魔術学校の尻軽女

 バモアは都市国家だ。


 一つの都市と僅かな土地からなる小国で、国土面積はブレナの街の二倍ほど。


 農地や牧草地を持たないバモアは、隣国であるユディール帝国と深く結びついている。


 都市の周りは強固な壁で囲われ、実質ユディール帝国の南側を守る城塞都市である。


 だが表面上は属国ではなく友好国。

 その立場を保てるのも、ウィンスダム家の貢献が大きい。


 ウィンスダム家が輩出する優秀な魔術師達は、帝国にとって欠かせない戦力なのだ。


 魔術師が戦争行為に介入することは条約によって禁止されているが、どの国も抑止力は欲しているのである。


 共和制に則り、有力者達による議会で国の舵取りをするバモア。

 しかし実権を握っているのは、ウィンスダム家で間違いない。




「ふう……」


 オレはナシンゴの絞りジュースを一気飲みし、カップをカウンターに置いた。


 大体の内情は酒場の親父から聞き出せた。


 他にもウィンスダム家について聞こうとしたのだが、不審に思われたのか親父は口を閉ざしてしまう。


「ごちそうさま」


 これ以上何も聞けそうにないので、店を出た。


 バモアは確かに小国であるが、都市として見れば規模はでかい。

 商業が盛んで人も多い。


 暖かみは感じないが、建物には主に鋼材が使用され、近代的かつ硬質的な街並みは個性がある。


 人々の服装も都会的と言えばいいのか、ここなら確かにシエラの格好も浮かないかもしれない。


 ……いや、それは言い過ぎか。

 あいつの裸に布巻きスタイルは服という概念すら超越していたしな。


 あとはやはり、ユディール帝国の兵士が多い。


 ウィンスダム家は街の中央にあるそうだが、騒ぎを起こせば一瞬で兵士に囲まれそうだ。


 まあ囲まれたところで、どうということはない。

 ないのだが、問題はその後だ。


 また報復で家を壊されるのはたまらないし、怨恨でつけ狙われるのも面倒だ。

 アラキナ王国とも軋轢を生む可能性がある。


 下手をすれば帝国と王国の戦争に――などということもあり得る。


 オレは王都であるブレナの街を気に入っているので、それは避けたいところだった。


「ふむ。ウィンスダム家の連中の心を完全に叩き折って、シエラを連れ戻すことを公に認めさせる。ユディール帝国が絡んでいる場合は、王国やオレ個人に矛先が向かないよう立ち回る必要がある……と」


 こんな感じで問題ないだろう。


 行動の指針が決まったところで、まずはシエラの居場所を探ることにする。


 そもそも、あいつはなぜ連れていかれたんだ?


 理由によってはウィンスダム家に軟禁でもされているかもしれない。

 そのときは、正面突破も視野に入れなければならなくなるが……


 判断するには情報が足りん。

 誰かシエラのことを知っている人間はいないかと考え、魔術学校とやらの話を思い出す。


 シエラはその学校を飛び級かつ首席で卒業した。

 前にたしか、なだらかな胸を得意気に張ってそう語っていたな。


「行ってみるか」


 そこら辺を歩いている人間に尋ねれば、学校の場所はすぐに判明した。




 商業区を抜けて、閑静な住宅区。

 建ち並ぶ家々は立派なものばかり。


 ブレナでオレが住んでいる区画に似た雰囲気だ。


 家屋の隙間を迷路みたいに縫って歩き、突然視界が開けた場所にそれらしき建物を見つけた。


 魔術学校……こんなところにか。

 まるで隠匿されているようではないか。


 街と同じで、どこか冷たい感じを受ける建物だ。

 鉄鋼や石材で造られた建物自体は新しく、清潔ではあるのだが。


 魔術学校の門は閉ざされており、ガチャガチャと引っ張ってみるも開けられない。


 面倒だな、休みなのか?


「ねーねー、お兄さんここで何してるのぉ?」


 急に言葉を投げられ、背後を振り返る。

 そこには女が立っていた。


 くるくるとカールがかかった赤毛の長髪。

 シャツの胸もとは大胆にも三つほど開いていて、ニィナよりも豊かな双丘が深い谷間を作っている。


 フリル付きの短いスカートから伸びた足は、膝上までの白い網柄タイツを履いている。


 中々に性的な服装の女は、二人の男をまるで配下のごとく引き連れていた。


 こっちではこれが普通の格好なんだろうか。


「おまえ、ここに通っている者か? シエラという女を探しているのだが」


「ふぅんシエラ? わたし知ってるぅ。でもでも、お兄さん不審者っぽいから教えてあげない」


「失敬な。これでも歴とした魔術師だ。知っているのならシエラの居場所を教えろ」


「乱暴な言葉キライだなぁ。ねぇ? きみ達もそう思うよねぇ?」


 腹の立つ喋り方で女が問いかければ、二人の男が女の傍らで控えるように同意する。


「ええ! 怪しい男です、ディオネ先輩!」


「僕もそう思います!」


 女の名はディオネというらしい。

 しかしこの男ども、どう見てもまだ十三、四歳の子供にしか思えん。


 ディオネという女だけは、シエラと同じくらいの歳に見えるが……全員この学校の者なのか?


「じゃあじゃあ、サクッと追っ払っちゃおうね!」


「任せてください!」


 ディオネの子分二人が、オレに手の平を向ける。


「――“炎熱を、この手に、我が敵を燃やせ!」


 低位魔術、二人揃っての詠唱である。

 きちんと詠唱してるところは好感が持てる。


 だがいきなり魔術を行使するとか、ここではどんな教育を施しているのだ。


「――“火弾ファラ”!」


 飛んでくる二つの火球を、オレは避けもせず棒立ちで迎えた。


 火球は真っ直ぐにオレを捉えていたが、体に触れる寸前で凍りつき、粉々となって霧散する。


「――――えっ…………?」


氷位領域シルウォ・オード……“レジスト”の一種だ。高位魔術くらい撃ってこなければ絶対に割れんぞ?」


「れ、“レジスト”って、そんなの、扱える人間がいるはず……」


 この氷位領域シルウォ・オードは、バモアに入る前から行使し続けている魔術だ。


 一時間ほどで効果が消失したら、またかけ直してずっと維持していた。


 もう油断は無しだ。


「逃げるなよディオネ。優しくしてやるからシエラの居所を吐け」

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