プッツンする魔術師

 魔術師らしき二人組の、ローブから覗いた腕には複雑な紋様が彫られていた。


 なんだ――術式――?


 二人組は、手の平をこちらへ問答無用で向けてきて、


「――“炎爆陣ファメル・ダ”」


「――“無水刀ウォスパーダ”」


 中位魔術の無詠唱だと――ッ!?


 咄嗟にローブの中のスクロールを掴み、その全てを前面に引っ張り出す。


「ぬお!?」


 ぶつかり合う魔力の奔流。

 だがスクロールの低位魔術と、無詠唱とはいえ二発の中位魔術とでは均衡も保てない。


 衝撃で寝室から弾き飛ばされたオレは、二階の窓を突き破って外へ投げ出された。


 庭に背中をしこたま打ちつけて呼吸が止まるが、寝転んだまますぐに詠唱を開始する。


「ぐっ……――“冥府より来たれり、黒の断罪ッ」


 玄関の扉が開き、シエラの手を引いて執事風の男が出てくる。

 後から魔術師の二人組。


「――“数多の光、喰らい尽くせ、暴食こそ、汝が使命」


 執事風の男が指笛を鳴らすと、どこからともなく三頭の馬が駆けつけた。


 執事の後ろに跨がったシエラがオレを見る。

 その口が動いてはっきりとこう綴る。


「……ウィンスダム家」


 すぐに馬は駆け出し、我が家の前から颯爽と走り去っていった。


「――ち……間に合わんか」


 力が抜けて大の字になる。

 自慢の家の二階部分は見事に破壊され、派手な吹き抜けになってやがる。


 スクロールを投げてある程度は相殺したが、体のダメージも相当だ。

 骨が二、三本逝ったかもしれん。


 やがて駆けてきた数名の衛兵に、オレは庭で寝たまんまの姿で「何でもない」と答える。


 凄まじい爆発音だった。

 家からはまだ煙が吹き上がっている。


 だが「何でもない」で押し通した。




 誰もいなくなった庭で、ゆっくり体を起こす。


 冒険者なんぞにやりたい放題家を荒らされ、今度は訳のわからん魔術師に破壊された。


 すべてはオレの油断が招いたこと。


 だが――


 どいつもこいつも、人を舐めくさった真似をしてくれるな。


 九楼門がなぜ、魔神や神聖獣らと同格な存在として語られるか知っているのか。


 これまで二体出現した魔神の内、一体をオレが殺しているからだ。


 そして奴らはオレを抱き込んだのだ。

 魔神殺しの魔術師を有する九楼門は、伝説として語られるようになった。


 なにが九楼門だ。

 笑わせるな。

 魔神を殺した者など、九人の中でオレしかいないだろうが。


 そんな九楼門を崇める有象無象の魔術師ども。

 よくも好き勝手に人の生活を壊してくれた。


 いいだろう。

 そんなにオレと喧嘩がしたいのなら、誰が本物なのかをとことんまで教えてやる。


 ああ――あとシエラ。

 おまえは絶対に逃がさんからな。


 二階の修繕費と怪我の治療費、また消費させられたスクロールの代金まとめて白金貨100枚だ。

 簡単に離れられると思うなよ。


「……くそッ」


 沸き上がる怒りを抑えてボロボロの家に入った。


追跡の陽炎モーシーン”も距離が離れすぎては魔力を追いきれない。

 破れてしまったローブを着替え、オレは街の中心部へ向かう。




 行きつけの店を巡って、スクロールとポーションを大量に買い込んだ。

 もちろんこれも請求はシエラに回す。


 ポーションは傷の治りをじわじわ速めるくらいの効果しかないが、傷を治す魔術・・・・・・など存在しない・・・・・・・ので致し方ない。


 無いよりマシというものだ。


 次にオレは冒険者ギルドへ向かった。




「――ウィンスダム家?」


「そうだ。オレも覚えがある名なんだが、どこだったか聞きたい」


 朝から昼時にかけては大体ギルドにいる、魔術師の婆さんに尋ねた。


【雷光】はどうした【淫紋】はどうしたとうるさい連中は無視だ。


 婆さんは上品なモノクルをかけ直して腕を組む。


「ユディール帝国の隣、バモアという小国にある魔術の名門じゃな。当主を始め、高名な魔術師を何人も輩出しておるよ」


「バモア……ユディール帝国か。あっち方面にはあまり行きたくないんだがな」


 主に九楼門関連でだ。

 奴らとの接触も考慮しないとならなくなる。


 まあ仕方がない。


「ありがとう、婆さん。たしか酒が好きだったと記憶しているが」


「おほ。年代物じゃないか! どうしたんこれ?」


「よかったら開けてくれ。オレは酒は飲むが価値まではよくわからん」


「ありがたく頂こうか。……ところでおまえさん、もしやウィンスダム家と事を構えるつもりかの?」


「さあな。こっちは借りを返しに行くだけだ」


「ウィンスダム家といえば、当主は無詠唱魔術の第一人者と言われておる。今も研鑽は欠かしとらんじゃろうて、気をつけてな」


「ああ……」


 無詠唱魔術の研究など、無駄なものにきっと長いこと時間を費やしてきたんだろう。


 家から持ってきた古酒を婆さんに手渡し、最後に海岸沿いの通りへ。




 骨董屋を覗いてみれば、オレの姿を認めた途端にボッカは興奮をあらわにした。


「エイザークさん! 水着の布教に貢献してくれたんですね!」


「なんの話だ? おい、まとわりつくな!」


 聞けばオレの紹介でと店を訪れた男が、店内にあるボッカが仕入れた水着を全部買い取っていったのだという。


 先日の【羊飼い】か。

 ロズウェルとか言ったな。


 購入した水着は……あのマリーとかいう女に着せるのだろうか?


 いや、そんなことはどうでもいい。


「それよりボッカ、店にある羊皮紙をありったけ貰おうか」


「え? ありったけって言われても、かなりの量ありますよ」


「いいよ、全部買う。持ってきてくれ」


 ついでに羊皮紙も含めて購入した物品を巨大なバックパックに詰めてもらい、さらについでと馬車も手配してもらった。


「エイザークさん、またどこか出かけるんですか?」


「ちょっとな。それと家の修復をしたい。いい施工屋がいたらオレの家に派遣しといてくれないか?」


「あ、それならじっちゃんに聞いてみますよ」


「いつも悪いな、色々と」


「いえいえ! エイザークさんはお得意様だから」


 ボッカに別れを告げると、一旦家に戻って馬車の到着を待つ。


 これで準備は整った。


 ウィンスダム家。

 魔術の名門だか知らないが、今が落日の前夜だと思い知るがいい。

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