魔術師無双

 暗い夜空から雨のように矢と魔術が降り注ぐ。


「ひいい!?」


 首にしがみついてくるディオネの悲鳴と息がくすぐったいが、所詮は低位魔術と鉄製の矢である。


 オレが纏う“氷位神域シルウォ・ダンド”を貫けるはずもなく、魔術も矢も時が止まったかのごとく宙空で凍りつき、バラバラと砕け散っていく。


「それにしても笑いが止まらんな」


「な、なにも面白くないんだけどっ!?」


「面白いだろうが。帝国の兵士が何人がかりだ? それでたった二人の人間も馬も止められないのだから、とんだ赤っ恥だろう」


 バモアの北門を堂々と正面突破してユディールの領内へ入ったものの、前後から兵士に挟まれているのでひっきりなしに魔術と矢が飛んでくる。


 しかしことごとく無効化される遠距離攻撃に、前線の兵士どもは困惑している様子。


「た、隊長! 何なんですかあいつ!?」「魔術でも矢でも傷一つ付いてない!?」「ば、化物!!」「うろたえるな馬鹿者! 隊列を組んで突撃しろ!」


 部隊の長らしき者が叱責すると、長槍を持った突撃兵が十人ひと塊の進撃を敢行してきた。


 今度は馬狙いか?

 無駄だ。


 オレの周囲は人間二人分ほどの空間がレジストの領域となっている。

 馬も当然レジストの領域内だ。


 兵士どもは勢いよく槍を突き立ててくるも、やはり穂先から凍りついて長槍は次々に砕けていった。


 崩折れた手もとの槍を呆然と見下ろす兵士。


「どけ」


「ひッ!?」


 邪魔なので一喝して道を開けさせた。


 悠々と兵士どもの隣を駆け抜け、ディオネに呟く。


「完全に萎縮しているな」


「お兄さんの仮面が怖いんだよきっと。白い仮面に血まで付いちゃってるし!」


「おまえが乳を擦りつけたからだろうが」


「元はお兄さんの舌から垂れたやつじゃん!」


 戦場と化している街道で、何でもないような会話を交わしつつ馬を飛ばしていく。


 急いで用意させたわりには良い馬だったようで、すでにユディールの帝都城門が見えていた。

 乗馬は久しぶりだったが、結構乗れるものだ。


 また大量の矢が降ってきて、レジストの網にかからなかった矢尻が地面にズドド! と突き立つ。


 遠距離からの狙撃と兵士による突撃の繰り返し。

 ダメージは受けないが、激しさを増す迎撃に少しうんざりとなる。


「あぁ怖い、怖い、怖いよぉ……!」


「ディオネ、あの派手なヘルムの奴が指揮官だ。オレは手綱を握って手が塞がっている。スクロールを投げろ」


「えぇ!? わたしまでお尋ね者になっちゃう! そんなのやだぁ!」


「周りには人質として仕方なくオレの言うことを聞いていた、と後で言え。それでも駄目だったらオレが面倒は見てやる。いいからよく狙え」


「うぅ……ご、ごめんなさぁい!!」


 抱えたバックパックからスクロールを出し、放り投げるディオネ。


 行動の雑さからして偶然だと思うが、発動した“土弾モース”は見事に指揮官のヘルムをごいんッ! と弾き飛ばして対象を昏倒させた。


「よーしよし、よくやった」


「あっあっ!? お尻撫でないで!」


「む、背中ではないのか。ああ、左手と右手を間違えていた」


「え、えっち。絶対わざとでしょ!?」


 腕の中、ディオネは目をそらして赤毛をくるくる指で巻き取っている。


 断じて違う。

 あらゆる攻撃行動を遮断できることは快適だが、そろそろ手綱を握る腕が限界なのだ。


 それこそ左と右の手を間違うくらいには、痺れて感覚がない。

 ディオネが落馬しないよう首に掴まらせ、両腕で支え続けるのも疲れた。


「はあ……はあ……そういえば、おまえ今スクロールを投げたな?」


「投げたけど?」


「ということは、もう影身の大檻獄モス・ラ・ハーンの効果も切れてるのではないか?」


「うん、動けるよぉ?」


「とっとと手を離せ!」


 首に巻きついた細腕を振りほどくと、ディオネは馬の背にどさっと尻から落ちた。


「い、痛たた……もぅ~わたしシエラの部屋でも手紙読んだりしてたでしょ! お兄さんが勝手に抱っこしたんじゃん!」


「習慣とは恐ろしいものだな」


「まだ出会って間もないけど!!」


 ともかく、街道の先で待ち構えていた兵士達は指揮官を失い、平静さも失くしたのか攻撃はぴたりと止んでいる。


 軍属の悲しい性だな。

 今の内に楽をさせてもらおう。


 オレ達が進んだ分だけ兵士も下がり、睨み合ったままついに城門が間近に迫る。


「お兄さん! 門、閉まっちゃってる!?」


 見た感じ鋼鉄製か。

 頑丈そうな門だ。


 こんなときこそあれ・・を使ってみるか。


「ディオネ、バックパックから羊皮紙を――」


「あ!? あれ、門の前にいる人! シエラのパパさんだよ」


「なに?」


 目を凝らす。

 確かに兵達の中央に、正装を決めた男二人が立っている。


 一人はオレの家を襲撃した執事風の男。


 もう一人は白髪混じりの髪をオールバックにした品のある風体の男だ。

 なるほど、こっちがシエラの父親か。


 声が届く範囲まで近づいていき、馬から下りた。  

 シエラの父親は重たげな口を開く。


「血の仮面……な、何者なのだ? 私は、ルベンス・ウィンスダム。貴公の名が知りたい」


 これだけやらかして、まともに名乗る訳がない。

 まあいい想定内だ。

 奴ら・・に全部なすりつけてしまおう。


「オレは九楼門の幹部だ。ルベンス、おまえの娘を貰いにきた」


 嘘は言ってない。

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