男は黙して語らず

「すいやせんお客様。実はもう一方お客様がおりやしてですね、途中まで一緒でも構いやせんか?」


「相乗りか、別に構わんぞ。それより馬車はそっと走らせてくれ。怪我に響く」


 ブレナの街を出てしばらく走ったところ、とある小さな村で馬車を停める御者。


 やがて一人の大男が幌を捲り、太い足でずしりと乗車してきた。

 重みで馬車が揺れる。


 男は分厚いラウンドシールドと鈍く光る直剣を椅子に置き、自らも腰かける。


 黒いシャツ一枚に厚手のズボン。

 防具らしい防具は錆びた鉄のすね当てくらいだ。


 剣士か……傭兵の類いだろうか。

 冒険者という風体には見えないが。


 まあ、いずれにせよオレと対極にいる男であろうことは間違いない。


 ボサボサの赤みがかった髪で顔を隠し、俯く男にそんな感想を抱いた。




 馬車は淡々と走っていく。


 辺りも暗くなってきたし、そろそろどこかで休憩を挟むはずだ。


 剣士風の男は一度も口を開かない。

 オレも何も喋っていない。


 寡黙な男は嫌いではないので、おかげで快適な馬車の旅だ。


 目論見通り、農村で停車する馬車。


 まもなく夜がくる。

 宿にでも行くかと馬車を降り、振り返る。

 男は降りる気は無いらしく、腕を組んでずっと下を見たままだった。




 翌朝。

 安宿で夜を明かして馬車へ戻れば、男が昨日とまったく同じ姿勢で座っている。


 死んでいるのではあるまいな?


 などと疑問の眼差しを向けるも、ちゃんと呼吸はしている。

 肩が動いている。


 ……まあいい。


 オレが馬車に乗り込むと、御者は馬を走らせた。




 馬車は静かに走っていく。


 夜になれば町や集落で停車し、朝になればまた走り出す。

 この上なく順調な旅路だ。


 男は用を足すとき以外には馬車を降りない。

 真夜中は知らんが、少なくとも日中は体を横にすることもない。


 よく尻が痛くならないものだ、とオレは他人事ながら感心していた。




 馬車に乗って七日が経過した頃。


「はぁ……はぁ」


 長い旅では必ず訪れる、悪路に差しかかった。

 揺れるたびに折れた肋骨が痛み、顔をしかめる。


 たまらず御者に要望する。


「おい、もう少しゆっくり走ってくれ」


「わかりやした」


「駄目だ」


 最初、誰が発した言葉なのかわからなかったが、それが初めて聞く男の声だった。


 見た目通りの、低音かつ厳つい声だ。


 男は繰り返す。


「駄目だ。速度を落とすな」


「なんだと?」


 折れた肋骨のことを話してやろうかと男を見る。

 男は真っ直ぐにオレを見返してきた。


 暗く、深い瞳だ。

 揺るぎない目から、ある種の悲壮な決意が読み取れる。


 死を覚悟している目。


 この目をオレは知っている。


「あ、あのーお客様。あっしはどうすれば」


「……このまま走ってくれ。速度は緩めずにな」


「わ、わかりやした!」


 それだけ言って、オレは足を組んだ。


 男の目的になど興味はない。

 とっとと死に場所にでも男を降ろし、快適な一人旅を楽しんだ方がいい。


 そう思い直しただけのことだった。




 馬車は悪路をひた走る。


 旅を始めて十一日が経過した。


 森を切り開いた道は長い草が生い茂り、木片や時には大木が横倒しになっていたりなど、なかなか順調には進ませてもらえない。


 御者は何度も馬車の車輪をチェックし、破損箇所を逐一手作業で直している。


 周囲は完全なる深い森。

 昼間でも日は届かず、不気味な鳥や獣の鳴き声がよく通っている。


「ここら辺は、でかい盗賊団の根城がありやす。何事もないといいんですが、気をつけてくだせえ」


 ニィナがいれば楽だったな――と御者の忠告を聞き思いを馳せた。


 ふと対面の男が立ち上がり、剣と盾をガチャガチャと身につけ始める。


「馬車は走らせたままでいい。俺はここで降りる」


「おい、飛び降りるつもりか?」


 幌を捲って荷台の縁に足をかけ、男は少しだけ振り返ると肩ごしに呟く。


「そうだ。……世話になった、おかげで早く着いた」


「盗賊団の根城になんの用がある」


「俺はただ、奪われたものを取り返しに行くだけだ」


 奪われたもの。

 どうも、オレと似たような目的なんだろうか。


「――“業炎の僕、汝が欲する鉄を与えん、ロムス・イリ・ファルマー」


 詠唱を始めたオレに対し、男は不思議そうな目を向けている。


「――“汝、主に願い、請え、誓え、業炎業火の赤熱、我が切っ先に宿るることを」


 手向けのようなものだ。

 勝手にくれてやるから、勝手に受け取れ。


「――“赤熱の付与ファナ・リーヴ”」


 発現した最上位の炎の塊が、男の無骨な直剣に吸い込まれて消えた。


「……今のは……?」


「ただのまじないだ。精々頑張ってくるといい」


 男は呆気に取られたかのように固まり、直後にほんのわずかな笑みを見せる。


 そして、躊躇なく馬車から身を投げた。


「…………」




 馬車は淡々と、静かに走っていく。


 オレは一人で幌の隙間から外を覗き、広大な森を飽きもせずに眺めていた。

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