顕現する伝説

 梯子を上りきった先には鉄板がはまっていて、肩で押そうとするもディオネを担いでいるせいで難しい。


「痛たッ!? いっ――お尻っ、お尻痛い!」


「はあっ、はあっ、おまえを担いで上ったから体力も限界だ! ケツに力を入れろディオネ!」


 構わずディオネの体ごと鉄板を押し上げる。


 ディオネの尻が、ギギギ――と鉄板を浮かせた隙に腕を差し入れ、全身を滑り込ませた。


「はあ! はあ! あ、あぅ……お尻がひりひりする」


「そんなに、はあっ、はあっ、尻が痛ければ、後で存分にさすってやろう」


「お兄さん、またえっちなこと言ってる……」


 軽口を止めて辺りを見渡す。


 落ち着いた木目の壁と床。

 広々と敷かれた赤い絨毯に格子窓。


 そして大きなシャンデリアの真下に、フード付きのローブを着た二人の魔術師が立っていた。


「……ウィンスダム邸に忍び込む命知らず」


「……誰かと思えば貴様だったとは」


 ああ、こいつらは。


 間違いない、オレとオレの家を吹き飛ばしてくれた二人組の魔術師だ。


 立ち上がり、まだ動くことのできないディオネの腕を掴んで胸に抱き寄せる。


「あんっ!? お、お兄さん……?」


「オレから離れなければ死にはせん。もっとも動けはしないだろうが……大人しくしていろ」


 片腕で抱いたディオネによく言い聞かせ、改めて二人組の魔術師に目を向けた。


「よくぞ、オレの前に立ってくれた。本当に会いたかったぞおまえら」


「……せっかく助かった命をわざわざ捨てにくる。我らには到底理解できぬ」


「……マルコフ家のお嬢さんを脅して案内させたか。卑劣な男よ」


 マルコフ?

 ディオネのことか。


 こいつらからすれば、無理矢理言うこと聞かせてるように見えても仕方ないだろう。


 まあ、ディオネにとってもそう思ってくれた方が好都合か。


「そうだ、こいつは人質だよ。どうする? オレごと殺すのか?」


「あっ!? そんなに強く――」


 後ろからディオネの身体を力任せに抱きしめ、思いきり不敵に笑ってやる。


 それにしてもこいつ、むちむち柔らかくて抱き心地がいいな。

 香水の匂いはシエラと同じものか。


 二人組はなんら躊躇することなく、黙ってこちらへ手の平を向けた。


「……マルコフ家には、下衆な魔術師に殺されたと伝えおく」


「……不幸な事故だったとな」


「おいディオネ。シエラの友達だろうと容赦なく殺すつもりだぞ、あいつら」


「に、逃げてお兄さん……! あ、あの人達、元はユディールの、魔術教官なんだよぉ!!」


 逃げるだと?

 オレの魔術をもう忘れたのかこいつ。


「――“炎爆陣ファメル・ダ”」


「――“無水刀ウォスパーダ”」


 二人組が無詠唱で火と水の中位魔術を放つ。


 燃え広がる爆炎と、研ぎ澄まされた水刃。

 二つの魔術は、オレに届く寸前でどちらも凍りつき、霧散する。


 時間でも止まったかのように、二人組は声も出せないでいた。


「……な、に……?」


「“氷位領域シルウォ・オード”。レジストだよ。見るのは初めてか? ユディール帝国とやらのレベルもたかが知れるな」


「……ば、バカな。レジストなど、扱える人間がいるとすれば……」


 反応がディオネ達と変わらんな。

 まあいい、気分がいいから少し指導してやろう。


 無意識に後ずさっている二人組に、淡々と語りかけてやる。


「術式を体に彫り込んで詠唱を破棄し、中位魔術の無詠唱を可能とする。発想は面白いな。だがそれでは一つの魔術しか無詠唱は出来んだろう? 結局は初見しか殺せない魔術だ」


「な、何を貴様……っ!」


「初撃で相手を仕留めきれなければ、簡単に対策を打たれる。オレ以外の魔術師にも負けるよ、きさまらは」


 講釈しつつ、手を二人に向けてかざした。


「だから魔術師より、殺し屋の方が向いてるぞ」


「我らの魔術を愚弄するか貴様あああッ!!」


 二人組から放たれる爆炎と水刃の乱舞。

 魔術が凍りつき、パシュンと割れる音が連続して鳴り続ける。


 わかりやすく激昂するものだな。

 これだからエリートと呼ばれる奴らは。


「ひぃ!? ひぃ!?」


 怯えるディオネをしっかり胸に抱き、詠唱する。


「――“シン・シ・シリ・シリク・鳴動を解脱す、モース・スモア・マス・ノマク・鎮静を束縛す」


 冥土への土産だ。

 二度は見ることも叶わない、本物の魔術を教えてやろう。


「――“狂う突風、我が領の強奪を許可す、賢なる地維、我が領の逸脱を禁ず」


「くそっ! くそおッ!? なぜだ!? レジストなぞ扱える人間とはまさか、く……九楼門――!?」


 ご名答。

 と言いたいところだが、九楼門ありきで語られると微妙だな。


 奴らが凄いのではない。

 オレの魔術を褒め称えろ。


「――“さあ暴虐を尽くせ、狂風の刃で、我が敵を蹂躙せしめろ」


「わ、わかったぞ貴様! 九楼門の魔神殺しか!?【貪欲】の魔神を屠ったという、あの――」


 それも合っている。

 だが、オレの許可なく勝手に記憶へ立ち入るな。


「そろそろ幕引きだ。旅立ちの祈りは済んだか?」


「はは……はははは!! 我ら、魔術の深淵を見たりッ!!」


 かざした手の向こうに三層の術式を展開させる。


 深淵にはまだ遠いが、せいぜい目に焼き付けろ。


「――“破壊旋嵐烈波シル・グィーード”ッ!!」


 圧縮された風の塊が二人の魔術師を押し込み、体ごと執務室の壁をぶち破って凄まじい爆発音を引き起こした。


「きゃああああ!?」


 暴風が収まるまでディオネをローブで包み、散らばる瓦礫片から守ってやる。


 やがて……細かな破片も全て落ち着いた頃。


 部屋の壁は球形にくり貫かれ、二人組の姿は跡形もなく消え去っていた。


 氷位領域によって幾度もレジストされた火と水の結晶が舞い上がり、風穴の空いた部屋にパラパラと降り積もっていく。


「……見ろディオネ、まるで雪のようだ」


 などと呑気なことを言っている場合ではないか。


 我が家の仇は取ったが、これだけの騒ぎを起こせばすぐに兵士どもが駆けつけてくるだろう。


 胸に埋めていたディオネを引き離し、また肩へと担ぐ。


「シエラの部屋はどこだ? 案内しろ」

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