二枚舌の魔術師

「ひぐっ、ひっひ……えぐっ……」


 めそめそとディオネが泣き続けるので、さすがのオレでもいたたまれない気持ちになってくる。


「おいシエラ、ディオネに謝っておけ」


「だって! こいつがアタシをバカにすんのが悪いんですよ!」


「そうは言うがな、おまえをあの貴族から連れ戻すために尽力してくれたんだぞ? おまえの心配もずっとしていた」


「うぐっ……」


 たしなめてやると、シエラは渋々といった面持ちで口を尖らせる。


「……やり過ぎました。ごめんなさい」


「いいよぉ! 許したげるぅ!」


 顔を上げてにっこり微笑むディオネに、シエラはぎゅっと握り込んだ拳を震わせた。


 なんだ、嘘泣きか。

 まあこいつらは、学生のときからこういう間柄だったのだろうな。


 そうこうしている内に、帝都の城門まで来てしまう。

 城門だと言われなければ、ただの瓦礫の山にしか見えないが……


 シエラなどは「ど、ドラゴンでも攻めて来たんですか!?」と辺りに必死な視線を巡らせていた。


 オレは振り返ると、できる限りに声を張る。


「この場でマルコフ嬢を解放する! 身柄を引き受ける者はいるか!」


 しばし待っていれば、兵士二人に付き添われて中年の男が姿を現す。

 男は憔悴しきった顔でディオネの名を叫んだ。


「あの人、ディオネのお父さんですね」


「そうか。よし行くがいいディオネ、ここでお別れだ」


 ディオネはオレとシエラの顔を交互に見て、少し俯いた。


「……うん。もうちょっとお兄さん達と、遊びたかったなぁ」


「まあ、目を引かれるものが多い街だ。今度また観光で来た際には、おまえに案内を頼むとしよう」


「ほんと!? 絶対だからねぇ?」


「ああ、早く行け。父親が泣きそうになってるぞ」


 というかもう泣いている。


 瓦礫に足をひっかけつつも、ディオネは父親の元へ駆けていく。

 途中でふと振り返り、


「お兄さぁん! シエラに飽きちゃったら、いつでもわたしに乗り換えちゃっていいからねぇ!」


「後ろから撃っていいですか」


「やめておけ」


 しかし改めて、街はひどい惨状だな。

 象徴らしきタワーは全長が縮み、荘厳な城門は崩れ落ちた。


 好き放題やられたまま見逃しては、帝国の沽券に関わってくる。

【帝魔】の執念深い性格から考えても、準備を整えて奴らは必ず報復を行うだろう。


 オレが告げた“グリフェン城”に、大軍勢を引き連れてな。


「そういえば師匠? 家は引っ越しちゃったんですかね。さっき居城がどうとかって」


「いや、気にするな。オレは【二枚舌】だからな」


「は? 意味わかんないんですけど? もしかして格好つけてます? バカ?」


 発動した紋様に悶え、うずくまるシエラ。

 どう見ても馬鹿はおまえだ。


「ほら、とっととブレナに帰るぞ」


 待たせていた馬車にシエラと乗り込み、また二十日以上をかけての帰途につく。


 九楼門の連中がもし、オレに迫る魔術を扱えると仮定すれば……ユディール帝国に勝ち目は無い。


 だが、わざわざほぼ無傷で帝国の兵団を残してやったのだ。

 相討ちは無理だとしても、痛手くらい与えてくれるといいんだがな。


 もちろん共倒れが理想ではあるが。


 オレの安寧を脅かす者に対しては、早めに対策を打っておくに限る。


「なんですかニヤニヤして? 気持ち悪い♡」


「笑ってなどいない。オレは疲れたから少し眠るぞシエラ」


 仮面を外して放り投げ、やたらとベタベタ密着してくるシエラを無視して深く腰かける。


 シエラは頬をぷくっと膨らませると、オレの膝を勝手に枕として横になった。


 文句を言おうと口を開きかけたところ、御者から声がかかる。


「お客さん、実はこの先の大森林でもう二方乗せる予定なんですが、構いませんかね?」


「相乗りか。構わんぞ。……大森林といえば、でかい盗賊団のアジトがあるらしいな」


「いえそれがですね、なんでも凄腕の剣士が壊滅させたとかなんとか……あっしも信じられないんですけどね」


「凄腕の剣士?」


