女の火花散るビーチ
害獣発生区域の砂浜には、わいわいと大勢の人だかりが出来ていた。
気性が荒いマガヤドガニは人を襲うこともある。
それが群れをなす区域に、これだけの人間が集まることは稀であろう。
やはり海で遊んでいた者が多いらしく、男の上半身は軒並み裸。
女は濡れても構わない普段着を着用している。
シエラが着ているような際どい水着は、一般にはまったく認知されていないようだ。
「ハァ……また、ここ」
「ああ。ギルドの依頼を受けて害獣処理をしたとか言ってたな、おまえ」
人波をかき分けて奥へ進んだ。
後ろを見ると、シエラが裸の男達にむぎゅうと挟まれていたので、舌打ちして手を引いてやる。
「さ、最悪ッ! 男の汗が顔に……ッ! 師匠、コイツら魔術で燃やしていいですかね!?」
「いいわけないだろうが」
ようやく圧迫から抜ければ、砂浜に立つ女を取り囲むようにぽっかり空間が開けていた。
腰まで伸びた金髪を手でサラリと流すと、女は偉そうに腕を組む。
「ねぇ~。他に誰か、わたくしに挑戦なさる方はいないのかしら? 仮にも王都なのでしょう、腕に覚えのある魔術師はいないの?」
肩が剥き出しのワンピース。
大きく開いた胸もとには、谷間がはっきり確認できる。
ワンピースの丈は短く、スカートの裾からは肉厚の太ももが覗き、膝上まであるヒールの高いロングブーツを履いている。
この女が、ボッカの言っていた魔術師で間違いなさそうだ。
「誰も名乗り出ないのね? 腑抜けばかりでざ~んねん」
「待て。おまえとの勝負に勝てば、何でも言うことを聞くというのは本当か?」
「……ええ、もちろん。わたくしの財でも体でも、望むのなら差し上げます」
オレの質問に女が答えると、観衆は「おおお!」と色めき立った。
「ていうか誰?」「【二枚舌】だよあいつ」などというやり取りも聞こえてくる。
「じゃあ、あなたがわたくしに挑むのかしら~? 色男の魔術師さん?」
オレは口角を上げ、シエラの腕を掴むと前面に引っ張り出した。
「ちょ、ちょっと!?」
「いいや、挑むのはこいつ――オレの弟子だ」
ざわつく観衆。
女はシエラを値踏みするよう全身を睨めつける。
「……この子がわたくしの相手?」
「アタシ、やるなんて一言も!」
「やれ、シエラ。命令だということはわかるな?」
「ぅぐ……この……ッ!」
大勢のギャラリーがいる前で、さすがにシエラも暴言は堪えていた。
「制限時間は一分。沖にカニどもがうじゃうじゃいるでしょ? あれを多く駆除した方の勝ち。理解できたかしら~?」
「もし、こっちが負けたらどうなるんです」
「そうね~……そのときは、わたくしの下僕にでもなってもらおうかしら? 一生ね」
また観衆の、特に男どもから歓声が上がる。
あいつらにとっては、どのみち褒美みたいなものなんだろう。
「なんで、アタシが……ッ」
シエラにとっては、勝っても負けてもどのみち下僕の立場である。
思いきり唇を噛んでいた。
「……いいですよ、やったげますよ! アタシは【雷光】シエラ! オマエの全財産をむしり取ってやるッ!!」
「よく言った。なに、オレが師となったのだ。万に一つも負けはない」
激励し、後ろからシエラの首に手を回す。
「え?」
留め具を外して、オレは勢いよくシエラのローブを剥ぎ取りバサッと投げ捨てた。
「いやあああああああ!?」
響くシエラの絶叫。
熱気の立ち込める砂浜に不釣り合いな、雪の肌があらわになった。
均整のとれた身体を包み隠すものは、水着という極薄な正三角形のみ。
観衆の盛り上がりも最高潮に達する。
「うおおおっ!」「すっげ何あの格好!?」「やべえエロい!」「雷光ちゃんかわいい!」「二枚舌マジ死ね!」
などなど反応も好評ばかりだ。
……二枚舌死ねと言った奴はどいつだ?
「なに――ッ、何すんですかこのド変態野郎ッ! あっ!? やああッ!? ――んぅ~~~~ッ!!?」
オレに対する暴言に紋様が反応し、シエラの下腹がハートに輝いた。
砂の上にぺたんとうずくまってしまうシエラ。
波が引いたように静まり返った観衆は、だが、しばらくすると興奮が一気に過熱する。
「うおおおッ!」「何あのハート!? タトゥーエロすぎ!」「奴隷にしてえ!」「淫紋ちゃんかわぃぃぃ!」「気持ち悪いんだよエイザーク!」
オレの悪口言ってる奴は誰だ!
振り返るも誰が誰だか判別ができん。
くそっ。
「ほら、立てシエラ」
「くうッ……ふぅッ……ふッ……絶対……絶対に、いつか殺してやりますから♡」
オレが差し伸べた手に掴まり、シエラは膝をガクガクさせて立ち上がった。
オレとシエラのやり取りを見ていた女が、静かに口を開く。
「……もう終わったのかしら~? その特殊なプレイは」
若干声が震えていた。
よく見ればこめかみに青筋を浮かべている。
これは弟子への教育であり、プレイなどしていたつもりは毛頭ないのだが。
まあいい。
「ああ、そろそろ勝負を始めようか」
「ちょっ、ちょっと待ってください師匠。アタシこの格好でやるんですか!? 日に焼けるのイヤなんですが!」
「ふむ、心配するな。ボッカの店で、日焼けを防ぐとかいう液を購入してある」
「な、なんですかそれ?」
「さあな、奴が強く勧めてくるから買ったのだ。ほら、前は自分でやれ」
瓶詰めのどろっとした液体を手に垂らし、残りの液が詰まった瓶はシエラに渡した。
手に乗せた液を、べちゃっと背中に擦りつける。
「ひっ!? ひ、ひんやりしてますけど!」
「焼けたくなければ我慢しろ。たしかに、おまえは肌というか見てくれだけは綺麗だからな」
「え……?」
「まあ、弟子の体の管理も師の勤めだろう」
液体を満遍なく、白い背にぬるぬる塗りつけながら言えばシエラは、
「な、なに急に褒めてんですか、気持ち悪い♡ ご機嫌取りしても下衆は隠せませんよ♡ バーカ♡」
などと悪態を吐き、ショートの金髪を指で何度も赤くなった耳にかけている。
褒めたというか、見てくれ以外は全部汚いと言ったつもりなんだがな。
観衆がまたざわつき始めた。
「あいつらデキてる」「雷光は二枚舌の愛人」など、根も葉もない嘘をヒソヒソ交わし合っている。
こいつらに師弟関係のあれこれなどわかるまい。
好きに言わせておけばいい。
「よし、前は塗ったか? では待たせたな女。これより勝負を始めようか」
手に残った液をローブでごしごし拭いつつ、女の前に改めてシエラを立たせる。
「……わたくしの名はマリー。勝負の最中、流れ弾が当たったらごめんなさいね~?」
マリーはなぜかわなわなと拳を握りしめ、怒りの込もった震え声でそう応えた。
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