死ねエイザーク」


 ギルドに入るなり品のない野次を飛ばされた。


 前から思っていたが、淫紋とはなんだ?

 あと毎回やたらオレに対し恨みをぶつけてくる奴がいるな。


 冒険者は無視して壁新聞を見にいくが、続報はとくに出ていないようだ。


 仕方ないので、手持ちぶさたに依頼書でも見て回る。


「む……」


 一枚の依頼書を取る。

 グール討伐という、一見するとなんの変哲もない依頼書。


「魔術を使う、グールだと?」


 一般にグールといえば人間の死体から派生してしまう魔物で、知能など備わっていない。

 前にニィナと海岸で遭遇したグールもそうだ。


 知能なくして魔術など扱えるわけがないのだが。


「……面白いな」


 気になったので、そのまま受付のカウンターまで持っていく。


「これを頼む」


「はい。ソロでの受領ですか?」


「ああ」


「失礼ですが、ランクを示すバッジはお持ちですか?」


 バッジか。

 一応持ってきているが、こんなものローブに付けたくはない。


 カウンターにバッジを差し出すと、真面目そうなギルド職員の女はあからさまに戸惑った。


「……“銅雛”ですか。こちらの依頼はランク“金鷲”以上が条件となっておりますので、申し訳ありません」


 ランク制限だと?

 たかがブレナの冒険者ギルドが、ずいぶんと意識の高いことをするものだ。


 冒険者の連中に笑いが巻き起こる。


「二枚舌、俺がパーティー組んでやろうか!?」「金払うんならおれも組んでやるぞ!」「シエラちゃん紹介しろ!」「ピヨピヨ鳴いてみろエイザーク!」


 粗暴な奴らだ。

 こんなゴロツキどもをランク分けしたところで、いったいなんの意味がある。


 とはいえルールなら従っておこう。

 下手に揉めて出禁になるといろいろ面倒だ。

 たまに掘り出し物の依頼もあるしな。


 まん丸く描かれたヒヨコの銅バッジを懐にしまい、オレは黙ってギルドを後にした。


 あまり気乗りしないが、こうなればしょうがない。




 家に戻ったオレは、シエラの姿を探して浴室の扉を勢いよく開ける。


「いやああああああ!?」


「ここにいたか、探したぞ」


「なにしてんですか!? なにしてんですか! ムードとか練られたお誘いじゃないとアタシ、簡単にはあげませんからっ!」


 泡だらけの身体を薄赤く染めて、シエラはしっかり乳と股間を腕で隠していた。


 そういえばルベンスシエラの父親と、シエラとの間に子を作る約束をしていたのだったな。


 が、今は置いておこう。


「そんなことより聞け」


「そ――そんなこと!?」




 シエラが風呂から上がるのを待ち、リビングにてギルドでの一件を説明した。


「……へ~。ふ~ん。いいですよ? この“金鷲”の、“金鷲”の冒険者であるアタシが、ヒヨコちゃんバッジの師匠のために一肌脱いであげますよ」


 これまで見たことのないほど勝ち誇った顔で、シエラは胸のバッジを何度も指さしている。


「では明日、さっそくギルドに向かう」


「あは♡ よかったでちゅね~師匠♡ アタシみたいなカワイくて気立てのいい弟子がいてね~♡」


 さて、とりあえずシエラに対する新しい仕置きも考えておくか。

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