路地裏に連れ込んで脅迫する

 オレが一歩距離を詰めると、ディオネはその分の距離を開ける。


「ぼ、僕達はただ、ディオネ先輩に誘われて!」


 ディオネの取り巻き二人は、逃げるようにあわあわと踵を返した。


 まだまだ未熟とはいえ魔術師の端くれ。

 超高位魔術を目の当たりにして、力量の差くらいは理解できたらしい。


「ちょ、ちょっときみ達!? ど、童貞捨てたいんじゃなかったのぉ!?」


「そんなこと言ってディオネ先輩、いつまでもヤらせてくれないじゃないですか!」


「僕も彼女できそうなんで、もういいです!」


 なるほど。

 身体を餌に後輩を釣ってたわけか。


 シエラもそうだが、この国の女の貞操観念はどうなっているのだ。


「どうしたディオネ。おまえは魔術で抵抗しないのか?」


「……わたしぃ、魔術は苦手でぇ……」


 一人になったディオネはじりじり後退しつつ、周囲に目を向けて退路を確認してるようだ。


 馬鹿め、逃がすわけないだろうが。


 ディオネが方向転換した隙に駆け、派手なブレスレットの付いた細腕を捕まえる。


「やっ!? 誰か助け――むぐっ!?」


「ち、騒ぐな。こっちに来い!」


 後ろから羽交い締めにして、ディオネの口を塞ぎながら近くの路地裏にずるずる引きずっていった。


 端から見れば衛兵に通報されかねん光景だろうな。


 人間が横向きでようやく二人収まる狭い路地裏。


 壁とディオネの胸に挟まれながら、オレは声を低く言い含める。


「おい、騒ぐなよ? 騒げばどうなるかわかっているよな?」


「ふー……ふー……」


 ディオネが涙目でこくこく頷いたので、口を押さえていた手を離してやった。


 しかし本当に狭いな。


 オレの胴体に押し上げられたディオネの胸は、今にもシャツから溢れそうになっている。


 密着してるせいでこいつの心音が手に取るようにわかる。


「ディオネ、シエラはどこにいる」


「し……知らない」


「汗をかいているな? 人間は嘘をつくと体に様々な変化が起きる。オレに嘘は通用せんぞ」


 もちろん嘘だ。

 だがこいつは反応がわかりやすい。

 あからさまに動揺している。


 額に張りついた赤髪を指でさらりと掻き分けた。

 ディオネの唇から「あ……」と声が漏れる。


「見ろ。すごい汗だ」


「そ、それは……あっ」


 ディオネの頬を流れる汗を、指で舐め取りつつ下へなぞる。


 シャツに指を入れて少し引っ張れば、胸の谷間も汗で濡れていた。


「そっそこは……蒸れてる……だけ、だよぅ」


「いいや。匂いも濃い。嘘をついてる匂いだな」


「に、匂いとか、そんな」


 もちろん嘘だ。

 だがディオネは顔をそむけて、まるで何かを喋ってしまうのを防ぐかのように、口もとを手で押さえてしまう。


 胸もとをすんすん嗅ぐ真似をしていたら、いきなり飛んできた木片がゴンっと頭に当たった。


「痛った! 誰だ!?」


 路地から通りを見るが誰もいない。


 地面には木のカップが転がっている。


 いたずらか?

 氷位領域シルウォ・オードは対魔力には抜群な効果を発揮するが、物理的な接触には無力だ。


「ね、ねぇ、お兄さん。わ……わたしの下着、見たくなぁい?」


「あ? 下着だと」


「う、うん……それで、見逃してよ。ね?」


 シエラといい、こいつらは自分の身体にどれほど価値があると勘違いしているのか。


 そう言おうとしたが、さっきからディオネの反応を見ていると思うところがある。


「いいだろう。では足を上げろ」


「へ!? あ、足?」


「そうだよ、スカートを捲るなどつまらんからな。オレの肩の上まで足を上げろ」


「でで、でも、ここ、狭くて」


「早くしろ」


 問答無用に急かすと、顔を真っ赤にして初々しい表情を見せるディオネ。


 取り巻きの言い分でも察したが、やはりこいつは処女臭いな。

 男を弄んでいる風に見せかけているだけだろう。


 なぜそう装っているのかは知らんが。


「どうした。やめてシエラの居場所を教えるか?」


「い、言わない。やる。やるから!」


 それはもう、シエラの居所を知っていると言ったようなものだ。


 ディオネはそろそろと足を持ち上げる。

 バランスを崩して背中を壁に預けつつ、革靴を履いた足裏をオレの胸もとまでなんとか到達させる。


「おい、ローブが汚れるだろうが。肩の上までだ」


「だ、だって……体、硬くてぇ……!」


 足先を震わせながら、それでもようやくディオネのふくらはぎがオレの肩に乗った。


 ディオネの足を包む白い網柄タイツのざらざらが頬に触れる。


「こ……これで、いい……?」


「下着は見えないな」


 それはそうだ。


 ここからのアングルで見えるのは、片足立ちしているディオネの太ももの裏までがせいぜいで、股間部にはスカートが被さっている。


「さてディオネ。約束を違えたおまえには、シエラの居場所を吐いてもらうぞ」


「そ、そんなぁ!? それにわたし、シエラの居場所なんて知らないって……!」


「いいや、嘘をついてる匂いがする」


 網タイツの足に近づけた鼻を、すんすん鳴らす。

 ディオネは羞恥に染めた顔を歪め、今にも泣き出しそうである。


 そうしてディオネを追い詰めていれば、またもや飛来物が頭にゴンっとぶつかった。


「くっ!? さっきから誰だ!」


 しかし、やはり通りには誰の姿もない。


 まあいい、犯人探しは後だ。

 もうすぐこいつは落ちる。


 ディオネは片足をオレの肩に固定され、動きの取れない身を窮屈そうによじった。

 息も相当に荒い。


 苦痛が続けば正常な判断が失われる。


「だ、だって、お兄さん悪い魔術師なんでしょ? シエラを監禁してぇ、酷いことしてたって」


「なに? 誰がそんなことを言った」


「シエラの家の人が言ってたよ……! はぁはぁ、わたし、シエラと幼馴染みだから……シエラしか、お友達いないからぁ……!」


 まあ、ウィンスダム家の連中から見たらその通りだろうな。


 実際のところは、シエラから受けた多大な被害を返してもらっているだけなのだから、非難される謂れはない。


「安心しろ。シエラはオレの弟子だ。弟子に酷いことをする師などいない」


「はぁ、はぁ、ほ、ほんとに?」


「本当だ。ディオネ、シエラはどこだ」


「じゃあ、わたしも一緒に連れてってくれる……? それなら、教えてあげる」


 実際に見ないと信じられないということか。


 面倒だが、タダで道案内がついたと思えば悪くはないな。


「よし。では交渉成立だ」


 網柄タイツの足を肩から解放してやると、ディオネはホッと息を吐いてスカートを伸ばす。


 ディオネは吐息混じりにオレを見上げると。


「お兄さんて、なんかすごく強引……はぁ、はぁ、わたし、こんなどきどきしたの初めてぇ」


 紅潮した顔でなぜか微笑むディオネ。


 どこからともなく飛んできた木のカップが、今度はディオネの頭部にゴンっとぶつかった。

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