「ええ。振れば炎が噴き出す直剣を持ってたらしくて、真っ赤な髪の大男。それで【炎剣】なんて噂になってます」


「ほう……なるほど。それは面白いな」


 あの男……運は無さそうな面構えに見えたのだが。

 なかなかやるじゃないか。


「あっ。やっぱ笑ってるじゃないですか! なんなんですか!? エッチ? エッチなこと考えてる?」


「笑ってないと言ってるだろう。おまえは帰ったらその性格を矯正しないとな」


「きょ、矯正……♡」


 もじもじと身をよじるシエラの額を、指で弾く。


 寝るタイミングを失ってしまい、ブレナに向けてゴトゴト走る馬車から、外に流れる緑をしばらくの間眺めていた。



◇◇◇



 数日後。グリフェン城――


 客間の一つでゆったりとソファに腰かけ、ロズウェルは自身の膝に跨がらせたマリーの髪を撫でていた。


 マリーが着ている衣服は“水着”というものだ。


 肩から一直線に伸びた布地が、股間で交差してVの字を描いている。

 水着はマリーの豊満な胸の突起しか隠す面積がなく、白い胸の大部分はダプンと溢れてしまっている。


 両肩を通った布地は背中で一本にまとまるため、マリーは尻に食い込んだ布を何度も指で調整していた。


「ろ、ロズウェル様……この格好は、やはり」


「よく似合っているよ、マリー」


 涙目で許しを請うマリーだが、ロズウェルは優しく髪を撫でてはぐらかす。


 マリーの両肩と下腹に刻まれた紋様を、愛おしそうに指でなぞっていくロズウェル。


「あ、あぁ……ロズウェル様……」


 二人の独特な空間を破る、ノックが二回。

 客間へ入ってきた女――アナフィラに対し、ロズウェルは手を振って応えた。


「相変わらずひどい趣味ね【羊飼い】」


「そうかな? 人様の趣味に口を出す方がひどいと思うよ【セイレーン】」


「ユディール帝国の魔術師混成兵団、来たわよ。数は八百ってところ」


「ううん八百かあ。爺様はなんて?」


「すぐに殲滅してこいって。ご立腹だったわよ、お爺ちゃん」


 ロズウェルはつまらなそうに息を吐くと、マリーの水着、その胸もと部分の布地を指で引っ張る。


「あっ、い、いけませんロズウェル様! それではわたくしのが見えて――」


 指を離すロズウェル。

 伸縮性のある水着がパチンとマリーの胸を叩く。


「はうっ!?」


「もとを正せばマリーが負けてしまったからね? こうなるんだよ」


 また布地を指で引き、離す。


「うくっ! も、申し訳ありま――」


 パチン。


「あっ!?」


 パチン。パチン。

 ロズウェルは何度となく水着でマリーの柔肌を弾き、そのたびにぷるぷると大きな胸が震える。


 マリーの白い肌には、赤い筋がうっすら浮かび上がっていた。


「手伝いましょうか? あ、その嗜虐的な行為のことじゃないわよ。帝国兵のこと」


 くくっと笑ってソファから立ち上がり、ロズウェルはマリーの涙を指で拭う。


「いや、いいよ。爺様がやれと言うのなら、九楼門もそろそろ表に出るべきなんだろう」


 ロズウェルが客間のドアを開くと、豪華な室内は一瞬で風化した石造りへと姿を変える。


 室内だけではない。


 歴史あるグリフェン城は堕ちた栄華のままに、ひび割れ、崩れた哀れな姿を惜しげもなく白日に曝け出した。


 ロズウェルとマリー、アナフィラの三人は今にも抜けそうな石床を遠慮なく踏み歩いていく。


「それにしても、まんまと【蛇】にしてやられたわね」


「でも彼は今や弟子など取っている。孤独だった【蛇】が、信頼を寄せる人間を増やすのは良いことさ」


「どうしてかしら?」


「だって、増えれば増えるほど言うことを聞かせる・・・・・・・・・ための材料になる・・・・・・・・んだから」


 太陽の光に目を細めながら、ロズウェルは吹き抜けの回廊に立ち、眼下で大量にひしめく帝国の兵達へ手をかざす。


「……でもまあ、やっぱり少しムカつくね」


 言葉と同時――ロズウェルの手の甲に刻まれた紋様が、眩いほどに輝いた。

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